1-5 罪と理由

 ――学校の二階の窓から見える風景

 光浴びて煌めく琵琶湖、その傍に建てられた民泊施設――自分の家の屋根が見える。

 その手前に林があってそれが暫く続いた後、道が通って、校門、グラウンドと、

 白金しろかなソラ15歳が通うのは、3学年の合計生徒数142人の、長浜と高島の間にある、滋賀県立北湖キタミズウミ高等学校である。


「昨日のシソラ、じゃなかった、ソラかっこよかったな!」


 昼休み、アリクの中の人、赤原あかはらリクヤと、アウミの中の人、青海あおみウミ三人でのお弁当タイム中、話題は昨日のPVPだった。


「おおきによう、また助けられたね」

「う、うん」

「リアルではこんなんなのにな」

「うっ」

「ねぇ、ほんま今日もかわいいねぇ」

「そ、それは言わないでよ」

「撫でるか」

「撫でよっ」

「やめてっ」


 そう言葉では拒否しつつも、二人がわしゃわしゃしてきても、楽しそうに笑顔で受け入れる。身長152cmで女子平均より低く、声も中性的で、なぜか無駄毛も生えてこない。ゲームの姿と大違い。

 そんなソラと違って、リクヤもウミも、ゲーム内のイメージに近い。もちろん、髪の色は黒であるし、奇抜な衣裳でなくブレザーの制服であるが。


「今日はお前が弁当作ってきたの?」

「うん、誕生日の翌朝くらい、母さんにゆっくり寝てほしくて」

「おいしそ~、せや、お弁当と二人の写真撮らせてもらっていい?」

「いいけどちゃんとフィルターかけてくれよ?」

「うんっ」


 ウミ、自分のこめかみを中指二回人差し指一回叩く、左耳のデバイスが起動、ARで写真を撮影すると、ソラがシソラにリクがアリクに、背景が学校じゃなく外になって、弁当だけがリアルに浮き上がった写真が出来上がり、共有された。


「エクッターに投稿、よしノルマ完了」

「事務所に言われてるんだっけ、Vtuberも大変だね」

「大変やけど楽しいよ、みんな喜んでくれるし」

「湖北系Vtuber淡海あうみおしゃんか、よく続くよな」

「リクもやらへん?」

「いいよ俺は」

「炎上系Vtuberとか」

「いいってば! てかダメだろその名前!」


 ――友達とのそんなくだらないやりとりが

 今のソラにとっては救いだった。


(神の悪徒計画って言われたけど、なんか怖いし)


 いくら世話になってるゲームの運営の願いとて、とても引き受けられそうにない。

 ……だけど、


(――世界の綻びを突く力ワールドデバッガー


 どうにもシソラ――自分には、すり抜けのグリッチを瞬時に見抜き、利用する力があるらしい。

 ゲームのパロメーターではなく、リアルのセンスで。


(テープPCが一般的になってから生まれてきた子は、PCやVRの馴れが早い)


 まるでDNAから、マニュアル記憶を引き継ぐように。


(僕の力は、それの超進化版かもってレインさんが言ってたけど)


 どちらにしろ、


(RMT業者をこらしめるなんて――出来る訳無いよ)


 リアルな自分は弱々なんだしと、む~んと悩んでいると、


「ん、どうした?」

「なんや悩み?」

「え、いやえっと――」

「あああれか! 次何の装備をポイント交換するかか!」

「へ?」

桜国サクラコクに備えて、強いスキルがある奴がいいんじゃね?」


 会話が、予想外の方向へ飛んでいった、でも、

 ――それがとても有り難く

 シソラはデバイスを起動し、ポイント交換の武器一覧を表示、三人で共有する。


「だったら、【支援拡大】、【特性共有】、あとは【索敵探知】とかかな」

「クラマフランマよりは必要ポイント低いんね」

「俺、【瞬間火力】付きの装備が欲しい!」

「クラマフランマがそれだよ」

「マジで!?」

「調べときよリク」


 悩みもすぐ笑顔に変えてくれる素敵な友達、


(そうだ、僕は楽しくゲームをプレイできればそれでいい)


 レインには悪いが、世界を救うなんて荷が重すぎる。


(――断ろう)


 そう思ったその時、

 ――ピリリピリリ、と

 三人同時に、デバイスから骨伝導で着信音が鳴る。


「アイズフォーアイズ経由やね」

「発信者はカリガリー」

「どうしたんだろ」


 スマホの時代は終わり、ARVRデバイスが一般的になり、授業中でも授業外でも、それを使う事が当たり前の2089年。

 鎧ロボットにおさまったメカニックガールの顔思い出しながら、三人は一斉に着信すれば、


『ゴッメンナサーイ!』


 骨に例の甲高い声が響いた。


「カリガリーさん」

「どないしたん?」

「俺達今学校なんだけど~」


 リクがめんどくさそうに呟いた、だが、


『グドリーサンガ、ケンヲウル剣を売るッテイウンデス!』


 ――その言葉に

 ソラの背筋が凍り付く。


「えー、引退嘘パターンかよ!」

「もぉ、悪役RPロールプレイ極まれりやん、しんどいー」


 リクとウミはあくまでそれが――ゲームの中での犯罪だと思ってる。

 ソラも、そう信じたかった、だが、


リアルデウルリアルで売るッテイウンデス!』

「――え?」

「RMTスルッテイウンデスヨ、グドリーサン!」

「ええええっ!?」


 二人が驚いたその瞬間、


「あ、ソラ!?」

「ちょっとそっち!」


 ソラは、通信をオフにして駆け出す、その方向は、


「窓やよぉ!」


 他のクラスメイトの視線も気にせず、彼は二階の窓を乗り越えた。そして、

 壁に並ぶ排水パイプを握り、一階の窓枠の上に足をかけ、そこから壁を蹴って、グラウンドに回転しながら着地する。

 そしてそのまま、クラスメイトの視線を背中に受けながら校庭を突っ切り、校門を抜け、そして林へ突入した。


「……ひっさびさ見たな、パルクール」

「毎日あの林の中、近道して来てるだけあるねぇ」


 ――そう、リクとウミが話す頃には

 ソラは、必死で林中を駆けていた。小石を蹴飛ばし、枝葉を払い、岩を駆け上がり、倒木を飛び越えて、

 ゲーム中リアルが無防備になるVRMMO、ソラは、自宅の部屋でしか出来ないよう設定している。

 だから、急いだ。

 友達好敵手の心を確かめる為に。







 ――10分後

 VR世界に降り立ったシソラは、巨大な屋敷の前にいた。彼のクランが所有する洋風建築。

 噴水が陽光に煌めく庭を抜ければ、館の巨大な扉の前で、昨日戦ったカリガリー以外のパーティメンバーと一緒に、


「グドリー!」


 彼の、後ろ姿があった。

 呼びかけられたグリドーは振り返る。

 燃えさかる炎の剣と供に。


「おや、シソラ君、学校はどうしたんですか?」

「RMTって、聞いたぞ」

「ああ、カリガリーがバラしたのですか、全く困ったものです、ねぇ皆?」


 パーティーメンバーを見回すグドリー、周囲は、みな暗い面持ちをしている。

 シソラとてその表情は、何時もの余裕が全く無くて、


「RMTがBAN対象なのは知ってるだろ」

「引退する私には関係ありませんね」

「運営に迷惑がかかる」

「知ったこっちゃありません」

「――ゲームの中だったら、どれだけ悪い事をしてもいい」


 シソラは、叫ぶ。


「だけどリアルで悪い事しちゃダメだよ!」


 いつものかっこいい自分も忘れて、

 ――だけど


「うっせぇな金が要るんだよ!」

「っ!」


 グドリーも、ゲームの自分を忘れたような口調で返してきた。

 思わず後退るシソラに、彼は叫ぶ。


「このアイテム、リアルなら50万すんだぞ! いや、俺ならもっと値を釣り上げられる!」

「そんなことしちゃ、ダメだ」

「うるせぇ、これはもう俺のもんだ」

「お前のじゃなくて、パーティーの物だ!」

「全員納得してんだよ、ごちゃごちゃぬかすな!」

「――グドリー」


 大人の本気の圧でまくしたてられて、シソラは、何も言えなくなった。

 沈痛な面持ちになるシソラに、グドリーはにこりと笑う。


「とはいえ、私を止めようとする君の気持ちに応えなくては」

「え」

「怪盗なら、私からこれを奪ったらどうですか」

「――PVP」


 一瞬、シソラの顔が明るくなった、だが、


「100vs1なら引き受けますよ」


 すぐにその色は消えた。


「それは――」

「私が今まで貯めたゲーム内の資産を使えば、それだけのプレイヤーは雇えますからねぇ」


 グドリー、扉を開く。


「貴方を倒せば、この世界に心残りは無くなる」


 扉の向こうへ、PTメン達と一緒に向かう。


「それがどんなに卑怯な手でも」


 そう言葉を残した後、扉は閉じられた。

 ――一人残されたシソラは

 手をぎゅっと、噛むように握りしめる事しか出来なかった。

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