第11話「家族との対話」
エリザはヴィンセント伯爵と再び向き合う決意を固めていた。これまで心に溜め込んできた不満や誤解を、ようやく話さなければならないと思ったからだ。父の期待に応え続けるだけでは、自分が何もできないままになってしまう。過去の自分がそれを耐えたからこそ、今のエリザは決意を持って、父に向き合う覚悟を持っていた。
もちろん、心の中には不安もあった。ヴィンセント伯爵は冷徹で強い存在であり、彼に逆らうことがどれほどの重圧を伴うのかを、エリザは知っていた。しかし、怖れを感じながらも、その場に足を踏み入れることが、エリザにとっては必要な一歩だった。彼女は深呼吸をし、心を落ち着けた後、静かに扉を開けて父の部屋へと向かった。
「お父様。」
エリザは予想以上に冷静な声で呼びかけた。その声には、決してひるむことのない覚悟がこめられていた。ヴィンセントは顔を上げ、ほんの少しだけ驚いた表情を見せたが、その目には警戒の色が浮かんでいた。エリザの言葉が何を意味するのかを、無意識に感じ取っていたのだろう。
「エリザか、どうした?」
ヴィンセントは立ち上がり、彼女を見つめる。その態度には、娘が何を言おうとしているのかを測ろうとする警戒心が見て取れたが、エリザはそれを気にせず、ゆっくりと口を開いた。
「私、もうこれ以上、あなたの期待に応え続けるだけではダメだと思うんです。」
その一言が、ヴィンセント伯爵を驚かせた。エリザがこれほどはっきりと自分の意思を述べたのは、父にとっても初めてのことだった。しばらくの沈黙が続き、ヴィンセントはしっかりと彼女の顔を見つめていた。エリザの目は、恐れを感じさせることなく、ただ静かに決意を示していた。
「どうしてそう思う?」
父の問いは、どこかしら心の中でエリザに対する裏切りの予感を漂わせていた。エリザはその問いを受け止めながらも、少しも躊躇することなく続けた。
「あなたが私に期待していることは分かっています。でも、私はそれをすべて満たすことができません。それに、私は私自身の道を歩みたいんです。」
エリザは冷静に言葉を選びながら、父に自分の気持ちを伝えた。その言葉に込められた意思は強く、決して引き下がらないという覚悟が感じられた。
ヴィンセント伯爵はその言葉に、しばらく言葉を失ったように見えた。しかし、エリザの目には揺るぎない決意が宿っており、ヴィンセントもその強さに心の中で感心せざるを得なかった。それから、深いため息をついた後、重々しく口を開いた。
「お前がそう感じるなら、私ももうお前の選択を尊重する。」
その言葉がエリザにとって、思いがけないものであった。ヴィンセント伯爵が、自分の選択を尊重すると言ったその一言は、彼女の心に安堵の波をもたらした。それは、父からの愛情と理解を感じる瞬間だった。彼は決して強制することなく、彼女の選択を尊重してくれるのだと、エリザは深く感動した。
「ありがとうございます、お父様。」
エリザは静かに礼を言い、その言葉に込められた感謝の気持ちが、自然にこぼれ落ちた。父親との間に、無言の絆を感じた瞬間だった。しばらくしてから、ヴィンセントは少し表情を和らげ、再び椅子に座り直した。部屋に漂っていた緊張感は、少しだけ和らいだように感じられた。
「そして、お母様のことについても。」
エリザは、もう一度静かに口を開いた。ヴィンセント伯爵はその言葉を受けて、ほんの少し目を見開いたが、すぐに目をそらした。エリザはその視線に、彼の心の中での葛藤を感じ取ることができた。
「リディアは…お前が言う通りだ。あの女には辛い思いをさせてしまった。しかし、私があの別邸に移したのは、あの家での生活が彼女にはあまりにも重荷だったからだ。」
ヴィンセントの言葉に、エリザは少し驚きながらも、その意味を理解した。父が母を守るために別邸に移したこと、それが父なりの愛情だったのだと、エリザは今、ようやく納得できた。
「お母様を守りたかったんですね。」
エリザの言葉に、ヴィンセント伯爵は小さく頷いた。それが彼の本音であり、エリザにはそれがしっかりと伝わった。ヴィンセント伯爵が心から夫人を守りたかったことを、エリザは理解した。
「お前も、リディアのことを心配しているんだろう?」
父の言葉に、エリザは小さく頷きながら、少しだけ安堵の表情を浮かべた。「もちろんです。お母様を守りたい。」
その言葉に、ヴィンセント伯爵は満足げに頷き、エリザもまた、父の愛情を感じながら、自分自身の道を選ぶ決意をさらに固めていった。
*
ヴィンセントとの会話を終え、エリザは次なる挑戦を決意した。彼女にとって、母リディアと父ヴィンセントの間で自分の立場を見つけることは重要な一歩だったが、それだけでは終わらない。祖母リリアンとの対決が待っていたからだ。リリアンは家族の中で最も強い存在であり、誰もが彼女の意見に従わざるを得ないと思っていた。しかし、エリザはその強さに屈することはないと心に誓っていた。転生した自分は、もはや過去のようにただ流される存在ではないと決めていたのだ。
エリザは深く息を吐きながら、リリアンの家の前に立っていた。大きな門が開かれ、家の中に踏み入ると、いつものように重厚で荘厳な雰囲気が広がっていた。家中に漂う冷たい空気に、エリザの心臓はわずかに鼓動を速める。しかし、それでも彼女は迷わず歩き続けた。この瞬間が、全ての決断を固める時だと感じていた。
リリアンの書斎にたどり着くと、そこにはいつものように厳格で冷徹な祖母が座っていた。彼女の姿勢には威厳があり、まるで周囲の全てを支配しているかのような存在感を放っていた。リリアンはエリザが部屋に入ってきたことを一瞥し、その顔にわずかに驚きの色を浮かべた。しかし、すぐにその表情を引き締めて、冷徹な態度を取り戻した。
「来たか、エリザ。」
その声は、まるで遠くから見下ろすような冷たさを感じさせた。エリザはその言葉に動じることなく、堂々と胸を張って立ち向かった。
「リリアン、私はあなたの言いなりにはなりません。」
その一言は、エリザ自身も思った以上に強い声で出ていた。今まで従順だった自分を見せないように、彼女はしっかりと立ち向かう覚悟を決めていた。
リリアンは少しだけ目を細め、予想外の反応を見せた。その目がわずかに鋭くなり、口元に冷笑を浮かべる。どうやら、エリザの言葉に驚いているようだ。しかし、すぐにその冷徹な面を取り戻し、じっとエリザを見つめた。
「どうしてそんなことを言うのか、分かっているのか?」
リリアンの言葉には、冷たさと鋭さが込められていた。エリザはその問いに一瞬ためらいそうになったが、すぐに決意を新たにして、言葉を続けた。
「あなたがお母様に『息子を産め』と言うなら、まずはもっと素直にならないといけません。」
その言葉は、リリアンの持つ冷徹さに一石を投じた。リリアンは少しだけ目を見開き、短い沈黙の後に低く言った。
「素直になれというのはどういう意味だ?」
その問いには、挑発的な響きがあった。しかし、エリザはすぐに答えた。
「家族に対して、本当の気持ちを話せばいいじゃないですか。」
リリアンはその言葉に一瞬、言葉を失った。まるで自分の奥底にある真実を突かれたような気配を感じたのだろうか。それでも、すぐにその表情を引き締め、冷静を取り戻す。
前世で自分を押し殺していた自分とは違う、強い自分がここにいる。リリアンがその言葉にどう反応するか、エリザは冷静に見守った。
リリアンはしばらく黙ったままエリザを見つめていた。やがて、リリアンは一枚の手紙を取り出し、それをエリザに手渡した。その動作は、エリザに対する何らかの返事を示すかのようだった。エリザはその手紙を受け取り、何も言わずにそれを開いた。
その手紙は、母リディアからのものであった。エリザは母からの手紙を読みながら、その温かさと愛情に胸が詰まる思いをした。母はエリザに向けて、いつも温かい言葉を送り続けていた。エリザはその手紙を手に取りながら、心の中で深く感謝の気持ちを込めた。
*
エリザが手紙を開くと、そこには母からの温かい言葉が綴られていた。手紙を一枚一枚めくりながら、エリザの目には涙が浮かんでいた。
「エリザ、あなたが幸せであれば、それが私の一番の願いです。」
その言葉がエリザの心に深く染み渡り、彼女は再び夫人の…母の愛を感じた。手紙を胸に抱きしめ、エリザは思わず涙をこぼした。母の愛が、彼女にとっての支えとなり、これからの人生を生きる力となることを、強く実感した。
「ありがとう、お母様。」
エリザは静かに呟きながら、手紙を大切に胸にしまった。そして、祖母に向き直りながら静かに告げた。「私はもう、誰にも従いません。」
それが、エリザの新たな誓いだった。
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