第10話「祖母との対立」

エリザ・ローズウッドは、ローズウッド家の一員として新たな生活を始めてから数ヶ月が経過していた。彼女の心の中には、家族との関係や名誉に対する思いと、何よりも自分自身の自由と幸福を追求したいという強い願望が交錯していた。特に、祖母リリアン・ローズウッドとの関係は、彼女の心に深い悩みを生んでいた。

リリアンは家族の名誉を最優先に考える人物であり、エリザが持つ自由な考えや、家族の伝統に対する疑問を容認しなかった。彼女はエリザに対して、何かにつけて「家の名誉を守る」ことを最も重要な責務として課していた。

ある日の午後、エリザは祖母からの突然の召集を受け、リリアンの書斎に呼び出された。書斎は家の一番奥にあり、重厚な木製のドアを開けると、静かな空間の中でリリアンが座っていた。エリザは少し緊張しながらも、心の中で決意を固めていた。今日こそは、自分の気持ちをはっきり伝えよう、祖母との対立を避けるのではなく、向き合うべきだと。

「エリザ、来なさい。」リリアンの冷たい声が響いた。

エリザはゆっくりと歩み寄り、祖母の前に立った。「お呼びいただいてありがとうございます、祖母様。」彼女の声には、緊張の色が浮かんでいたが、それでも誠実さを込めて言葉を発した。

「今日は、少し話をしたいことがあるの。」リリアンはそう言って、エリザを静かに見つめた。「最近、あれほど言ったのに、あの王子、アレクシス・フォン・セレスティアと会っているようじゃない?」

その名前を聞いた瞬間、エリザは胸の奥で何かがざわつくのを感じた。アレクシスは、彼女にとって特別な存在となりつつあったが、その関係が家族にどう影響するのかを考えると、どうしても言葉を選んでしまう自分がいた。

「アレクシスとは、友達として付き合っています。彼は私にとって大切な友人であり、尊敬しています。」エリザは慎重に言葉を選びながら答えた。

リリアンは無表情のまま、鋭い目でエリザを見つめた。「友達? そういう言い方をすることが、あなたの立場を理解しているとは言えないわね。あなたがあの王子と親しくすることが、家の名誉にどう影響するかを考えたことがあるの?」

その言葉にエリザは胸が締め付けられる思いをした。祖母はいつも家の名誉を最優先に考え、エリザの心情や欲求を全く理解しようとしなかった。エリザは一歩踏み出して、目をそらさずに祖母を見つめた。

「私は、家の名誉も大切に思っています。しかし、私の人生は私のものです。私が幸せであることこそが、家族にも良いことだと思うのです。」エリザはその言葉に少しの震えも感じず、しっかりと告げた。

リリアンは冷笑を浮かべ、「あなたが幸せを求めることが、家の名誉にどう関わるのか理解していないのね。家族のため、名誉のため、結婚は義務であり、感情など関係ないのよ。」と、言葉を重ねた。

その瞬間、エリザは強い反発を感じた。リディア夫人が、いつも温かく包み込んでくれていたことを思い出しながらも、祖母の冷徹な言葉に心が震える。母から送られた手紙が、この家の中で止められていることを、エリザは知っていた。リリアンがその手紙を見つけるやいなや、送り先を変えさせ、エリザの元には届かなかった。

「母からの手紙は、どうして届かなかったのでしょうか?」エリザはついにその問いを投げかけた。

リリアンは一瞬目を細めた後、冷たく言った。「それは、あなたの母が自分の考えに従っていないからよ。家族のためにできることがあったはずだが、あなたの母は私に従わなかった。その結果、あの手紙は無駄なものとなったのよ。」

その言葉にエリザの胸は怒りで満たされ、手が震えるのを感じた。夫人がどれほど家族のために尽力し、エリザを守ろうとしていたかを知っていたからこそ、その手紙が止められた理由に心が裂けるようだった。

「それが家族のためだと言うのですか? あなたのために、私や夫人が犠牲になっているなんて、私はもう耐えられません!」エリザは思わず声を荒げた。

リリアンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその顔を厳しく引き締め、「あなたのような若い者が、家族に反抗することがどういうことか分かっていないのだろう。名誉と伝統が守られなければ、あなたがどれだけ幸せでも、この家の未来はないのよ。」

その言葉を聞いたエリザは、もう耐えることはできなかった。彼女はしばらく黙って立っていたが、次第にその決意が固まっていった。家族の名誉、祖母の期待、すべてを背負って生きることにもう意味はない。彼女が望むのは、自分自身の幸せだ。

「私はもう、あなたの期待に応えられません。」エリザは静かに言い放った。その声には、これまで抑え込んできた思いがこもっていた。「自分の道を歩むことが、私にとっては一番大切なのです。私の人生を、私が決めます。」

リリアンはその言葉に目を見開いたが、何も言わずに黙って座っていた。エリザはそのまま背を向け、部屋を出ると、心の中で夫人とアレクシスに感謝し、強い決意を抱えて歩き出した。



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