第9話「心の交差点」
エリザは、アレクシスと会うことを決意したものの、祖母から言われた言葉が心の中で重くのしかかっていた。祖母は厳格な人で、ローズウッド家の名誉やしきたりを何よりも大切にしており、「家の名にふさわしい振る舞いをしなさい」という言葉を何度も彼女に投げかけていた。その言葉はエリザの中に根を張り、自分の気持ちを優先することに対する罪悪感や不安を感じさせていた。
「アレクシスとの関係を深めることは、本当に私にとって正しい道なの?」と、エリザは何度も自問していた。彼と過ごす時間が心地よく、彼に惹かれていく自分がいる一方で、ローズウッド家の責任を全うしなければならないという義務感が、彼女の心を縛りつけていた。友情と特別な感情の間で揺れ動く自分を見つめ、どちらを選んでも何かを失ってしまうのではないかという不安が消えることはなかった。
ある晴れた日、馬の手入れをしていると、心地よい春の風が彼女の緊張を少し和らげてくれた。祖母の言葉の重さに苦しむ自分を少しでも忘れようとするかのように、彼女は今日のアレクシスとの時間を心の支えにしようと決意した。
やがて、アレクシスがいつもの飄々とした笑顔でやってきて、「エリザ、今日は何をするつもり?」と尋ねた。彼の顔にはどこか達観した冷めた表情が残る一方で、エリザに向ける視線には、他の女性には向けられないような興味と温かさが感じられた。その姿を見て、彼女の心は少しずつ解きほぐされていったが、同時に祖母の厳しい視線が頭をよぎり、不安が再び胸を締め付ける。
「今日は少し、自分の気持ちを整理したくて…あなたといると、素直に色々考えられるから」とエリザが答えると、アレクシスは意外そうに微笑んだ。「それなら僕も手伝うよ、エリザの気持ちを知るチャンスだしね。で、まず何から話そうか?」と軽い調子で言いながらも、彼の視線は真剣そのものだった。
エリザは少し考えてから、正直な気持ちを話し始めた。「あなたといると楽しいし、色んなことを学べるわ。でも、正直に言うと、あなたの軽率な行動にイライラすることもあるの。」アレクシスは少し驚いた様子を見せたが、すぐに真面目な表情になり、「ごめん。それでも僕は無理に着飾りたくないし、君には本心を見せたいと思っているんだ」と答えた。
その言葉にエリザは安心したが、ふと祖母の言葉が胸をよぎる。「ローズウッド家の一員として、慎みを持つべきだ」。エリザは自分の思いを素直に伝えることに恐怖を感じながらも、もう少しだけ勇気を出すことにした。「私も、あなたがそのままでいてほしいと思っているわ。だけど…私の心の中で何かが変わり始めているのを感じていて、それをどう受け止めればいいのか分からないの」と彼女は口にした。
ふとアレクシスは視線を遠くに向け、静かに口を開いた。「実は僕も、自分がどうしたいのか、長い間悩んできたんだ。君には話したことがなかったけれど…僕の家も君の家と同じように厳しい規律と伝統がある。それに、僕の家では結婚も政略的な側面が強く、僕の気持ちや選択が重視されることはほとんどないんだ。」
エリザは彼の真剣な表情に少し驚きながらも、黙って耳を傾けた。アレクシスは一瞬躊躇した後、続けた。「僕の母もまた、家の名誉を守るために自分の自由を犠牲にしてきた人なんだ。家族に対する責任感や義務感の中で、本当の自分を押し殺しているように見える。そんな彼女を見ていると、僕は女性には自分の意志を尊重して生きてほしいと思うようになったんだ。…君のようにね。」
彼はふとエリザに目を向け、優しく微笑んだ。「君が自分の意思を大切にして、自由に生きようとしている姿を見ると、僕はそれを心から応援したいと思うんだ。僕が君に無理に何かを求めたりしないのは、そういう理由なんだよ。」
エリザはアレクシスの言葉を胸に刻み、自分の心を重ねるように静かに頷いた。「そうだったのね…。あなたも、家の中でたくさんのプレッシャーを感じているのね。」
「そうだね。でも君といると、そのプレッシャーが少し和らぐ気がするよ。君には、自分を偽らずにいてほしい。それがどれだけ大変なことか、僕にはよく分かっているから。」彼は少し苦笑しながらそう言った。
エリザは、自分と同じような悩みを抱えるアレクシスの姿に、今まで以上に親近感と共感を覚え少しだけ心が軽くなるのを感じた。彼との関係がどう進んでいくのかはまだ分からないが、彼の存在が彼女にとって心の支えになっていることを実感していた。そして、祖母の言葉の重圧に負けず、自分の気持ちに正直でいることの大切さを改めて感じた。
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