第6話「迷いの中で」

エリザは、自室のベッドに横たわりながら、アレクシスからの婚約の申し出を思い出していた。茶会での出来事が鮮明に脳裏に浮かぶ。あの軽やかな笑顔と、自信に満ちた言葉。「ねぇ、君、俺と婚約しない?」その瞬間、驚きと戸惑いが彼女を包んだ。彼の言葉が冗談のように聞こえた一方で、心の奥には何かしらの本気が宿っているのを感じた。エリザは、自分の気持ちが複雑に絡み合っていることに気付く。

婚約は断ったものの、アレクシスの言葉が頭から離れない。「気が変わったら婚約しようね」と彼が笑いながら言ったことが、何度も心の中を巡る。自分が本当に望んでいるものが何かを理解するのは、難しいことだった。

「もし結婚して、アレクシスと一緒にいたら、私は幸せになれるのか?」とエリザは考えた。しかし、彼女の心の中には、結婚に夢見ていたはずなのに、実際には何かが違うという思いがあった。愛されることを望みながらも、自由に自分の人生を歩みたいという欲求が強くなっていく。

そんな時、エマが部屋に入ってきた。明るい笑顔を見た瞬間、エリザは少しだけ気持ちが和らいだ。エマは、エリザの様子に気付き、「エリザ様、大丈夫?」と心配そうに尋ねた。

「大丈夫…けど、ちょっと考えすぎているかもしれない。」エリザは言葉を選びながら、自分の気持ちを打ち明けた。「アレクシスから婚約を断ったけれど…その後の彼の言葉がずっと頭に残っているの。」

エマは目を大きく見開き、「エリザ様が断ったのは正しいです!確かに、エリザ様は結婚して幸せな家庭を持ちたいとお話ししていましたが、相手はちゃんと選ぶべきです。正直、エマはあの方が嫌いです!」と頬を膨らましながら言った。

エリザは微笑みつつも、心の中で葛藤が続いていた。「今度は結婚して家庭を持ちたい、幸せになりたい。そう思っていたはずなのに…どうしてもふと考えてしまう。」彼女は思わず呟く。「もっと自分のやりたいことを追求することなのか…」その問いに対する答えが見つからないまま、モヤモヤとした気持ちが残る。

「やっぱり、今は婚約のことは考えない方がいいです。」エマは優しく言った。「エマにもっと勉強を教えてください。そして、エリザ様がしたいことに没頭するのが、一番の選択かもしれない。」

「したいことか…」エリザは自分の心に問いかける。これまで勉強ばかりしてきたが、この世界でも人間関係で失敗を繰り返し、幸せをつかむのは難しい。みんな私とは違う努力をしてきたんだろうな…彼女は少し思いつめる。

「よし!私が本当にやりたいことを見つけるためには、まず今日は寝ましょう。」エリザは元気に言った。

「はい!おやすみなさい!」エマは微笑み、部屋を出て行った。

エリザは心の中で決意を新たにした。まだ16歳、できることはたくさんあるはず!彼女はゆっくりと目を閉じ、心の中に浮かぶ未来への期待と不安を抱きしめるようにして、眠りについた。

エリザは翌朝、心の中のもやもやを解消するために、リディアに相談することを決めた。彼女は朝食を済ませた後、隣の別宅へ向かう。穏やかな風が吹く中、庭を抜けて歩くと、リディア夫人の優しい笑顔が思い浮かぶ。

リディア夫人の別宅は、主屋とはまた違った温かみのある雰囲気が漂っていた。エリザはドアをノックすると、すぐにリディア夫人が出迎えてくれた。「おはよう、エリザ。今日はどうしたの?」彼女の声には母のような愛情がこもっていた。

「おはようございます、お母様。少しお話があるのですが…」エリザは緊張しながら言った。リディアは優しく彼女を部屋に招き入れる。

「さあ、座って。何でも話してごらん」とリディア夫人は、温かいお茶を用意しながら促した。エリザは深呼吸をし、アレクシスとの婚約について話し始めた。「昨日、アレクシスが私に婚約を申し込んできたんです。でも、私は断ったんです。でも、その後の彼の言葉が頭から離れなくて…」

「婚約を断ったのね。それは賢い選択だと思うわ」とリディア夫人は頷き、エリザの目を優しく見つめた。「あなたが本当に幸せになれる選択をすることが大切なの。」

エリザは少しホッとしながらも、「でも、彼が『気が変わったら婚約しようね』と言ったことが気になって…」と続けた。「私、結婚して家庭を持つことが幸せだと思っていたのに、本当にそれでいいのか分からなくなってきたんです。」

リディア夫人は静かに耳を傾け、「あなたが本当にやりたいことは何か、考えてみた?」と問いかけた。「結婚や家庭を持つことも素晴らしいけれど、それだけが全てではないわ。あなたが心からやりたいことを追求することも、同じくらい大切よ。」

エリザはリディア夫人の言葉をかみしめながら、少し考え込んだ。「でも、私はずっと勉強ばかりしてきたから…自分のやりたいことが見つからないんです。」

リディア夫人は微笑み、「それなら、まずは色々なことに挑戦してみるといいわ。あなたの好奇心を大切にして、自分の可能性を広げていくのが大事よ」とアドバイスした。「失敗を恐れず、楽しみながら学んでいけば、きっと何か見つかるはず。」

「そうですね、母様のおっしゃる通りです。やっぱり今は、婚約のことは考えずに、もっと勉強して自分を見つけることに集中します」とエリザは決意を新たにした。

リディア夫人は微笑み、「それが良い選択よ。あなたの人生はあなたのものだから、他の誰かに決めさせないで。自分の道を見つけるために、心を開いて挑戦し続けることが大事よ」と優しく励ました。

エリザはリディア夫人の言葉に背中を押され、少しだけ安心感を覚えた。「ありがとうございます、お母様。私、頑張ります!」

その後、エリザはリディア夫人と共にティータイムを楽しみながら、心の中の重荷が少しずつ軽くなっていくのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る