第4話「友との学び」

リディア夫人とゆっくり話し合った後、エリザは教養の大切さを改めて感じていた。夫人の穏やかな物腰や優雅な言葉遣いから、学ぶべきことが山ほどあることに気づいた。貴族としての知識だけでなく、人との関わり方も同じくらい重要であると、日々少しずつ実感するようになっていた。

一人での勉強は好きだったが、いつもそばで給仕や片付けをしているエマの存在が気になるたびに、「彼女ももっと学べる場があったらいいのに」と、心の中に引っかかるものを感じていた。ある夕刻、勉強の合間にエリザはエマを誘い、庭を散歩することにした。背の高い花々の影に隠れながら、エリザはふと思い切って尋ねた。

「ねぇ、エマ。学校には通っていないの?」

エマは少し驚いた顔をし、うつむいて答えた。「…私は平民ですから。学校に通うにはお金がかかりますし、家ではそれを負担できません」

エリザはその言葉に息をのむ。自分は家庭教師をつけてもらい、学びたいだけ学べる環境にいる。それが当たり前だと思っていたが、エマにとってそれがどれほど遠いことなのか、初めて知ったのだ。

「勉強には興味がある?」エリザはさらに問いかける。

エマは少し恥ずかしそうに頬を赤らめてうなずいた。「はい、字が読めるようになって、もっといろんなことを知りたいんです」

エリザの胸に熱いものが広がる。学びたくても機会がない――それならば、と彼女は決意に満ちた表情でエマに向き直った。

「だったら、私が教えてあげるわ!」

エマは戸惑いながらも、エリザの真剣な目に圧されるようにして小さくうなずいた。

それから数日、エリザとエマはエリザの部屋で密かに勉強会を始める。エリザは読み書きや簡単な計算を教え、エマはそれを真剣に受け止めた。学ぶ喜びに満ちたエマの表情に、エリザもまたやりがいを感じていた。

ある日、エマが教科書を覗き込みながらぽつりと尋ねた。「エリザ様、どうしてこんなに私にしてくれるんですか?」

エリザは少し考え、微笑みながら答える。「誰かに知識を分け与えることで、自分も成長できる気がするの。お互いに学び合えるのがうれしいわ」

その言葉に、エマは頬を赤らめ、うなずいた。「ありがとうございます。エリザ様のおかげで、本当に夢みたいです」

数日後、エリザはふと思いついた。エマが学校に通えるようになれば、彼女はもっと成長できるのではないか。父に直談判しようにも、一向に帰ってこない。仕方なく執事室に足を運ぶことにした。執事室の扉を静かに開けると、そこには落ち着いた雰囲気が漂っていた。木製の書類棚や、整然とした机の上には、書類や本がきちんと並べられている。

エリザは執事長の顔を見つめ、緊張しながら言った。「執事長、お話があります」

執事長は顔を上げ、彼女に微笑んで返した。「もちろん、エリザ様。どういったことでしょうか?」

「エマが学校に通えるようにしたいのです」エリザは力強く言った。彼女の声には、真剣な思いが込められていた。

執事長は眉をひそめ、考え込む様子を見せた。「エマには必要なことは仕込んであります。余計な知識を付けて貴族に歯向かうような考えを持つかもしれません。余計なことは必要ないのです」

「必要ないですって?余計なこと?彼女は実際字を覚えたがっているわ!それに私、この数日彼女と過ごしてわかるもの!彼女は謙虚で誠実、教えたことをしっかり理解できる」

執事長は一瞬、エリザの目を真剣に見つめた後、慎重に言葉を選んだ。「私はあなたの気持ちを理解しますが、エリザ様がこのようなことを考えるのは、まだお若いからです。貴族の家計や社会における立場も考慮しなければなりません」

「十分わかっていっているわ!」エリザの心には、執事長の言葉が少し響いた。45歳の真央として彼女はその重みを理解できたし、以前の自分であれば同じように考えていたかもしれない。しかし、今のエリザはエマと触れ合う中で、彼女にもっとできることを増やしてあげたいという思いが強くなっていた。誰かの成長に寄与することは、自分の成長にもつながるはずだ。

執事長は少し考え込み、再度口を開いた。「わかりました。旦那様に通すまでもないお話でもないので、エマに学校に行くこと自体は許可しましょう。しかし、エリザ様のお世話は誰がなさるというのですか?エマがエリザ様の傍にいない間に起きた事故はすべてエマの責任になりますが?」

「心配してくださらなくても、私は大人よ?自分のことぐらい自分でできるわ」

執事長はため息をつきながら頷いた。

その夜、エリザはエマに嬉しい知らせを伝えた。

「エマ、あなた、学校に通えることになったの!」

エマは目を丸くして、驚きに口元を手で覆った。「…本当ですか?」

エリザはうなずき、エマの手をぎゅっと握る。「これからはもっといろんなことを学べるわ。あなたが望んでいた知識に手を伸ばせるのよ」

エマは涙ぐみながらも笑顔を浮かべ、深々とお辞儀をした。「ありがとうございます、エリザ様。私、絶対にもっと学びます!」

エリザはエマの姿を見つめ、貴族として学ぶだけでなく、誰かの成長を支えられる喜びを感じていた。しかし、エマはふと気がかりそうに言った。

「でも、エリザ様のお世話が…」

「私はもう結婚できる年齢なんでしょ?自分のことは自分でできるわ」

「エリザ様、変わられましたね」

「え?」

エマは微笑んで続けた。「以前のエリザ様は、私がいないと何もできないと思っていました。でも、今のエリザ様は、自分でやってみようとしていますね」

「ちょっぴり寂しいですけど、これが親ごころなんでしょうか?」エマは目を潤ませながら、静かに涙をこぼした。

エリザはエマをそっと抱きしめ、「あなたにはもっといろんな人生を知ってもらいたいの」と囁いた。心の中で彼女は、、これまでの自分は、知識や教養を詰め込むことに集中していたが、今はそれだけではなく、人との絆を深めることこそが、真の学びであると実感し始めていた。

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