-girls diary- 天ヶ瀬璃世①

【四月七日】

 朝、スマホのアラームよりも一時間早く起きた私は、部屋の壁に昨晩掛けたばかりの真新しい制服に目をやる。中学時代に着慣れた吊りスカートとは異なる、上下が完全に分離している典型的なブレザータイプだ。最近デザインが変わったというその制服は、上着が深めの紺色でスカートが同系色のチェック、リボンは臙脂色えんじいろだ。


 私、天ヶ瀬あまがせ璃世りよは今日、都立明神みょうじん高校に入学する。


 この高校はいわゆる進学校だけど、わりと校則は緩い(正確には校則違反に寛容)と見学会の時に先輩が教えてくれた。そういう先輩は明るめの茶髪でスカートはやや短めだった。その日はさすがにピアスは外してたみたい。

 そんな私も春休みに美容院で思い切って髪型を変えた。それまで肩甲骨の下あたりまでまっすぐに伸びていた濡羽色ぬればいろの髪を肩に軽くかかるくらいまで切った。さらに暗めの茶色に染め、毛先を軽くパーマでふわっとしてもらった。いつもの美容師さんは「なんか急に今どきのJKって感じしてきたね〜」と終始生暖かい感じで少しくすぐったかった。


 極限までナチュラルにごまかすことに慣れたそのメイクを今日は少しだけ濃いめに仕上げて私は家の玄関を出た。


*


 (さすがにまだ誰も来てないか……)


 お父さんが電車通学に慣れるまでは早く出た方がいいって言うからその通りにしたら思いのほか早く着きすぎてしまった。私の家から学校までは途中で電車を一回乗り換えないといけなくて、しかもそのうち一つの路線は三十分に一本しか来ない。一応ここ東京なのにね。

 結局理想の時間より二本も早いそのローカル線に乗ってしまい、今に至っている。


 黒板に張り出された座席表を見ると、やはりというか左前の席だった。天ヶ瀬だとだいたい出席番号一番か二番くらいなんだよね。「天野」や「安藤」には五十音順で勝っちゃうから。

 ひとまず自席に座り荷物を置くと、その机を眺め、それから改めて教室を見渡す。


 (今日からここが私のクラスかぁ……一年間よろしくね)


 途中様子を見に来た担任の先生にも「あなた早いのね!」と言われたが、先生いわく私みたいな生徒は毎年何人かいるらしい。

 簡単な挨拶を済ませた先生は入学式の準備に向かい、再び私は教室で一人になる。


 そろそろ誰か来ても良いかなと思い、ふたたび黒板の前で座席表を眺め、新たなクラスメイトたちの名前を空で読み上げる。


 (天ヶ瀬、安藤、井上…………大沢、上社――かみ、やしろ?、北浦……)


 その時後ろのドアから物音がする。振り返るとそこには一人の男子生徒が少し緊張した面持ちでこちらを見ていた。そうだよね、彼にとっても私は初めて会う同級生だもんね。


 「あ、おはよっ! 君も五組?」


 少しでも緊張を解こうといつもよりも大げさに明るく笑顔で話しかけるが、彼は逆に少し困惑したような表情をしてしまった。


 「……うん、よろしくね」


 まだ緊張している彼と会話を続けて良いのか迷うが、ここで止めてしまってはそれこそ気まずくなってしまう。


 (そうだ、まずは名前聞かなきゃ)


 再び笑顔のスイッチを入れた私は、髪を触りながらそわそわする彼に問いかける。

 「そっか! うん、こちらこそこれからよろしくね! 名前はなんていうの?」


 「北浦です」

 

 ――北浦君。まさにいま私がちょうど見てた席の……。こんな感じの男の子だったんだ。

 それまで単純な苗字の羅列だった座席表の一箇所が急に意味を持って私の視覚に呼びかけてくる。

 北浦君ね、覚えた!

 

 「北浦君ね! えーと……あった! 席はそこだね。窓側から二番目で後ろから二番目!」

 もう君の席は知ってるけど、あえて探したふりをしてからその場所を指さす。


 席を教えてあげると彼は緊張と恥ずかしさを抑えるようにあわあわと自分の机へと向かっていった。なんかちょっと可愛い。

 そう心の中で微笑んでいると彼は急に席を立ち「ごめん、俺ちょっと行ってくるね!」と言い放ち慌てて教室から出て行った。


 (私何かしちゃったかな……?)


 あまりに急すぎて理由を尋ねることもできず、自分の中で間違い探しを始める。もしかしたらただお手洗いに行っただけかもしれない。けれどもこの思考パターンは半ば癖のようなものだった。私はこうして自問自答することで周りとの調和を図ってきた。


*


 新入生全員が揃った教室で先生が簡単に自己紹介と入学式の流れを説明し、私たちは体育館へと移動する。そういえばさっきまでいなかった北浦君がいつの間にか戻ってきていた。 


 この高校の体育館は三階建てになっており、一階が柔道場と剣道場で、一般的に言われるは三階にある。そして二階部分には校舎と繋がる通称「虹の橋」が掛かっている。私たちはその虹の橋から階段にかけて整列しながら入場を待つ。ちなみにお母さんからは三十分ほど前に「会場に入ったよ」とメッセージが入っていた。

 先生の合図で新入生の入場が始まる。紅白の幕に囲まれた厳かな雰囲気の体育館をたくさんの拍手に包まれながら進み、私たちは綺麗に並んだパイプ椅子へと腰掛けた。


 国歌斉唱、校長先生の挨拶、来賓の祝辞と式が進んでいく。卒業式って感動するけど、入学式ってまだあまり実感がないから少しだけ眠気に負けそうになっちゃう。今日は朝も早かったしね。


 『続きまして、新入生代表挨拶です』

 そういえばこういう時の代表ってどうやって決めてるんだろう? やっぱり主席の人がやるのかな?


 『新入生代表、北浦翔平さん』

 え? 北浦君?


 「はい!」


 体育館に気持ちのいいハキハキとした声が響く。

 私は、壇上へと向かうその新たなクラスメイトのすっと伸びた背筋を気が付けば目で追っていた。


*


 『暖かな春の風に包まれ、花々の息吹が聞こえる季節となりました。この良き日に、私たちは都立明神高等学校に入学します。本日は私たち新入生のためにこのような場を設けていただきましてありがとうございます』

 (え、朝教室で会った時と全然違う……)


 『私たちはそれぞれの夢や期待を胸にこの明神高校の門をくぐりました。先輩方が築いた伝統を受け継ぎながら、勉学、部活動、行事活動など、何事にも主体性をもってこの仲間たちと切磋琢磨していきたいと思います』

 (北浦君すごい、こんな大勢の人の前で堂々と喋るなんて。そうだよね、私も期待して高校に入ったんだから、頑張らなくっちゃ!)


 『時には壁にぶつかり迷うこともあるかと思いますが、その時はこの日を思い出し、初心を忘れずに向き合っていきますので、どうか暖かなご指導をよろしくお願いいたします』

 (中学の時もそれなりに充実はしてたけど、高校に入ったらもっと素敵な毎日を過ごすんだ! もっと「特別」を見つけたいっ!)


 『以上をもちまして挨拶とさせていただきます』

 『新入生代表、北浦翔平』 

 

 そう、今日から私の新しい物語が始まる!


―――――――――――――――――


(作者からのお礼とひとこと)

改めまして、ここまでお読み頂き誠にありがとうございます。

今回はヒロイン視点でのお話を挟んでみましたが、いかがでしたでしょうか。

次回はふたたび本編に戻り「遠足回」です!


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それでは引き続きどうぞお楽しみください!

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