第3話 魅惑のスープカレー事件(前編)
「それにしてもいきなりだよねー。しかも山梨」
クラスのちょいギャルである
「だよなー、こんなにすぐに遠足とか」
そう、俺たちは今まさに学校の遠足で山梨に向かっている最中なのだ。
「え、めっちゃ楽しみじゃね? みんなでアウトドアとかちょっとテンション上がる」
「えー、せっかく行くならアタシは富士見ローランドで絶叫乗りたかったぁ」
同じくチーム陽キャの大沢、そして柚木さんよりもギャル味マシマシな
四月下旬というクラスの人間関係がまだ固まり切っていないこのタイミングでの遠足。きっとこれから来たる各イベントに向けてクラスの団結を強めるファーストステップという位置づけ、もしくはまだ友達作りに難航している人に向けた救済ポイントなのかもしれない。
そして俺は今、何故かこの陽オーラを纏うメンバーの中に混ざっているのだった。
*
それは約一週間前。ホームルームでのことだった。
新井先生から遠足についての説明があり、その後班決めタイムに突入した。
決め方のルールは「六人組か七人組で男女ともに必ず二人以上いること」だった。
班決め開始とともに教室が一気に騒がしくなる。
俺は
意外過ぎて驚いた。椚田も同じことを考えていたようで、視線を向けると(こっちは気にするな。行って来いよー!)と言っていた。たぶん……
こうして出来上がった班は、女子が
なんかキラキラを超えてギラギラしすぎているメンバーに俺は期待よりも不安が勝っていた。
そんな流れで、俺は今こうして陽キャ軍団と同じ班になり、しかもバス最後部というカースト上位でしか味わえないであろう席にいる。
初めて知ったのだが、最後部の一つ前の座席は横向きに回転できるらしく、まるでバラエティ番組のロケバスのような「コの字型」の席配置になっている。
いやいや、さすがに目立つから先生早く止めてくれよ!
*
「てかうらっちさ、話すとき人の目あんまり見ないよね」
南野さんが前振りなしにそんな話題を出してきた。
「なに、うらっちシャイ系?」
羽村が煽ってくる。てかいつの間に俺の名前『うらっち』になったんだ。
「そうかな? 俺はあんまり意識してなかったんだけど……」
「北浦君っ!」
「え、なに?」
「やっぱり。今私と目が合ってないよー!」
天ヶ瀬さんの抜き打ちチェックの結果、どうやら俺は人の目を見て話すのが苦手らしい。
「やっぱりうらっちシャイじゃん。ウケる! でもちゃんと目見て話さなきゃダメっしょ」
南野さんは隣の天ヶ瀬さんに何やら耳打ちをした後、みんなに向かって少し高めのトーンでこう続けた。
「はーい、今からうらっちのシャイ克服トレーニングしまーす! うらっち、
「えっ!? ちょっ」
「よーい、スタート!」
俺の心の準備もままならぬうちに「天ヶ瀬さんと十秒間見つめ合うトレーニング」が強制スタートした。
いくら通路を隔てているといっても女子と面と向かって、しかもクラスの最強アイドルと十秒間見つめ合うなんて心臓に悪すぎる!
「はい、ちゃんと目を見てー。あと五秒」
一方で天ヶ瀬さんはしっかりとこちらの目を見ている。
しかも照れた様子はなく、むしろ少し微笑んでいる。いや、だんだんその微笑みが
(ヤバい、顔めっちゃ熱い。こんなの慣れる前に俺が倒れる)
「はい、終了!」
その合図と同時に天ヶ瀬さんの表情が優しい笑顔に変わる。
俺はようやく解放された精神をクールダウンしていると、天ヶ瀬さんが再びにやりとした表情を見せる。
「北浦君、ずっと緊張してたね? これはまたトレーニングしなきゃだね!」
そりゃ相当お高いマンツーマン指導になりそうだ。
いたずらスマイルにやられた俺の心は、いとも簡単にそのまま空へと召されていった。
ちなみに俺が最強アイドル璃世様に天に送りだされている間、椚田と矢川は「トンネルを抜けるまで息止めるゲーム」に興じていたらしい。
休憩のサービスエリアでそれを聞いた俺は、別の意味で酸欠になりかけていた頭に思いっきり酸素を送り込むべく深呼吸をしていた。
うん、山梨の空気はうまいな。
*
『えー、皆さん
俺たちは今、湖畔にあるバーベキュー場にやってきていた。
ここに来るまでの道中、氷穴と呼ばれる洞窟の見学を挟んだのだが、まるでダンジョンのようなその雰囲気にすっかり童心に帰ってしまった。
洞窟の奥には万年氷があり初夏でもかなり肌寒かったが、ライトアップされた氷柱はなかなかに幻想的だった。しかし楽しんでいたのは主に男子で、女子勢はスマホのカメラで上手く
そしてここからは
『では早速始めてください。包丁や火を扱うので、くれぐれもふざけないように』
その合図とともに、俺たちの班も早速役割分担をして作業に取り掛かる。
羽村と大沢は彼らたっての希望で火起こし係。天ヶ瀬さんは米研ぎ係。そして残る柚木さん、南野さん、そして俺の三人は野菜と肉の下ごしらえ係になった。
「ねぇ、うらっちはさぁ、なんでうちの学校受けたの?」
「あ、ウチもそれ気になる! 確か神奈川の中学から来たんだよね?」
ふと南野さんと柚木さんが猫の手で野菜を一口大にカットしながら尋ねてきた。
「俺さ、親の実家が
「へー、そうだったんだ。でもなんで
東とはこの地域ナンバーワンの東高校で、国立大への合格率が高いことで有名な正真正銘の進学校だ。
「県外からの受験だったから、東の自校作成問題が不安で。あと、私立はちょっとって感じだったから着実に選んだかな」
「すご、やっぱ頭いいんだねー」
柚木さんが純粋に褒めてくれた。なんかちょっと嬉しい。
「いや、そんなでもないよ。それに学力面もあるけど、どちらかといえば校風が自由そうだったし、駅チカで遊べそうだし、普通科で制服だったから選んだってのも大きいかも」
「マジで? てか制服より私服の方が良くない?」
南野さんは家からの通いやすさで結局うちを選んだみたいだけど、確かに都立高校には一部私服OKの学校がある。
「なんか私服OKのとこって『高校』って感じがしなさそうでだ。制服の方が青春って感じじゃない?」
「ウケる。なんかうらっちって結構普通なんだね。もっとカタい感じだったり、信念みたいなのが強いのかと思ってた」
『普通』という言葉。
俺のモットーであり憧れであるその単語に、嬉しさを感じる反面、どこか特別ではないことへの寂しさを覚えた。しかしこれもきっと慣れの問題だろう。それに南野さんのようなトップカーストの言う普通であれば、それはきっと俺の描く理想に近いのかもしれない。
「そっか、じゃあこれからウチらでいっぱい青春しよ!」
柚木さんにそう言われて、やはり俺の考えは間違っていないのだと思い直した。
そうだ、俺は『普通の青春』を手に入れるのだ。
*
食材の下ごしらえを終えた俺たちは、一旦手を洗いに水場にやってきた。
いくつかの蛇口が連なる広めのシンクの端っこでは天ヶ瀬さんが一所懸命に米を研いでいる。
「璃世おつー!」
天ヶ瀬さんが視界に入るのと同時に南野さんが声をかける。
「あ、おつかれー! そっちはもう切り終わったの?」
「うん、人数いるからめちゃスムーズ! 璃世は?」
「こっちももう少しで終わりそうかな。最初に他の班とお米を測って分けたりるのに少し時間かかっちゃって」
「そうだったんだね。璃世おつかれだよー」
柚木さんのゆるーい感じのねぎらいを聞きながら俺は水道の蛇口をひねった。
「冷たっ!」
最初に手を洗いに来た時もまったく同じリアクションをしてしまったが、普段地元で慣れている温度よりも格段に低く、改めてここが大自然の中であることを実感する。
「璃世こんな冷たい水でずっと米研いでたの? ごめん、全然手伝えなくて」
「ううん、ありがとう! 私も最初はびっくりしたけど、慣れてくると案外気持ちいいよ」
「天ヶ瀬さんありがとう。俺がこっちやれば良かったね」
一人黙々と冷たい水を使って作業するのはきっと大変だっただろう。
「そんなことないよ。だって北浦君も食材切ってくれたんでしょ? それだってピーラーとか包丁使うから危ないんだよ? だから私からも、ありがとう!」
あぁ、本当にこの人はどこまで天使なんだ。璃世様、一生推します!
*
「そういえば俺、うらっちの連絡先知らないわ」
下ごしらえを終えた食材を鍋で軽く炒めて茹でている最中、ふと羽村が話しかけてきた。
「あ、アタシも知らないや。教えてー」
「あ、ウチもー」
ちょうどその場にいた南野さんと柚木さんもスマホを片手にこちらに向かってくる。俺はポケットからスマホを取り出して
途中、トイレから戻ってきた大沢も混ざるとお互いのIDを交換した。
(なんかこのメンバーとLiMO繋がってるの、よく考えるとすごいな)
俺は安直な優越感に浸り、そんなことを考えていた。
(あとは天ヶ瀬さんと交換できれば……)
しかし天ヶ瀬さんが調理器具の片付けから戻ってきたのは、俺たちが一通り連絡先を交換し終わった後だった。
天ヶ瀬さんの連絡先を知りたい。
でも自分から女子に連絡先を聞くなんてハードルが高すぎる。しかも相手はあのクラスのアイドルだ。きっと彼女なら嫌と言わずに交換してくれるかもしれないが、本心では迷惑に思うかもしれない。
『はい、それでは各班そろそろ食事の準備に移ってください』
モヤモヤと考えているうちに先生が準備終了の合図を告げる。
結局天ヶ瀬さんに連絡先を聞けなかった俺を尻目に、チーム陽キャ特製カレーがテーブルに並べられていくのだった。
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