第2話 新入生代表、その実力は

 入学三日目。


 いよいよ授業が始まってきた。そんななか俺はまだこのクラスでいかに人脈を形成するか、ひいては『普通の青春』を実現させるかという課題に対して明確な答えを持ち合わせていなかった。しかし結局のところ同じクラスである以上、チャンスは自然と巡ってくるものである。


 この日は国語、英語の授業があり、どちらも自己紹介だったり授業についての説明、教師の身の上話などライトなもので終わった。しかしその後の数学Ⅰに関してはいきなり理解度チェックと称して小テストから始まった。聞いてないぞ!


 (マズい、中学の内容とはいえ受験以降まったく勉強してないな……)


 春眠暁を覚えず。

 案の定、俺の数学の知識たちの一部はその眠りから覚めることなく小テストは終了時刻を迎えた。


 授業が終わり休み時間になると教室が一気に騒がしくなった。やはりいきなりの小テストに面喰らったのは俺だけではなかったらしく、あちこちから「点数ヤバい」「数学ムリ」「先生鬼じゃね?」などと聞こえてくる。今回はテスト後に自己採点と解説があったのでみんな既に自分の点数を把握している。

 ちなみに俺は72点だった。いやはや、可もなく不可もなく。


 すると急に前のほうから俺の名前が聞こえてきた気がする。最初は気のせいかと思っていたが、クラスメイトである羽村と大沢がこちらへと向かってきた。

 男子陽キャのツートップだ。どちらが上かは知らんけど。



 「北浦って入試トップだよな? さっきのテスト何点だった?」


 切り出してきたのは羽村だった。

 

 「72点だった」

 「めっちゃフツー! 俺らとあんま変わんなくね?」

 「むしろ天ヶ瀬の方が点数高いよな」


 大沢も続いて会話に乗ってくる。

 ってかもう天ヶ瀬さんの点数知ってるのかよ。そのコミュ力が羨ましすぎる。


 「北浦ってほんとに入試トップ?」

 「いや、実は俺も知らないんだよな。確かに入試は5教科合計で450以上だったし、内申もオール5マイナス1だからわりと良かったとは思うけど」

 「いやそれ多分ちゃんとしたトップだわ。てか内申オール5はエグい」


 いや、正確には数学だけ4なんだけどな。


 「まぁ中学の時はなにかと教師には気に入られてたからね」

 「うわ、案外腹黒タイプ? てか案外お前話しやすいな。もっと勉強大好きですって感じのお堅いタイプかと思ってた」

 「え、そんなふうに見られたの?」

 「いや、だって入学式であんなに堂々と前で挨拶してたら誰だってそう思うっしょ」

 「いや、今まさに72点取ったばっかですけど」

 「たしかに(笑)」


 って俺ほぼ質問に返してるだけじゃん!


 しかしまぁ向こうがコミュ力お化けだと案外答えを打ち返すだけでもある程度会話が成り立つんだなぁと少し感動した。

 それにしても俺がそんなに堅いイメージだったなんて……


 今思えば中学時代はみんな俺のことをある程度知ってくれていたから、いわゆるガリ勉タイプでないことや、生徒会役員を進んでやるようなキャラではないことが前提でコミュニケーションが取れていた――それでも優等生キャラ的なレッテルは付き纏っていたけど。


 しかし今ここには俺のことを昔から知っている人は誰もいなくて、ただ「(きっと)入試トップで新入生代表として前で話してた真面目そうな人」ってイメージになってしまっているのだろう。


 「天ヶ瀬何点だったっけ?」

 「85点だよー」

 「北浦72点だって! 天ヶ瀬が今んとこナンバーワンじゃね?」


 羽村が前方で談笑している天ヶ瀬さんに大きな声で問いかけて会話を始める。


 (てか羽村、俺の恥を大声でさらすな!)


 どうやら天ヶ瀬さんの点数の高さに驚いた羽村たちは、入試トップと噂される俺がどれくらいのものか確認しに来た、というのがここまでの流れらしい。


 「北浦君72点なの? ちょっと意外だったかも。次のテストも負けないからね!」


 天ヶ瀬さんは小首を傾げたのち、すぐに満面の笑みで人差し指を立てて宣戦布告をしてきた。それにしてもそんな可愛い勝負宣言あるか?

 

 「天ヶ瀬さん頭いいんだね。次は負けないように頑張るよ!」


 そんな無難な返しが今は精一杯だった。というか今初めて天ヶ瀬さんって名前を呼んだ。まだ覚えて日が浅いその名前は、実際に口にしてみると想像以上にもどかしくて、そしてくすぐったい感じがした。


*


 小テストのくだりがきっかけとなり、俺は他のクラスメイトからも声をかけられるようになっていた。あのやり取りを目にして、俺がとっつきにくい人間ではないと判断してくれたのだろう。


 椚田くぬぎだ達也もそのうちの一人だ。


 「俺、北浦は絶対友達になれない人種だと思ってたよ」


 昼休み、そう言って椚田は笑いながら改めて自己紹介した後「よかったら一緒に弁当食おうぜ」と近くの席に腰を下ろした。


 ちなみにうちの高校は学食がないので基本的に弁当持参か購買でパンでも買って食べることになる。正確には食堂はあるのだが併設されている定時制の生徒のためのもので全日制の俺たちは使えない。


 正直これは入学して分かった「がっかりポイント」である。


 アニメでもマンガでもゲームでも青春といえば学食は必須でしょ。ということでめちゃくちゃ期待していたのに見事に夢打ち砕かれてしまった。

 パンフレットにもホームページにも写真が載ってるのに詐欺だ!

 

 「だって主席で入学とか絶対に俺みたいなやつと合わないもん」


 椚田が弁当の蓋を開けながら話す。


 「俺そんなに堅そうなイメージだった?」

 「なんか堅いってより『俺勉強できますトップですイケてます』みたいなオーラ?」

 「何それ、めっちゃ嫌な奴じゃん」

 「だから友達になれないタイプだと思ったのよ」


 (なんというか話しやすいけどちょっとひねくれたタイプだな)


 とりとめのない話をしていると次第に部活や趣味の話題に移っていった。椚田は小学校からミニバスをやっていて中学でもバスケ部だった。そして好きなアーティストはPump-Kingパンプキン Chickenと山上哲郎。(パンプはわかるが山上哲郎はなかなか渋いな)


 そして俺も好きなアーティストはMr.Child(通称ミスチャ)だと話していると突然「ミスチャ好きなの?」と右側から声が飛んできた。


 食べかけのパンを片手に持ちながらやってきたその男子は矢川涼太だった。


 「うん、好きだよ! えっと、矢川だっけ?」

 「そうだよ、改めてよろしく!」


 椚田も含めて軽く挨拶と自己紹介を済ませると矢川が「ごめん、もう一人呼んでもいい?」と尋ねてきた。


 特に断る理由もないのでうんと頷くと、やってきたのは黒髪のショートボブが似合う小柄な女子だった。

 

 「急に混ざっちゃってごめんなさい。和田ひなたです、よろしくお願いします」


 少し気恥ずかしそうに、しかしとても丁寧に自己紹介をしてくれた。彼女は黙っているときは凛とした雰囲気があるが、話すときは少し儚げで、だが決して暗くはなく上品な印象が勝っていた。


 天ヶ瀬さんは見た目も振る舞いもトップアイドル的な可愛さであるのに対し、和田さんは落ち着きがあり、綺麗な顔立ちをした美人系だ。ただ小柄で華奢なため、美人にありがちな威圧感はなく、絶妙なバランスで親しみやすさを兼ね備えている。


 「私ミスチャが好きで。北浦君も好きって言ってたから話してみたくて」

 「和田は俺と中学一緒なんだよ。俺もミスチャは普通に有名なやつは聞くけど、和田はライブとか行ってるレベルのファンだよ」


 なるほど、だから矢川が代わりに和田さんと繋いでくれたのか。


 「すごい! ライブ行ってるの羨ましいな。俺も挑戦したことあるんだけどすぐに売り切れで……」

 「私ファンクラブに入ってるからきっと当たりやすいんだよね。ちなみに北浦君はどの曲が好き?」

 「そうだな……俺は曲だったら『NO NAME』、アルバムなら『海底』か『シアワセノオト』かな」

 「いいかも。北浦君とはすごく話が合いそう」


 (今の「いいかも」は独り言だったのかな。なんか可愛らしいな)


 ミスチャについてしばらく熱く語り合っているとあっという間に予鈴がなった。

 「そういえば連絡先交換しね?」という椚田の一言で、俺たちは急いでコミュニケーションアプリであるLiMOライモのIDをそれぞれ交換して席へと戻った。


 これ以降椚田、矢川とは一緒に昼ご飯を食べるようになった。しかし和田さんは普段は女子の友達と一緒のようで、授業合間や下校前に顔を合わせた時、挨拶程度に話すに留まっている。LiMOもいまだに最初に送った挨拶のスタンプだけだ。


 (やっぱ現実はなかなか厳しいな)


 そう言って盛り上がった心を少しクールダウンするのであった。


 せっかく、男女グループで一緒にお昼を食べるなんて青春イベントを期待してたのにっ!!

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