青春リスタート ~入試トップの俺、だけど恋愛偏差値は底辺です~

ぼん・さーらⅡ世

第1話 一目惚れってアリですか?

 『暖かな春の風に包まれ、花々の息吹が聞こえる季節となりました。この良き日に、私たちは都立明神みょうじん高等学校に入学します。本日は私たち新入生のためにこのような場を設けていただきましてありがとうございます』

 (4月7日。今日は高校生活という新しい物語がスタートする日だ)


 『私たちはそれぞれの夢や期待を胸にこの明神高校の門をくぐりました。先輩方が築いた伝統を受け継ぎながら、勉学、部活動、行事活動など、何事にも主体性をもってこの仲間たちと切磋琢磨していきたいと思います』

 (高校に入ったらいろいろ頑張らなくちゃ。部活とか、あと恋愛とか……そういえば今朝見たあの子、めっちゃ可愛かったな)


 『時には壁にぶつかり迷うこともあるかと思いますが、その時はこの日を思い出し、初心を忘れずに向き合っていきますので、どうか暖かなご指導をよろしくお願いいたします』

 (高校に入ったらきっと絵に描いた青春が待ってるはず!そう、俺は高校で理想の「普通の青春」を送るんだ!!)


 『以上をもちまして挨拶とさせていただきます』 


 新入生代表 北浦翔平



 都立明神みょうじん高校。偏差値60オーバーで、この地域では上から2番目の公立高校だ。そして実は地域ナンバーワンの高校よりも人気がある。その理由はターミナル駅からのアクセスの良さと入試形態だ。公立でもトップクラスの進学校は独自の入試問題を作成しているが、この明神高校は都の共通問題を使っているから対策がしやすいのだ。

 俺は引っ越しの都合で東京ではなく神奈川の中学からこの明神高校を受験した。最初は親戚の家に居候して県立高校を目指すつもりだったが、学校見学をしてみてわかったのが都立高校の方が全体的に綺麗だということ。そこから俺は都立高校狙いにシフトした。


 学区外受験で推薦が使えなかった俺は、1度きりのチャンスを落とせないと必死になって勉強した。塾には行かなかったが、溜めに溜めた通信教材「真剣アタック」が俺を合格へと導いてくれた。ただし付録マンガのように、合格して幼馴染と付き合ったり、急に部活で大成したりといった副産物はまるでなかったことは伝えておきたい。

 (まぁ1年分の理解度テストを一度にまとめて送ったから赤マル先生も相当お怒りだったかもしれないが……)


 そんなこんなで無事に明神高校合格を勝ち取った俺だったが、レベルや立地以外にもこの学校を選んだ理由がある。

 1つ目は見学会の案内をしてくれた先輩がかなり可愛かったこと。2つ目は私服登校ではなく制服着用であること。そして3つ目は普通科普通制であることだ。

 そう、俺は絵に描いたような「普通の青春」を過ごしたかったのだ。


 俺は中学時代から人並みに青春したい、さらにいえば彼女が欲しいと願っていたし、そういったものが自然と手に入るものだと考えていた。しかし何故か先生に気に入られ、クラス委員やら生徒会役員やら、いわゆる優等生ポジションに担ぎ上げられ、気付けば周りが色恋に目覚める中、俺は「そういうキャラじゃない」人になっていた。

 だからこそ、アニメや漫画で描かれるような青春に憧れ、晴れて明神高校でイチからその夢を実現させるのだ。


 しかしそんな俺の青春がこんな形でスタートを迎えるとは、その時はまったく想像していなかった。


*


 『それでは以上で新入生向けの説明会を終了とします。皆様お疲れさまでした』


 合格発表の数日後、俺は母親と一緒に新入生向けの入学準備説明会に来ていた。それにしても1学年8クラスもあるとすごい人数だなと少し気圧されていると。

 『受験番号1027番の北浦君は体育館前方まで来てください。伝達事項があります。受験番号1027番北浦翔平君、前まで来てください』


 「え、翔平呼ばれてるわよ。何かしたの?」

 一緒に参加していた母親が慌てて聞いてくる。むしろ俺が知りたい。

 「いや、わからない。書類の不備とか?合格取り消しとかないよね……」

 急に不安になってきた俺に対して母親は「きっと大丈夫よ」と声を掛けてくれるが全く心当たりがないので何を言われるのか見当もつかない。怯えてても仕方がないので母親に先に外で待っていてもらうよう伝え、俺は一人で体育館前方でマイクを持っていた教師のところへ向かった。


 「あの、すみません。先ほど呼ばれました1027番の北原ですが……」

 そういって俺は受験番号(合格者番号)の記載された書類を教師に見せた。

 「ああ、北原君。いきなり呼び出しちゃってゴメンね。実は伝えなきゃいけないことがあって……」

 なんだ、俺は何も不正はしていないし、ただ中学が東京じゃなかっただけだぞ。


 「新入生代表挨拶をお願いしたいの」


 え?


 これが俺がいきなり入学式で新入生代表を務めることになってしまった経緯である。人からすれば華々しいスタートに思えるかもしれないが、俺が送りたいのは優等生としての高校生活ではなく「普通の青春」だ。

 高校生活開始早々とんだサプライズを貰ってしまった俺は、そのもどかしさをぶつけられずにただ持て余すのであった。


*


 「皆さん入学おめでとう。今日から皆さんは1年5組の仲間です。まぁ肩の力を抜いて適度に頑張っていきましょう」

 入学式を終えた俺たちは早速教室に戻り、すぐに最初のホームルームが始まった。担任の新井先生は40代くらいの女性で物理を担当しているらしい。ベテランでこういう場にも慣れているようだ。


 「それじゃあ早速だけどまずは自己紹介からやるよ」

 自己紹介など久しぶりすぎてすっかり頭から抜けていた。というのも俺が通っていた中学は、私立組を除いて小学校からメンバーが変わらないため、途中からほぼその必要性がなくなっていたのだ。

 

 「名前、出身中学、あとは趣味とか何か一言。じゃあ出席番号順で……天ヶ瀬さんから」


 「はい!」


 まだ緊張感の漂うその教室に爽やかで溌剌とした声が響き渡った。

 

 「初めまして。天ヶ瀬あまがせ璃世りよです。山梅やまめ1中出身で、部活はバレーをやっていました。高校でもバレー部に入ろうか考えてます。話すことが好きなので、みなさん気軽に話しかけてください!これからよろしくお願いします」

 理想的な挨拶と屈託のない笑顔に教室の雰囲気は一気に明るくなり、拍手が広がった。

 (そうだ、この子だ。今朝教室で会った……)


*


 新入生代表として挨拶をすることになった俺は、式の流れの再確認や準備のために他の生徒よりも40分ほど早く登校していた。

 (とりあえず教室に荷物を置いたら国語科の準備室に行って……)

 そう考えながら新しいクラスである1年5組の扉を開けると、そこにはすでに一人の女子生徒が黒板に貼られた座席表を眺めていた。


 「あ、おはよう!君も5組?」


 振り返った彼女は大きな瞳でこちらをまっすぐに捉えながら笑顔でそう言った。肩にかかった少しウェーブした栗色の毛先がふわっと舞い、教室から差し込む光を浴びてその先端がわずかに透ける。


 その瞬間全ての意識が彼女に吸い寄せられ、まるでスローモーションになったかのような錯覚に陥る。青春映画の1シーンをそのまま再現したようにキャッチーなその光景は、俺にとって「一目惚れ」と表現するのに十分すぎるほどのインパクトだった。


 「……うん、よろしくね」

 俺はそう返すのが精一杯だった。

 「そっか!うん、こちらこそこれからよろしくね!名前はなんていうの?」

 「北浦です」

 「北浦君ね!えーと……あった!席はそこだね!窓側から2番目で後ろから2番目!」

 (そっか、席を教えるために名前を聞いたのか)

 そう考えると少し残念な気もするが、入学早々に会ったばかりのクラスメイトに席を教えてくれるのは、それはそれで凄く性格が良い子な気がする。


 「ありがとう。えっと、ここだね!」

 そう言って俺は早速机の横のフックに鞄をかける。と同時に自分に課せられたミッションを思い出した。

 (やべっ、早く行かないと!)

 「ごめん、俺ちょっと行ってくるね!」

 「ん、えっ!?」

 俺は十分な説明も出来ないまま、慌てて挨拶の原稿を真新しいブレザーの内ポケットに忍ばせて教室を後にした。

 (変に思われたかな?というか俺あの子の名前聞いてなかった)

 そう後悔するも、これから代表挨拶をしなければいけないことへの緊張へとすぐに頭が切り替わっていった。


*


 そう思い返している間に自己紹介の順番が回ってきた。さっきした挨拶に比べれば規模は全然小さいが、これから1年間一緒に過ごすメンバーの前で話すというのはまた違った緊張感があるものだ。


 俺は呼吸を整えてから話し始める。

 「えー、北浦翔平です。出身中学は神奈川の城下しろした中というところです。部活はバドミントンをやってました。趣味は電子ピアノです。同じ中学の人はいないので少し心細いですが、皆さんと早く仲良くなれればと思いますのでよろしくお願いします」

 自己紹介を終えるとみんなが拍手をしてくれた。特に良くも悪くもなく無難に終わらせることが出来たことに安堵して俺は席についた。


 自己紹介が終わり、その後時間割や学校生活について一通り説明がなされた後、教科書配布までの間いったん休憩時間になった。

 休憩時間は近くの席同士や同じ中学同士のグループで会話が始まった。ただ例外として、天ヶ瀬さんの周りには早速人が集まっていた。

 (もうこれでクラス1軍が固まりそうだな)


 天ヶ瀬さんの周りには明らかにコミュ力の高い、いわゆる陽キャが集まっていた。しかも入学初日から金髪のやつもいる。進学校でもギャルとかヤンキーっぽい人はいるんだなと考えながら、俺は近くのクラスメイトと「これからよろしくね」という程度の大変シンプルな会話をしてこの日の学校を終えたのだった。


*


 入学式翌日。

 相変わらず天ヶ瀬さんの周りには人が集まっていた。やはり集まるのは昨日と同様、コミュ力お化けチームだ。周りの同級生も会話に交わっているあたりは天ヶ瀬さんがうまく立ち回っているおかげだろう。


 『天ヶ瀬さんってバレエやってたの?すごいね、めっちゃ体柔らかそう』

 『ううん、私はバレーボールの方だよ!「エ」じゃなくて「レー」の方のバレー』

 『あ、そっちね!なんか品がある感じだからてっきり「エ」の方かと思ってた』

 『ってか天ヶ瀬さんの説明ウケる』

 『ねぇ、「天ヶ瀬さん」って長くない!?璃世りよって呼んでいい?』

 『うん、もちろん!私も名前で呼んでいい?』

 『やった!』『うん!』『いいよー』

 『え、俺も璃世って呼んでいい?』

 『えー、男子が名前で呼ぶのはまだちょっと早いかなー』

 『まだ早いってことは、これからワンチャンあるってこと??』

 『よし!今日から璃世呼び選手権開催な!』

 『なにそれー(笑)』

 以上、休み時間のひとコマより。


 なんかもう距離の詰め方が全く違う。俺が描いた「普通の青春」は向こう側に確かに存在した。しかし誤算なのは俺がその住人ではないことだ。かくいう俺も昨日に続き周囲のクラスメイトと着実にやり取りを増やしていたが、こちらは「居住エリア」「通学方法」「通学時間」など、実に基本情報的な内容に留まっていた。俺もあだ名とか部活とか、もっと高校生らしいフレッシュな会話がしたい……まぁこれはこれで落ち着くというか、とりあえず周りがいい人たちで良かった。

 (ってそうじゃない。俺は「普通の青春」を手に入れるんだ!)


 しかし新しい友達の作り方など、小学生時代に忘れてきてしまった。昔は結構積極的だったはずなのにな。

 とりあえずもう少し様子を見ながら機会を伺うことにした俺は、この日はその後特に大きな出来事もなく下校した。


 (天ヶ瀬さんとももっと話したいけど、さすがにあの集団に入るのはハードルが高いよな……)

 一目惚れと表現はしたものの、ほんの数分のやりとりだけで壁を乗り越えられるほどのエネルギーは湧かず、現実は虚しいほどに現実で、俺もやはり俺でしかなった。決意とは裏腹に人はそんなに急に変われないとどこか諦めが先行してしまう。


 (いや、まずはちゃんとクラスに馴染んで友達を作らなきゃ)

 「普通の青春」は何も恋愛だけではない。そう自分に言い聞かせ、明日からの学校生活をイメージするのだった。


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