第6話 人生とは驚きの連続である

 「おぉ! 確かにちと狭いねー」


 柚木さんの言葉の通り、部屋は店員の言う通り六人で入るには少し狭かった。

 カラオケのモニター画面に向かって二人席がコの字型に並び、その一辺は柱が少し邪魔をしており、大柄な男性一人が座るのにちょうど良さそうなくらいのサイズ感だった。


 「じゃあ私と千夏でこっち座ろっか!」

 室内を一瞥した天ヶ瀬さんは、すぐさま狭い方の席を柚木さんと二人で座ろうと提案してくれた。確かにこの二人なら難なく座れるだろう。

 その後は部屋に入った順番で自動的に、画面の向かいに矢川、達也。そして天ヶ瀬さんたちの向かいに和田さんと俺が座る形になった。


 「最初に歌いたい人ー?」


 天ヶ瀬さんがいつもより高めのテンションでトップバッター希望者を尋ねてくる。こうして天ヶ瀬さんが場を仕切っているのは少し珍しい気がする。

 「いなければ私歌っちゃうよー!」

 天ヶ瀬さんの提案にみんなが賛同すると、慣れた様子でデンモクを操作し、曲を入力する。


 【HIASOBI 偶像】


 大きな画面にそう表示される。少し前に爆発的にヒットし、きっと誰もが一度は聴いたことがあるであろう超有名曲だった。しかしカラオケで歌うのには一つ問題があった。

 この曲、めちゃくちゃ難しい。


 しかし天ヶ瀬さんの想像以上に完璧な歌い出しにみんな一瞬唖然としたのち、すぐに感嘆の声が上がる。この曲はサビこそキャッチーだが、イントロが一切なく、いきなり上下に激しく動くメロディーで歌が始まる。それをタイミング、音程ともほとんどズレずに歌えるあたり、これは相当練習したに違いない。


 「めっちゃすごいよね! 璃世りよカラオケ好きなんだって!」

 向かいに座る柚木さんが歌を邪魔しないようにとこちらに顔を寄せてと予想を上回るその上手さに興奮を抑えられない様子で話しかけてくる。


 しかしここで驚くのはまだ早かった。サビに入った瞬間天ヶ瀬さんは立ち上がり、なんとマイク片手に振り付きで歌い始めたのだ。


 歌プラザが一気に武道館へと変わる。


 <天ヶ瀬璃世1stライブツアー、偶像。Now on sale>


 そんな妄想CMが浮かぶほどに、目の前にいたのはクラスのアイドルではなく、もはや本物のアイドルだった。ターンの度に揺れる髪とスカート。どのタイミングで切り取っても完璧な笑顔。やはりどう見てもアイドルだった。

 途中目が合ってウィンクされた柚木さんが昇天しかけたり、手を振る矢川に手を振り返したりと、ファンサまで完璧であった点も忘れずに追記しておく。


 「璃世すごかったよー! 上手いし可愛いしカッコいい!!」

 「ありがとっ! 最初だしめっちゃ気合入れちゃった!」

 ステージが終わった天ヶ瀬さんはちょっと暑いねと言って制服のシャツをパタパタさせながらソファに座る。

 

 そして誰も次の曲を入れていないことに気づき、慌てて柚木さんが曲を入れる。

 あの天ヶ瀬さんの後でも気後れせずに歌えるのは凄いなと感心していると、しばらくしてタイトルが画面に表示される。

 柚木さんが入れたのはキーがかなり高めの男性ボーカルバンドの曲だった。これも裏声を多用していてアップダウンの激しい高難度の曲だ。


 しかし柚木さんも天ヶ瀬さんほどではないにしろ、結構上手に歌いこなしていた。しかも普段のちょっとおっとりした喋り口調からは想像できない力強い歌声で、そのギャップは少し癖になりそう。

 

 時計回りに順番が進み、矢川、達也と続く。


 矢川は柚木さんの流れを汲んでか、これまたキーが高くて有名な別の男性バンドの人気曲に挑戦するが毎回声が変に裏返ってしまい、最後は自ら笑いを取りにいっていた。

 達也は好きだと言っていたPump-Kingパンプキン Chickenのウィンタースマイルという曲を歌う。季節外れだけど良い曲に変わりはない。そして思いのほか甘い声をしていてこれが女子たちからは大絶賛!


 「そういえば和田さんは何歌うの?」


 達也が歌う傍らで俺は、隣でデンモクを操作している和田さんに尋ねる。真剣に悩むその顔がタッチパネルの光に照らされている。


 「まだ一曲目だけどこれにしようかな」


 天ヶ瀬さんにも見せつけられちゃったし、と呟き曲を入れる。きっとこれは和田さんの持ち歌の中でも得意な曲なのだろう。


 【maiko クワガタ】


 「あ、これ好き!」

 

 天ヶ瀬さんがキラキラした瞳で和田さんの方を見る。少し昔の名曲だが、彼女もお気に入りのようだ。


 「すごくいいよね。上手く歌えないかもしれないけど」


 そう言って和田さんはまだ緊張が抜けていない様子で歌い始める。


 最初はどこか遠慮がちでぎこちなく、声も震えていた。

 しかし天ヶ瀬さんが柔らかな笑顔とともに上半身を軽く左右に振りながらリズムに乗っていて、それを見た和田さんも徐々に体でリズムを取り始める。


 独特のセンスを持つmaikoの曲だが、この曲最大の見せ場はなんといってもサビ最後の裏声の部分だ。女性が歌うにしても少し高めのキーとその歌詞が相まってとてもインパクトがある。

 和田さんはサビに向けて徐々に調子を上げていき、その濁りのない澄んだ歌声を存分に生かして見せ場の裏声までも気持ちよく歌い上げた。決してパワーのあるタイプの声ではないのだが、歌詞ひとつひとつに合わせて歌い方や表情を変え、聴いている側はいつしか感情移入してしまう、そんな歌だった。

 

 そして最後のボーカルソロを丁寧に歌い上げる瞬間、その瞳が微かに潤んでいるのが見て取れた。

 普段はなかなか使う機会のない言葉だが、俺はその姿をとても「美しい」と思った。

 

 感動したのは当然俺だけではないようで、後奏をBGMに各々が賛辞を送る。そして特に女子勢は和田さん以上にその瞳に水分を多く含ませていた。かくいう俺も少し鳥肌が立っていた。


 「ふぅ」

 和田さんがその表情をわずかに緩める。やはり気を張っていたのだろう。


 「お疲れ! とっても良かった!」

 俺はシンプルにそう伝える。細かい感想を言い出したらキリがなくなりそうだったから。


 「ありがとう。歌大丈夫だった?」

 「いや、すごかった! ほら、鳥肌立ってるし」

 「ほんとだ。すごい」


 和田さんがふと俺の腕に、その手のひらを重ねて確かめてくる。

 

 明らかに男のものとは違う、細くて滑らかで少しひんやりとしたその手が俺の腕を撫でる。普段はあまり感じなかったが、いつもより距離が近いせいか和田さんがその手を動かす度にふわっと香水なのかシャンプーなのかわからないけどいい香りが漂う。


 どうやら甘い匂いに誘われたクワガタは俺の方だったようだ。


 「おーい、北浦くん? 曲入ってないよー?」


 天ヶ瀬さんの声にクラクラしかけていた俺の意識は呼び戻される。心なしか少しご機嫌ななめに見えたので俺は慌ててデンモクを手に取った。


 「あ、ごめん! すぐ入れる!」


 (……とは言ったものの、どれにしよう)


 とりあえずミスチャのページは開いていたものの、この流れで何を入れたら良いのか迷っていた。するとまさかの天ヶ瀬さんからリクエストが入った。


 「もし良かったらあれ歌ってほしいな。なんだっけ、あのレバーの映画のやつ!  確かミスチャだよね?」


 ……入ったのはいいんだけど、レバー? 焼き鳥?

 ミスチャにそんなのあったっけ?


 「それきっと、hidamariだよ。うん、私も聴きたい」


 和田さんが曲名にして教えてくれる。翻訳助かる!!

 でも確かにこの曲ならバラードだけどエモーショナルでテンポも少し早めだし、ファンの間でも人気が高い。


 「それにしても何で焼き鳥?」

 俺はhidamariのページを探しながら誰に向けたかわからないような質問する。


 「レバーってか肝臓だよ。『君の肝臓が愛おしい』って映画あったじゃん」

 「あぁ、なるほど!」


 矢川が訂正してくれてやっと繋がった。衝撃的な名前に反してかなりの感動作だって話題になったやつだよな。映画自体は見たことなかったけど、主題歌だったのは知っていた。


 それにしてもレバーって……天ヶ瀬さん実はなかなかハイセンスだ。


 【Mr.Child hidamari】


 正直、俺は歌うのは好きだが歌が上手いかと言われればそこまででもないと思う。音感こそ多少はあれど、いざ歌うとなると声はブレるしピッチも甘い。それでもさっきの和田さんの歌い方を参考に、俺も出来る限り感情を乗せて歌ってみよう。

 Aメロは優しく慈しむように。Bメロはのびやかに。サビで力強く。後半は歌詞に合わせて徐々に歌い方も粗削りになり、そしてラスサビでそのすべてをぶつける。


 気付けば夢中で歌っていた。こんなに歌に集中したのは初めてかもしれない。

 しかし、ふとこれがこのメンバーで初めてのカラオケだということに気付き、すぐさま冷静さに支配される。

 

 俺はその恥ずかしさ、もっと言えば「やってしまった感」を隠すため、少しおどけた感じで何か言おうと思った瞬間だった。


 「ごめん、すごく、すごくよかった」

 何がごめんなんだろうと思い横を窺うと和田さんの頬に一筋の涙が伝っていた。


 「ウラ泣かせた!?」

 達也が場を気遣ってか、冗談めかしてくる。


 「ほんとだ! 北浦くん罪な男ー!」

 天ヶ瀬さんも、にしっと笑みを浮かべていじってくる。


 「でも本当に良かったよ! 私も聴き入っちゃった」

 天ヶ瀬さんはそう付け加えると「ほら……触ってみる?」といたずら顔で袖をまくり鳥肌を見せてきた。

 絶対にさっき和田さんに触られて鼻の下伸ばしてたのバレてるな……。


 「なんか映画のシーンとか色々思い出したら泣けてきちゃって」


 俺の歌自体が良かったのかはわからないけど、少なくとも和田さんの心に刺さってくれたのなら全力で歌った甲斐があったな。

 

 それから天ヶ瀬さんが再び盛り上がる系の曲を入れて二周目が始まり、途中みんなで回して歌ったり、採点チャレンジしたりして、あっという間に退出時間を迎えて俺たちは歌プラザを後にした。


 そろそろ夕飯の頃合いだ。やっぱり歌うと腹も減る!


―――――――――――――――――

※2024/11/26に改題しました

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