第7話 人生とは苦悩の連続である

 「めちゃ歌ったー!」

 柚木さんがその小柄な体を目いっぱい夕暮れの空に伸ばす。


 「結局最後までいたね! フリータイムで正解だったよ」

 天ヶ瀬さんがいうように、俺たちは昼フリータイムの時間を使い切って楽しんだ。

 「俺たちこの後夕飯食ってくけど、みんなどうする?」

 達也が女子たちに声をかける。

 「あー、ウチは夕飯用意しちゃってもらってるから今日はパスかな!」

 柚木さんがそういうと、どうやら他二人も同じ状況のようで、女子勢とはここで解散となった。


 「じゃあまた月曜日ねー!」

 天ヶ瀬さんと柚木さんがJR方面へと向かっていく。

 「またカラオケ行こうね」

 今度は和田さんが天ヶ瀬さんたちとは別の、私鉄駅の方に向かって帰っていった。


*


 「で、ウラはどっち?」


 「うーん、パルマ風ドリアとミラノ風スパゲティで迷ってる」

 俺たちは高コスパで学生の味方のイタリアンレストラン、マイゼリヤに来ていた。


 「そっちじゃなくて天ヶ瀬さんと和田さんどっちって話」

 矢川が乗り出し気味に聞いてくる。なるほど、そっちの話ね。


 天ヶ瀬さんはとにかく可愛くて明るくて楽しくてたまに少しあざとい。もし付き合ったりしたら一緒に買い物なんか行って「これ可愛くない?」とか「これ北浦くんに似合いそう!」とかいうやり取りするんだろうか。


 いや、和田さんだって美人だしなにより趣味が似ていて話も合うし……和田さんだったらデートは何するんだろ。カフェでミスチャトークしたり、あとは映画とかも好きそうだな……


 「いや、どっちもなにも、まだ何も無いし……」

 しばらく脳内で妄想デートを繰り広げたのち、冷静を装ってそう返す。

 「そりゃ何もしなきゃ何も起きないでしょ」

 確かに矢川の言う通り、仮に俺が少女漫画に出てくるような超絶スマートイケメンだったら自動的に話が進むのかもしれないが、残念ながら俺にはそんなスペックも経験もないのだ。


 「で、結局どっち狙いなの?」

 達也が高速ストレートを投げてくる。

 「うーん……二人とも高嶺の花って感じだし俺なんかがそんなこと言ったら申し訳ないって気がして」

 「そんなの気にすることなくね? 別に二人ともウラのこと嫌っても無いだろうし、チャンスあるじゃん」

 「そうだけどさ。でも嫌ってないてことは好きってわけでもないじゃん?」

 「さすがにそこまではわからないよ。まぁ見た感じむしろ好感度は良い方の枠には入ってそうだけど。カラオケだって誘ってくれたんだし」

 達也の言うこともわかる。というかむしろ正論だ。


 「もちろん二人とも良いと思うし付き合えるなら付き合ってみたい。でも本当に好きってレベルなのかはまだわからない」

 「いや、最初はそんなもんでしょ。別に結婚するわけでもないし」

 矢川からも追撃を食らう。


 確かにその通りだ。高校生の恋愛なんてあくまで青春……そっか、それも「普通の青春」なのか。もちろん俺だって付き合いたいとか彼女が欲しいって気持ちは強いけど、いざそこに向かおうとすると「そんな簡単に決めていいのか」と心の奥にいる別の自分がストップを掛けに来る。

 「普通の青春」に憧れて、まさにそこに向けて道が開けようとしているのに、どこか腑に落ちない自分がいた。


 「まぁどっちでもいいけどさ。少なくとも気になるならアピールはしとかないとな。なにせ向こうはうちのクラスのツートップなんだから気付いたら取られるぞ」

 達也がそう言うとほぼ同時に店員がオーダーを取りに来る。結局俺はその場でパルマ風ドリアを選んだ。なんだかんだこれが一番美味いんだよな。

 それを機に今度は話の矛先が矢川と達也に向かう。幸い、二人とは推し被りしていないようだった。

 そっか、矢川は柚木さん推しか……なるほど。


*


 家に帰った俺はすぐに風呂に入ってから自室に戻り、さっきの達也たちとのやり取りを思い返しながら勉強机に突っ伏していた。しかしいくら経っても堂々巡りになるだけなので、思い切ってLiMOライモを起動してトーク画面を開く。そこには入学三日目にIDを交換した際に挨拶がてら送ったスタンプが左上と右下に並んでいた。


 (和田さんなら話題に困ることもないしな)

 消去法的な考えだが、和田さんとなら音楽の話が出来るからと、まずは彼女にメッセージを送ってみることにしたのだ。


 〈こんばんは。今日は急だったのにカラオケ来てくれてありがとう!〉

 〈和田さんのクワガタすごく良かった! 感動したよ!〉


 よし、こんな感じかな。送信ボタンを押して一旦スマホを置く。

 するとすぐに通知を知らせる振動が机を伝う。和田さん思ったより返信早いんだな……少し驚きながらスマホを見るとそこには天ヶ瀬さんからのメッセージを知らせる通知が表示されていた。俺は慌てて天ヶ瀬さんとのトーク画面を開く。


 《こんばんは! 今日は急にご一緒しちゃってごめんね》

 《でも一緒に遊べて楽しかった!》

 《それにしても北浦くん歌上手いんだね。リクエストも応えてくれて嬉しかったよっ!》


 天ヶ瀬さんからのメッセージってだけでもテンションが上がるのに「嬉しかった」なんて言われるとさらに舞い上がってしまう。

 そうしてふわふわ気分でなんて返そうかなと考えていると再びスマホが震えて画面上部にポップアップの通知が出る。


 《Hinata Wada:今日はありがとう。私もすごく楽しかった》

 《Hinata Wada:私も北浦君のhidamariすごく感動した》

 《Hinata Wada:今度は昔の曲も歌ってほしいな》


 『天ヶ瀬さんと和田さんどっちって話』

 『で、結局どっち狙いなの?』

 『見た感じむしろ好感度は良い方の枠には入ってそうだけど。カラオケだって誘ってくれてるんだし』


 先ほどのマイゼリアでの会話が頭の中でリフレインする。いくらなんでもタイムリー過ぎる。一体俺はこれからどういう風に二人と向き合っていけばいいんだろう。これが青春の痛みなのか? と失恋したわけでもないのに――むしろ良い状況にもかかわらず――俺は自分自身と再び対峙することになるのだった。


 ちなみにその後二人とは何度かやりとりを続けて、そのうち切りどころがわからずに困っていたら和田さんの方はは途中で返信が止まった。多分寝てしまったのだろう。一方の天ヶ瀬さんは日付が変わる前あたりで「そろそろ寝るね! おやすみ!」と締めてくれた。それにしても天ヶ瀬さんのおやすみほど気持ちが昂って安眠を妨げるものはない。俺はこの青い悩みと興奮で三時くらいまで眠りにつくことができなかった。


―――――――――――――――――


(作者からのお礼とひとこと)

いつもご愛読、並びに応援頂きましてありがとうございます。


もしよろしければ、ここまでお読み頂いた感想などを、

お気軽に頂けますと大変嬉しい限りです!

(簡単な一言だけの感想でも大変に喜びます!)


それでは引き続きどうぞお楽しみください!


※2024/11/26に改題しました

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