第13話 桜子は僕を忘れてしまうのか
「実は私はもう一人「なりそこない」の人間に血を分けたことがある」
「え?」
ジョセフの言葉に僕は驚く。
好きな女性以外にも血を分けたことがあるの?
「その人物は私の好きな人物というわけではなく「なりそこない」で死にそうになっていたから、その人物に私の血を入れた。私はその時までファミリーキルの血を入れれば人間として再生すると単純に思っていたんだ」
「その人物は再生しなかったの?」
「ああ、その人物は再生しないどころかそのまま死んでしまった。そこで私は一つの仮説に辿り着いた」
「仮説?」
「おそらくファミリーキルの血を入れて「なりそこない」から人間に再生するにはその人物と血を入れるファミリーキルの間に一種のお互いを想い合う感情が必要なのではないかとな」
僕は息を呑む。
その仮説が正しければまずは桜子が僕を好きになってくれなければならない。
もし桜子と両想いになれた時に僕の血を入れたら人間として桜子は再生できる。
しかしその場合は僕のことを桜子は忘れてしまう。
僕は黙り込んでしまった。
「だからな、サイファには酷な話だと言ったんだ。自分が愛する女性が自分のことを忘れてしまうのはショックだろう?」
「だがジョセフ。そのジョセフが愛してジョセフの記憶を失った女はジョセフとの記憶がその後戻ることはなかったのか?」
ファデスがそう尋ねるとジョセフは寂しそうな顔をした。
「残念ながら私のことを思い出すことはなかった。それどころか他の人間の男を好きになって結婚してしまったさ」
「そんな……」
ジョセフにそんな悲しい過去があったなんて。
でも僕も今その時のジョセフと同じ立場なんだ。
桜子を助けたい。でも桜子に僕のことを忘れてほしくない。
僕は自分の心が悲鳴を上げてるように感じた。
「サイファ。君には私のような想いはさせたくない。ただ、そういうこともできるってことだけは頭の隅に入れておきなさい」
「うん。分かった」
僕はジョセフに頷いた。
自分ではまだどうしていいか分からない。
でも桜子を人間として再生できる方法があることを教えてくれたことは感謝だ。
「それと話は変わるがな。最近またジルの奴が動き出しているみたいだ」
「ジルって二人目のファミリーキルの?」
「そうだ。私の住処の付近に現れた痕跡があった。あいつはファミリーキルこそが最強のヴァンパイアだと信じ込んでいるからな。サイファも気をつけなさい」
「うん、分かった」
僕はまだジルって男とは遭遇していない。
でもジョセフは昔から「ジルには気をつけろ」と言ってたから素直に忠告は聞いておく。
昼間に行動できてヴァンパイアを食糧にするから「ファミリーキルは最強のヴァンパイア」というジルの考えには賛同できない。
「それでジョセフはいつまで日本にいるんだ?」
ファデスが訊くとジョセフはニコリと笑う。
「日本に来たのは久しぶりだからしばらく滞在する予定だよ」
「それだったらまた会えますね」
ジョセフと会うのは久しぶりだからお互いに旅した国の話などをしたい。
それに僕にとってはファデス以外で心を許せる数少ない相手の一人がジョセフだからジョセフと過ごす時間が僕は好きなんだ。
「そうだな。また会おう。サイファ。これは私の今の日本の住所だ」
そう言ってジョセフは僕に紙をくれた。
「ありがとう。僕もジョセフさんの家に行ってもいい?」
「ああ、かまわないよ」
それから一時間ほど世間話をしてジョセフは帰って行った。
僕の頭の中はジョセフが話してくれた桜子を人間として再生する方法でいっぱいだった。
桜子を人間として再生する方法があったことは嬉しい。
でもそれは同時に僕に桜子を諦めろと言われた気持ちがした。
両想いになった時に桜子に僕を忘れさせることが果たして桜子の望むことになるのだろうか。
たとえ自分の命を伸ばすためと言っても自分の好きな人を忘れてしまうことが桜子の幸せになるのか。
僕はどうしたらいいか分からなかった。
ファミリーキルの初恋 リラックス夢土 @wakitatomohiro
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