第8話 桜子には桜が似合う
僕は食事を終えた。
目の前のベッドには晴美と名乗ったヴァンパイアが意識を失い横になっている。
飲む血の量はちゃんと計算したから晴美が死ぬことはない。
でも自由に動けるようになるまでは少し時間がかかるだろう。
晴美は僕が人間じゃないことに気付いて抵抗したがそんなモノはファミリーキルの僕にとっては抵抗にもならない。
ファデスのような真祖のヴァンパイアでなければファミリーキルの力の方が圧倒的に強いからだ。
僕は晴美の家を出て自宅に戻った。
そしてすぐにお風呂に入る。
気持ち悪い。
食事をしなければならないとはいえ晴美に身体を触られた僕は不快感でいっぱいだった。
今までも同じように女性のヴァンパイアを獲物にする時に身体が触れ合うことはあったが今回のような不快感を感じたのは初めてだ。
僕の脳裏に桜子の笑顔が浮かぶ。
別に僕は食事をしただけなのに桜子に申し訳ない気持ちになる。
僕が触れたいのは桜子だけ。
そんな思いに憑りつかれていつもより念入りに身体を洗った。
あんな女に触られた感触なんて覚えていたくない。
お風呂から上がるとファデスがいた。
どうやらファデスも無事に食事をしたようだ。
「サイファ。無事に食事できたようだな」
「うん。でも気分は最悪。今度から男のヴァンパイアを獲物にするよ」
「なんでだ? 男の方が誘いにくいだろう?」
「そうだけど……桜子以外に身体を触られるのは嫌だから」
ファデスは呆れた表情をする。
「そんなに桜子ちゃんが好きなのか。別に今回のことは食事しただけだぞ」
「分かってる。でも嫌なものは嫌なんだ」
僕は若干強い口調になった。
こんなに何かを否定的に言うことは僕にしては珍しい。
「まあ、気持ちは分かるが……とりあえず食事は済んだんだから桜子ちゃんと会って来いよ。そうすれば気分も晴れるだろ?」
「うん、そうだね」
僕は桜子に会うために昼までの時間仮眠を取った。
お昼になり僕は桜子との待ち合わせの公園を目指して車を走らせた。
公園に着いて桜並木のベンチに行くと既に桜子はそのベンチに座っていた。
「待たせちゃったかな。桜子」
僕は彼女に声をかける。
「ううん、私も今来たところだから」
桜子は昨日と変わらず笑顔を見せてくれる。
本当に桜子が余命一年なんて思えない。
「今日はどこかに行く?」
僕が尋ねると桜子は一冊の雑誌を取り出す。
「うん。どこかに行こうと思って昨日お姉ちゃんから近場の遊び場スポットの載った雑誌を借りたの」
「そうか。どこか行きたい所があった?」
「う~ん。いろいろあるんだけど………まずは「動物園」か「植物園」かな」
「動物園………」
僕は一瞬躊躇する。
動物が好きな僕だが動物の方が僕を怖がる。
動物園になんか行ったら動物たちが大騒ぎするだろう。
僕の顔が陰ったのを彼女は見逃さなかった。
「サイファは動物が苦手なの?」
「あ、うん。ちょっとね………」
桜子に嘘をつくのは気が引けたけど僕の正体を桜子に知られる訳にはいかない。
「そうなのね。じゃあ、植物園は大丈夫?」
桜子は特に気にした様子はなく僕に訊いてくる。
「うん。植物園なら大丈夫」
「じゃあ、そこに行きましょう。ここから近い場所にあるのよ」
「分かった。車があるからそこに行こう」
僕と桜子は車に乗って植物園を目指した。
「こうやってあの公園以外に出かけるのは久しぶりだな」
車窓を見る桜子は嬉しそうだ。
「お姉さんとは出かけないの?」
「お姉ちゃんはヴァンパイアハンターの仕事が忙しいからなかなか一緒に出かけられないの」
桜子は一瞬悲しげな表情を浮かべた。
そうか。桜子はお姉さんが忙しいって分かってるからワガママを言えないんだな。
「僕と一緒なら少しは遠出ができるよ。もちろん、日帰りができる範囲だけど」
外出許可が取れるとはいえ桜子は病院に入院している身だから夜には戻らないといけない。
「うん。ありがとう、サイファ」
桜子の浮かべた笑顔に僕は胸が高鳴った。
植物園に着いて僕はチケットを買い桜子と植物園に入る。
へえ、けっこう綺麗な花が多いな。
僕は植物を見るのも好きだ。
特に綺麗な花が咲いていると気分も嬉しくなる。
ファデスには「植物なんて見て何が嬉しいんだ?」って言われたけど。
「わあ。綺麗なお花がいっぱいねえ」
桜子は物珍しげに花を見ている。
「桜子はどんな花が好きなの?」
「う~ん。綺麗な花はみんな好きだけどやっぱり一番は桜かな」
「そうなんだ。桜子には桜が似合うと僕も思うよ」
だってあの桜並木で桜子に会った時に僕は彼女が女神に見えたのだから。
「そうかな。だったら嬉しいな」
桜子は少し頬を赤く染めて恥じらう。
可愛いな、桜子は。
でも好きな桜を見るのが今年で最後なんて可哀想過ぎる。
桜子を救うには桜子をヴァンパイアにするしかないらしいけど他に方法はないのかな。
だってたぶん桜子は自分がヴァンパイアになるなんて嫌だと思うし。
僕はそう思いながら桜子と植物園の中を歩いた。
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