第7話 食事のための芝居だ

 僕はファデスと一緒に夜の街に出かける。

 この日本にどれくらい僕の獲物のヴァンパイアがいるか分からないが食事ができる時に食事はした方がいい。


 もちろん僕の食事はヴァンパイアの血だ。

 まだ飢餓感までは襲ってこないができれば獲物のヴァンパイアを見つけたい。


 一瞬、ヴァンパイアに襲われて「なりそこない」になってしまった桜子のことが頭に浮かぶ。

 桜子は僕がヴァンパイアだと知ったら僕のことを嫌いになるだろうか。


 そうは思うものの桜子のやりたいことに付き合う為にも食事を我慢して僕の力が暴走したらそっちの方が厄介なことになってしまう。

 ここは頭を切り替えて僕は「食事するだけ」と自分に言い聞かせた。


 ファデスは人間の女の血を飲めばいいからそんなに相手に困らない。

 日本にいてもファデスの容貌は女性から熱い視線を集める。

 僕とファデスはお酒の飲めるお店に入った。


 人間はお酒が入るとファデスの誘いに乗りやすくなるし記憶が曖昧になってもお酒のせいだと思うことが多い。

 だから僕たちはそういうお店で獲物を探す。


 ファデスはともかく僕はヴァンパイアを探さないとだから少し大変。

 でもヴァンパイアたちも自分の獲物を狙って酒場に出入りすることは多い。


「サイファも食事するだろ?」


 ファデスがそう小声で囁く。


「うん。いい獲物がいたら食事するよ。力が暴走したら困るし」


 僕はファデスに返事をする。


 基本的に僕は自分と同じヴァンパイアの血を飲むことはあまり好きではない。

 だが食事を定期的にとらないと僕の力が暴走してしまう。


 一度、子供の頃我慢し過ぎて力が暴走してしまった。

 僕にその時の記憶はないがファデスが僕を押さえ込んで無理やり自分の血を飲ませて僕を正気に戻したという事件があったのだ。


 そして僕は自分の力が暴走した結果を見て呆然としてしまった。

 そこは小さな田舎町のバーだったがそこにいた人間はみんな血に染まって死んでいた。


 ファデスが教えてくれたがその人間たちを殺したのは僕だ。

 暴走した力が爆発して周囲の人間を殺してしまったらしい。


 子供の時の僕の力でさえ暴走したらそれだけの被害が出たのだから今の僕が暴走したらたぶんファデスでも止められないと思う。

 だから僕は気が重いけど獲物のヴァンパイアを探さないといけない。


「ねえ? お兄さんたちカッコいいわね。私たちとお酒はいかが?」


 僕たちに声をかけて来たのは二人の女性。声をかけて来た女性は赤いスーツを着た30歳ぐらいの女性だ。

 でも僕はその女性の後ろにいたもう一人の女性に反応する。


 声をかけて来た女性より若く見える女性。服装もそんなに派手じゃない。

 でも僕にはすぐに彼女がヴァンパイアだと分かった。


「いいねえ。一緒に飲もうよ」


 ファデスはそう言って彼女たちに席を勧める。


 ヴァンパイア同士はお互いがヴァンパイアだということが分かる。

 だがファミリーキルは普通のヴァンパイアには人間と同じに感じるらしい。だから普通のヴァンパイアは僕を人間だと思う。


 ファデスが僕に目配せをしたので僕は僅かに頷く。


「どうぞ。あなたもこちらの席へ」


 僕はヴァンパイアの女性を自分の隣りの席に誘う。


「ありがとう。あなたたちのお名前は?」


「僕はエリオン。彼はジョナサンだよ」


 あらかじめ決めておいた自分とファデスの偽名を女性に教えた。


「そう。私は晴美。彼女は京子よ」


 ヴァンパイアの女性が晴美と名乗りもう一人の赤いスーツの女性が京子だと教えてくれる。


 でもたぶん偽名だろう。

 まあ、この際名前なんてかまわないけど。


「俺は京子さんの方が好みだな」


 ファデスはわざとヴァンパイアの晴美に向かって視線を向ける。


 晴美は僅かに笑う。晴美にはファデスがヴァンパイアだってことは分かっているはずだ。

 その上でファデスは晴美に「お互いに獲物を交換しないか」という意味で言ったのだ。

 ちなみにファデスの言う獲物とは僕のことだ。


「それなら良かった。私もエリオンさんの方が好みなの」


「へえ、それは嬉しいな」


 僕は笑みを崩さず晴美に答える。


「そう。だったら私はジョナサンを選ぶわ。ねえ、ジョナサン。二人で休める所に行かない?」


 京子は人間のはずだがファデスがヴァンパイアだと気づいていないようだ。

 そもそも晴美と京子がどのような関係か分からない。


「そうだな。エリオン、俺は京子さんと過ごすから明日な」


「分かったよ。ジョナサン」


 ファデスと京子が店を出て行くと晴美が僕に話しかけてくる。


「ねえ、私たちも場所を変えない?」


「そうだね。できれば晴美さんの家に行きたいな」


「ホント? 案内するわ」


「嬉しいな」


 僕は晴美に笑顔で答えるが心の中は冷めきっている。


 これは単なる食事をするための芝居だ。

 いつもと変わらない芝居なのにいつも以上に僕は気乗りしない。


 そんな僕の頭には桜子の姿が浮かんでいた。

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