最終話

 ギロンガは、街の人々の抵抗にあってもなお、暴れつづけていた。


 この星花市では、住人が怪獣の対応を行う。その方法はマニュアル化されているのだ。


 だから、指揮系統が整っていない間にも、迅速に行動を開始する。


 防衛隊――そんなものはない。


 しいて言うなら、街そのものが防衛隊だった。


 だから、大通りをチラッとのぞけば、黄色いヘルメットを着用した一団がいる。その一団は、老若男女バラエティに富んでいた。


 スーツの女性が電気銃を発射。かと思えば、麻酔銃を撃つのはつなぎの男性。テントの中で指揮するのは、おじいちゃん。


 ほかにもたくさんの人がおり、戦車やヘリが飛び交って、さまざまな作戦を実行している。


 でも、ギロンガは相当に手ごわいらしい。


 なかなか保護区へ帰ろうとしなかった。






 目の前では千年杉よりも太い脚がアスファルトを踏みくだいている。頭上では、ムチのようにしっぽがしなっていた。


「き、気づかれないよにゃ? にゃ?」


 心配はもっともだ。ワタシも今すぐにでも回れ右したい。


「本当にこっち……?」


「そのはずなのにゃ」


 自信なさそうにしないでほしい。先に行くのが怖くなってくる。


 と。


 泣き声のようなものが、聞こえた気がした。


「したのにゃ!」


 爪が向いた方へと駆けだせば、半壊したビルとビルの間に公園があった。


 そこに、人影がある。


 ちいさな影と大きな影。後者のシルエットには見覚えしかない。


「リミ!」


 リミが、ワタシの方を振り返る。


 そこに浮かんだ驚愕きょうがくが、笑顔へとかわっていく。


 リミは少年と何事かを話し、手をつないで、ワタシの方へ駆けてくる。


 わたしとリミとを切りくように、ギロンガが大きな咆哮ほうこうを上げた。


 鼓膜こまくがビリビリになりそうなほどの大音声に、思わず、耳を抑えてうずくまる。


 肩のカフカが、ふらりと地面へと落下した。


 リミも少年も、顔をしかめていた。


 なんとか声がする方を振り向けば、ギロンガが今まさにこちらへと振り返ろうとしている。


 とんがった鼻先がこちらを向いて、ぐわっと口が開く。


 そこからソニックブームのように音が飛びだして、わたしたちのからだを殴る。


 ギロンガが、ワタシたちを睨み、土煙をまきあげ突進してくる。


 背後を振り返れば、気絶したらしいカフカと、まだ動けずにいる少年とリミ。


 リミと目が合った。


 逃げて、と言っているように見えたけれど。


 ワタシは首を振る。


 そうして、本当のすがたへ変身する。






 シロフォ星人は、特撮ヒーローみたいに巨大なわけじゃない。地球人よりも頭一つか二つは大きくて、ひょろっとしている。ブラックホールみたいに真っ黒だから、スレンダーマンと間違われたりする。


 顔の部分には、三つの輝くアーチがある。目と口。それだけ。それだけが、ぎゅいっと弧を描いていて、鏡を直視したくないくらいには不気味。


 だから、シロフォ星人は、悪いことを考えていると思われている。


 別にそんなことはないのに。


 でも、みんなはそう思わない。

 

 そのせいでワタシは独りだった。


 リミが話しかけてくるまで、ずっと。






 本来の姿を取りもどすと同時に、全身に力がみなぎっていく。


 地球人のふりをしているシロフォ星人ワタシたちは、地球人と同じくらいの力しか持っていない。擬態ぎたいにリソースがさかれてしまうんだ。


 でも、今は違う。


 本来の力を発揮できる。


 ワタシは、ギロンガへ腕を伸ばし、念を投射する。


 念。


 この惑星ではテレパスというらしい。オカルトだのなんだの言われているけれども、量子宇宙においては割とありふれた能力だ。


 だけど、ワタシたちほど精通している宇宙人もいないだろう。


 ギロンガがぴたりと動きを止めた。いや、なんとか動こうする力をはっきりと感じる。


 でも、抑え込めないほどじゃない。


「帰って」


 ワタシは、ギロンガの巨体を、堅牢な皮膚の下に秘められた意志へとテレパスをしみこませ、メッセージを伝える。


 それだけで、すべては終わった。


 ギロンガはつきものが落ちたようにおとなしくなると、怪獣保護区へと来た道を引き返しはじめた。


 ドシンドシン、足音が離れていく。


 それが聞こえなくなるまで、見送る。


「シロちゃん」


 振り返れば、リミがワタシのことを見ていた。


 ずっと隠していた本当のワタシを。


 リミにだけは見せたくなかった姿を。


 ワタシの好きな人が、ワタシのみにくい姿を凝視ぎょうししていた。


「幻滅した……?」


 ワタシが宇宙人だってわかって、イヤになった?


 気持ち悪いって。


 一緒にいたくないって。


 リミが首を振る。


 そんな反応をするような気がしていた。


 リミは、優しい。知らないネコ型宇宙人を助けるし。


 みんなから嫌われていたワタシに話しかけてくるんだから。


 ワタシはリミから離れようとした。


 この場から逃げよう――。


「しないよ!」


 叫び。


 振り返れば、リミがこっちへ歩いてくる。


 その足取りは烈火れっかのごとき激しい感情にあふれていた。


「幻滅なんてしない。だって、友達じゃん」


 ぎゅっと。


 抱きしめられる。


 服越しに伝わってくる、あたたかなものが、ワタシのこごえたからだを温めていく。それを、はっきりと感じた。


 どのくらい抱きしめられていただろう。


 心がホッとしたからなのだろうか。まぶたが重くなってきた。


 体がだるくて、おなかがぎゅるぎゅる鳴っている。


 エネルギー切れ。


 ワタシは暗闇の中へ滑りこむように、意識を失った。










 暗転。


 暗やみの中で、ドラムロールが鳴りひびく。


 生きた心地がしなかった。怪獣におそわれるよりも怖いことがこの世にあるだなんて思いもしなかった。


 隣のリミの顔もこわばっている。カフカなんか、ネコミミを伏せてイヤイヤ首を振っていた。


 ワタシだって、そうだ。


 聞きたい。自分たちの作品が最優秀賞を獲得できたのか。


 でも、聞きたくない。ほかの人がその栄光にあずかるところなんて、絶対に。


 沈黙は、無限に続いているように感じられた。


 漆黒しっこくの中で、だれもかれもが息を飲んで、発表を待っている。


 誰かがつばを飲むゴクリという音がはっきり聞こえた気がした。


「最優秀賞は、『ようこそ、怪獣を感じられる街へ!』です」


 静寂を切り裂き、そんな言葉が轟く。


 パッと光がワタシたちへ降りそそぎ、拍手の雨がサラサラと撫でていく。


「よかったね」


 リミがささやいてくる。


 ワタシは彼女へ手を伸ばし、その手をギュッとにぎる。


 温かい。


 ヒトの温かみだ。


 リミが、驚いたようにこっちを見、ニコッと笑った。


 ワタシはつないだままの手を上げ、観客の方へ歩き出す。


 トロフィーをいただくために。


 リミと仲良くなれた証を手にするために。

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ようこそ、怪獣を感じられる街へ! 藤原くう @erevestakiba

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