第3話

「にゃにゃにゃ!?」


 ふらふらとカフカがよろめく。


 ワタシは足裏に力を入れる。見えない力がアンカーとなって、地面へと突きさり、倒れそうになったワタシを支えてくれる。


「ずるいにゃ! なんで助けてくれないのにゃ!?」


「泥棒猫は知らない……」


「なんにも奪ってないのにゃ」


 冷静なツッコみは無視し、ワタシは表へ走り出す。


 ちょうどその時、スマホがアラートを吐き出す。


 鳴りひびく警報にスマホを見れば、緊急怪獣速報とあった。


「にゃんですにゃ?」


「怪獣が出た」


 怪獣保護区には、怪獣の姿はなかった。


 いや、嵐の前の静けさ、だったのか。だから、怪獣はいなかった……?


 スマホを見れば、ギロンガ、とあった。


「にゃ、にゃんにゃの、あのでっかなやつは」


 それは怪獣保護区のある方角。


 恐竜のような姿をした怪獣がいた。


 カメにも似たそいつの背中には、鋭利えいりなトゲが無数にも生えている。全体的にうすべったくて、しっぽはカメよりもずっと長く、ハンマーのように重量感があった。


 そいつがビルに突進し、木っ端のように吹き飛ばしていく。


 ガラス片が雨のように降りそそぐさまは、怪獣災害には場違いなほど綺麗きれいだった。


 公園にいた人々が一斉に動き出す。


 一般人はシェルターへ。


 戦える人たちは、自分のやるべきことを。


 学生であるワタシやリミは、シェルターへ行かなければならない。


「カフカはどうするの……」


「わらわもシェルターに行くのにゃ」


 ワタシはうなづき、いっしょにリミの下へと戻ることにする。


 だけども。


 そこに、リミの姿はなかった。


「リミ?」


「先ほどの女はどこにいったのにゃ」


「わからない」


「もしかして、おぬしもふられたのかにゃ?」


「…………」


「だまって殴るにゃ!」


 たいして痛くないのに、そんなに騒がないでほしい。


 それよりも、リミはどこへ行っちゃったんだろうか。あの人は、人の約束をすっぽかしていってしまうことは、ほとんどない。


「あ」


「なんなのにゃ。心当たりがあるのにゃか!」


「ある……」


 でも、そうじゃない方がワタシとしてはうれしい。


 リミが約束を破るときは必ず、困っている人がいて、それを助けようとしたとき。


 例えば、さっきみたくカフカを助けたみたいに。


 この状況で――怪獣警報が発令された今、困っている人は、はたしてどこにいるだろう?


 言うまでもなく、怪獣災害が降りかかってる場所だ。






「にゃにゃ……待つのにゃー」


 息も絶え絶えといった様子の声が、ワタシの背後から聞こえてくる。


 スピードを落として振り返れば、ネコミミ少女がぜえぜえはあはあと走ってくる。


「ネコなのにすぐ疲れるの……」


地球ここは重いのにゃっ。うちのホシだったら百年は走れるのにゃ」


 地球の重力は、かなり重い。ワタシもけっこうきつい。だから、たくさん食べる。それだけエネルギーを必要とするんだ。


「肩を貸してくれにゃ」


「なんでワタシが」


「おぬししかいないからにゃ」


 まりりにはだれもいない。人気のない通りを選んでいるから当然なんだけど。


 大通りは今、ヒトと宇宙人でごった返している。それに、見回りをしている人たちに見つかったら、シェルターに連れて行かれるかもしれないし。


「だまってどうしたのにゃ? もしかして置いてくつもりにゃのかっ!?」


「わかったから静かにして」


 カフカが口に両手を当てる。お口チャック。


「肩を貸してどうするの……」


「そりゃあ」


 次の瞬間には、カフカはネコになっている。


 しなやかなからだがピョンとひと飛びし、ワタシの肩に乗った。


「ここにいるにゃ」


「……ただ乗り?」


「重さは感じないはずにゃん」


 確かに肩は軽かった。それどころか、焦る気持ちがなくなっておだやかな気分になってくる。


「それだけじゃないのにゃ」


 湿っぽい鼻がひくひくうごめく。


「にゃにゃっ。こっちからかぐわしい香りが……」


「マタタビじゃないよね」


「違うにゃ! 愛しのヒューマンの体臭にゃ」


 体臭という言い方はどうかと思ったけれども、口にはしなかった。口論している暇はない。


「こっちにゃ」


 肉球がさす方角へ、ワタシは走り出す。

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