第2話

 星花せいか公園は、市民の憩いの場である。非常時には、噴水が『十戒じっかい』のワンシーンのように割れて、中から怪獣鎮圧用ロボが出撃したりする。


 でも、今はヒトも宇宙人も、思い思いの時を過ごしている。


 ワタシたちは、ジョギング中の軟体生物を撮影していたとき、ネコの悲痛な鳴き声がひびいた。


「ネコ……」


「あっちだね」


 リミが指さす先には、ユグドラシルを小さくしたような木があった。


 その木の枝に、ネコがしがみついていた。登ったはいいものの、下りられなくなったみたいだ。


 それを見たリミの行動は素早かった。


 走り出したかと思えばひょいと枝へジャンプし、くるりと回転。枝から枝へとするする登っていく。


「あぶない」


 リミは、大丈夫だから、とひらひら手を振る。


 リミがネコのいる枝までたどり着いたころには、人だかりができていてネコの行く末を見守っていた。


 あの人が動くたび、みんなに注目されるんだ。


 だけど、ワタシは――。


 パキリ。


 群集から悲鳴が上がった。


 顔を上げると、リミが折れた枝とともに落下する。彼女はそんな中でもネコを大事そうに抱えている。


 ワタシは思わず腕を伸ばした。


 力を使えば助けられる。


 でも、できなかった。


 リミは人混みの中へと墜落ついらくした。

 

 ワタシは人混みをかき分け、中心へ。そこには、頭をかくリミの姿があった。


 その体をざっとスマホでトレースする。オールグリーン。骨にも筋肉にも問題なし。


「大丈夫……」


「ヒヤってしたけどね。このとおり」


 にゃおんとネコが一鳴き。興味はないけれど、ネコにも怪我はないみたいだ。


 ワタシはほっと胸をなでおろす。ホントなら、抱きつきたい。ほおずりして、リミの無事を祝いたい……。


 でも、ワタシのからだはピクリとも動かない。顔だって、アンドロイドみたいに硬直しているに違いない。


「さあ、行こうか」


 仏頂面のワタシへ、こんなふうに手を差し出してくれるのは、リミくらいのもの。


 その手をつかむことはまだ、ワタシにはできそうにない。


 だまって歩き出せば、隣にリミがやってくる。


「怒ってる?」


「…………別に。動画を撮らなければいけない」


「そうだったね。映研の存亡がかかってるんだ」


 申し訳なさそうに、リミが言う。


 別に気にしないでほしい。


 リミが勝手にしてくれていることなんだから、イヤならやめてもらってもいい――。


「やめないで」


 ワタシはリミには聞こえない程度の声で呟く。






 星花高校には、映画研究部なるものがあった。


 過去にはショートフィルムの賞を取ったこともあるけれど、栄光も今は昔。現在の映画研究部には、ワタシとリミしかいない。


 リミは、一人寂さびしく映画を鑑賞していた可哀そうな宇宙人を見かねて、入ってくれたんだと思う。


 でも、部員が足りない。



 校則79条 部の設立・維持には最低5人を必要とす。



 このままでは、映画研究部は廃部。


 でも、リミがなんとかしてくれた。


 文化祭の出し物で最優秀賞を獲得できたならば、廃部は取り下げると。


 リミには頭が下がらない。


 彼女がいなかったら、黙って居心地のいい場所を手放していたに違いない。






「もう大丈夫だからね」


 甘い声とともに、リミがネコをそっと地面に下ろす。


 そのネコはにゃおんと一鳴き、リミにカラダをすりすりこすりつける。


 いいなあ――なんて不埒ふらちなことを考える頭をぶんぶん振る。


「あらら。ほらお家へお帰り」


 困ったようにリミが言えば、ネコが悲し気に鳴く。


 まるで、対話ができているかのように。


 ワタシは、スマホのカメラ機能でネコを撮る。すると、文字が表示された。


「宇宙人」


「このネコチャンが?」


「ネコ型宇宙人カフカ。リラックス効果のあるフェロモンを分泌ぶんぴつする宇宙人」


「よく知ってるね」


 言われて、失敗を悟った。


 ワタシは宇宙人である。宇宙から来たから、宇宙人がたくさんいるのが当たり前。


 でも、この惑星じゃ逆だ。宇宙人は珍しいもの、確かにそこここを歩いてはいるけれど、それでも一握りでしかない。


 なんで、コレが宇宙人ってわかるんだよって話だ。


 幸いなことに、リミはそれ以上追及してこなかった。


「こんなキュートな宇宙人もいるんだねえ」


「宇宙にはたくさんの生命体がいます」


 例えば、ワタシのように悪者扱いされる宇宙人とか。


 ――なんて言えるわけもない。手だってつなげないっていうのに。


 代わりに、ワタシはネコ型宇宙人のことをじっと見つめる。


 琥珀こはくめいた瞳には、星の瞬きのような知性がまたたいているように思えてならない。


 見つめること数分。


「そんなに見つめられると困るのにゃ……」


 くしくし顔をかきながら、ネコが日本語を発した。


「わ、ホントにしゃべった」


「しゃべるのにゃ。この宇宙人エイリアンが言うとおり、わたしはカフカなのにゃ」


「宇宙人……?」


 首を傾げながら、リミがワタシのことを眺めてくる。


 ワタシはネコをにらみつける。


 コイツ……。


 首根っこをがしっとつかんだら、暴れはじめた。


「にゃ、にゃにをするのにゃ!?」


「話をしてくる」


 ワタシはできる限り平静をよそおって、足早にその場を離れる。


「い、いってらっしゃい」


 と困惑したような声が背後からやってきた。






 トイレの裏側で、カフカを放す。


「く、食われるかと思ったにゃん……」


「そんなことしない」


 ワタシたちは、この惑星でいうところのタコに似たものが主食である。


 こんな骨のありそうなものを食べたら、のどにつかえて死んじゃうよ。


「そんなことないにゃん! ネコは流体にゃっ」


「食べられたいってこと……」


「違うにゃんっ!」


 ジャンプしたネコがペカーと七色に光る。


 次の瞬間、そこにいたのはネコミミ生やした女の子。


「ヒトになれるの」


「アンタと同じにゃ、シロフォ星人」


 シロフォ星人。


 ワタシのことだ。


擬態ぎたいをやめたらどうにゃ」


「遠慮しとく」


 子どもたちの無邪気な歓声が聞こえてきた。目立たないところにいるけれど、見つかるのは避けたかった。


「怖いのにゃ?」


「今日はネコ鍋にしようそうしよう」


「ネコ虐待ぎゃくたいなのにゃ! 愛護団体に訴えるのにゃっ」


 みゃーみゃーカフカが鳴くが、痛くもかゆくもない。


 本当の姿をリミに知られてしまうことよりかは、ずっとずっと。


「ふうん。シロフォ星人は、あの地球人のことが好きなのにゃ?」


「……なんで」


「そう睨まないでほしいのにゃ。おしっこでちゃうのにゃ!」


「ネコなんだから勝手にすれば」


「プライドがあるのにゃ! というか、好きじゃにゃいの?」


 ワタシは頷いていた。


 心の中では愛を叫んでるというのに!


 カフカは、ふへへ、とお腹を撫でられたみたいにとろけた顔をしはじめる。


「にゃーんだ。それにゃら最初っから言ってほしかったのにゃ」


「どうして」


「わらわ、あのヒューマンとやらに助けられてからお腹がポカポカするのにゃ」


「…………」


「結婚を前提にお付き合いしてほしいのにゃ……」


「ダメ」


「どうしてなのにゃ? 地球人と結婚しちゃいけないという規則はないはずなのにゃ」


 確かにない。銀河憲章にも、好きな人と結婚してよい、とある。


「もしかして妬いてるのにゃか?」


「…………」


「無言で近づいてくるのをやめるのにゃ」


「大丈夫。記憶を失うだけ」


「大事なのにゃ!?」


 逃げ惑うカフカに手をかざす。


 胸にこみあげる焼け付くような灼熱しゃくねつが、ワタシを突き動かしていた。


 この泥棒猫の記憶をぐちゃぐちゃに――。


 不意に、地面が大きく揺れた。

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