ようこそ、怪獣を感じられる街へ!

藤原くう

第1話

「いないねえ」


 高台の手すりにもたれたリミが言った。


 手すりの向こうには、ビルほどの大きさの生物が気ままに暮らしている。


 怪獣。


 異常災害なんて起きてないけれども、空想の産物って言われていたそれは姿をあらわして、なぜか、星花せいか市に集まってきている。


 集まってきているから、星花怪獣保護区はできたらしい。


 なのに、怪獣が一匹もいないのはどうして?


「ここには百種を超える怪獣がいる。こんなに静かなのは珍しい」


「そんなに。ってか、シロちゃんって怪獣詳しいの?」


 くるりと振り返ったリミが、聞いてくる。


 その切れ長の瞳、長いまつげに、うすい唇は天使のような笑みを形づくっている。全体的にほっそりとしていて、まるで神様がつくったみたい。


 ワタシは赤くなった顔を見られたくなくて、怪獣を探すふりをする。


「……勉強してきたから」


 そう。ワタシは勉強してきた。


 この星花市、いや地球へやってくる数千光年という長いようで短い時の中で。


「すごいね、転校してきたばっかりなのに」


 ――あなたの方がすごい。


 そんな言葉は、口の中で渦巻くだけで言葉にならない。


 リミはひたいに手を当て、キョロキョロ怪獣を探しはじめた。


「困ったなあ。私が提案したってのに、これじゃ話にならないじゃん」


 ワタシは持っていたスマホに視線を向ける。スマホに似せた多機能型デバイス。それを操って、怪獣をサーチする。


 近くに巨大な熱源はなし。


 目の前に、人型の熱源があるだけ。


 リミとワタシ。


 ヒトと宇宙人エイリアン


「街を先にする……?」


「そうだね。いつまで待っても出ないかもだしね」


 ワタシはカメラを起動し、腕組みして思考中のリミを、パシャリ。


 リミの写真がまた一枚。


「私は撮らなくてもいいんだよ?」


「いえ……」


 話しかけられるだけで、ワタシの胸が喜びで引き裂かれそうなんだ。


 でも、言葉にならない。


 本当はいろんなことを話したいのに。


「じゃ、いこっか」


 高台を降りようとするリミに、ワタシは手を伸ばす。


 指が触れる。


「どうかした?」


 伸ばした手をサッとからだの後ろに隠す。


「…………なんでもない」


 そう呟くので、精いっぱいだった。






 高台をあとにしたワタシたちは、街へと繰りだした。


「あの」


「どうかした?」


「市のPRより、あなたのPVを撮った方がいいと思う」


「いやだなあ、そんなの撮ったところで、最優秀賞なんて取れないよ」


 そんなことはないと、声を大にして言いたかった。


 が、言えなかった。


 ユウキ・リミというこの同級生は、あまりにも美しく、頭がよく、運動神経抜群。この世界では神は二物を与えないというけれど、リミは二物どころか十物は持っていた。


 高校の校舎が揺れるほどの人気があるらしいし、リミの独占PVを流せば、わたしたちの優勝間違いなし、だ。


「いやいやいや、そんなことないってば。しかも、映画って言えなくない?」


「PR動画も映画じゃない」


「確かに……」


「……否定したかったわけじゃ」


 もじもじしてたら、頭を撫でられた。


「わかってるって」


 ワタシはコクコク頷く。


 からだをめぐる青い血液がポコポコ沸騰ふっとうして、蒸発しちゃいそう。


「ヒトが見てる……」


「あ、そだね。こんなとこで何やってんだろ」


 頭をかきながらリミが離れていく。


 残り香が、名残惜なごりおしそうにただよっていた。


「ワタシはPRでも、いい」


「うれしいなあ」


 そう言ってもらえるだけで、銀河の中心まで心が舞いあがる。


 リミに興味がないわけじゃない。むしろ、知りたいんだけど、気持ち悪がられるだろうし、この街のことも知りたかった。


 そもそも、怪獣と共存しているというこの星花市の調査が、ワタシの目的。


 だから、星花市のPR動画作成は、その目的を達成することにもつながる。


「何を撮るつもりなの?」


「有名なところを回る」


 ワタシは頭の中でガイドブックを開く。


 まずは……そうだ、星花公園へ行こう。あそこにはたくさんの宇宙人がいるから。

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