第9話「王都からの手紙」フォンジー視点


一年後。


領地の復興工事の目処がついたある日、父からリックが進級パーティでやらかしたという手紙が届いた。


第二王子と騎士団長の息子と一緒に、婚約者に冤罪をかけ、公衆の面前で彼女達に婚約破棄を言い渡したという。


その罪を問われ、現在は王城の貴族牢に入れられているという。


弟はどうしてそんなことをしでかしたのだろう?


考えるのはあとだ。


急いで王都に帰り、グロス子爵とエミリー嬢に謝罪するのが先だ!


領地の復興のことは家令に指示を残せば、なんとかなるだろう。


私は机に向かい家令への指示を事細かく記した。


手紙が届いてから数日後、私は荷物を持って馬車に乗ろうとしていた。


指示を残すのに思いの外時間がかかったのと、細かなトラブルが起きて、その対処をしている間に時間が経ってしまったのだ。


このときすぐさま王都に戻らなかったことを、私は後悔することになる。





◇◇◇◇◇◇





私が王都に向けて馬車に乗ろうとしたとき、王都から手紙が届いた。


差出人は今度も父だった。


今度はどんなことが書かれているのか、ひやひやしながらその場で封を開けた。


父の手紙には、第二王子とリンデマン伯爵令息とリックは、男爵令嬢の魅了魔法をかけられ、惑わされていたことが記されていた。


三人が進級パーティでやらかしたことは、全て男爵令嬢の魅了の魔法のせいということになり、リック達の罪は不問となった。


三人は一カ月で自宅謹慎処分で済んだらしい。


私は父の手紙を読んでホッと胸を撫で下ろした。


一気に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。


良かった。


大事に至らなくて本当に良かった!


私は王都には帰らず、そのまま領地で復興事業に携わることにした。


一カ月半後。


私はこのとき領地から帰らなかったことを、死ぬほど後悔することになる。






◇◇◇◇◇◇








それから一カ月が過ぎた。


領地の屋敷で執務室で書類の整理をしているとき、父からまた手紙が届いた。


差出人は父になっていたが、手紙は屋敷にいる家令が書いたものであることが記されていた。


家令に代筆を頼むなんていったい王都では何が起きているというんだ?


はやる気持ちを抑え、私は手紙を読み進めた。


手紙には、リックがとんでもないことをしたことが記されていた。


それは私の想像を超えた内容だった。


まず男爵令嬢に魅了の魔法をかけられたというのは、側妃様が息子である第二王子の罪を軽くするためについた嘘だったこと。


リックはそのことをちゃんと理解できていなかったこと。


グロス子爵家を訪ねたリックは、エミリー嬢に「ナウマン元男爵令嬢を愛人として囲う。愛人と暮らすための別邸を建てろ。婿養子の務めだけは果たしてやる。優秀な僕の遺伝子を受け継いだ子供を産めるのだから幸せだろ」と言ったこと。


リックの発言により、第二王子達が男爵令嬢の魅了魔法にかかっていたのが嘘だと分かり、側妃様を始め事件に関わっていた人間は重い処罰を受けたこと。


第二王子と側妃様は身分を剥奪され北の塔に幽閉されたこと。


側妃様の実家のオットー伯爵家が男爵家に降格したこと。


リンデマン伯爵令息は実家から除籍され、利き腕を腕の骨を折られ、二度と剣を持てない体にされ、森に捨てられたこと。


リンデマン伯爵が息子のやらかしたことの責任を取り、騎士団長の職を辞したこと。


父がリックがしでかしたことの責任を取り、魔術師団長の職を辞したこと。


父がリックをザロモン侯爵家から除籍し、二度と魔法が使えないように体に魔法封じの印を刻み、死の荒野に置き去りにしたことが記されていた。


よほど慌てて書いたのか、それとも精神的な動揺のせいか、手紙に記されている王都のタウンハウスの家令の字は乱れていた。


今回の騒動の原因となった側妃様の実家のオットー男爵家と、リンデマン伯爵家と、ザロモン侯爵家は、貴族社会からのけものにされ、苦しい立場に立たされていること。


父が魔術師団長の職を辞したあと、精神的疲労が蓄積し寝込んでしまったことも記されていた。


私は一カ月前に、父からの手紙が届いたとき、王都に帰らなかったことを激しく後悔した。


私はリックのことを過信していた。


弟は婚約者とのお茶会を何度もすっぽかし遠乗りに行こうとし、婚約者への贈り物代を着服し魔道書を買おうとしていた愚か者だ。


そんな彼が、どうしてちょっと年を重ねただけで、まともになると思っていたのだろうか??


父から二通目の手紙が届いたとき、領地の復興工事を他人に任せても、一度侯爵家に帰るべきだった。


侯爵家に帰って、弟の頭を小突いてでも尻を蹴り飛ばしてでも、弟を子爵家に連れていき、エミリー嬢の前に土下座させ謝罪させるべきだった。


だが後悔してももう遅い。


全てが終わってしまったのだから……。


「フォンジー様お気を確かに、手紙には何と書かれていたのですか?」


手紙を届けてくれた領地の家令が心配そうな顔をしている。


彼になんて伝えたら良いのだろう。


復興作業に尽力してくれた彼に、王都での出来事を伝えるのは忍びなかった。


彼だけではない、民になんて伝えれば良いのだろう?


弟とエミリー嬢の婚約が破棄された今、子爵家からの援助は見込めない。


それどころか慰謝料と共に、今まで子爵家から借りた金の一括返済を求められるかも知れない。


そうなったら侯爵家は終わりだ。


このとき私は自分が冷たい人間だと思い知った。


リックに暴言を吐かれたエミリー嬢や、魔法を封じられ荒野に捨てられた弟の心配ではなく、真っ先に領地の心配をしているのだから。


本当は彼らへの心配を一番にしなくてはいけなかったのに……領地と領民の行く末ばかり考えてしまう。


本来ならまっさきにエミリー嬢や弟の心配をしなければならないのに。


リックに暴言を吐かれ心優しいエミリー嬢は、どれほど傷ついただろうか?


華奢で女の子のような体型のリックが、魔法を封じられ、荒野で生き延びていけるのだろうか?


彼らへの心配は尽きない。


リックは愚か者でも私には可愛い弟だったから……。


「フォンジー様、お疲れのところ申し訳ありませんが、王都からはもう一通手紙が届いております」


家令から手紙を受け取り、差出人を確認する。


手紙は、私の婚約者のデルミーラ・アブト伯爵令嬢からだった。


デミーからの手紙には何が記されているのだろう?


きっとデミーの元にも今回の醜聞は届いているだろう。


卒業後すぐに結婚する予定だったのに、領地の水害のせいで、式が延期になってしまった。


彼女には悪いことをしたと思っている。


どうかこの手紙が、ねぎらいの手紙でありますように。


そんなはずがないとわかっているのに、そんな期待を捨てられなかった。

 

私は恐る恐る手紙の内容に目を通した。


「リックが婚約者のエミリーにしたことを聞いたわ。

 リックはエミリーに『愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供を授かるだけ幸運だろ』と言ったそうですね?

 王都中の噂よ。

 ザロモン侯爵家では子供にどういう教育をしているのかしら?

 リックの兄と婚約しているというだけで、私だけでなく家族まで白い目で見られているわ。

 一年前、あなたに結婚式を延期しようと言われた時は腹が立ったわ。

 わたくしとの結婚より領地経営を優先するなんて酷いと思ったわ。

 だけど今は、一年前あなたが結婚式を延期してくれて良かったと思ってるの。

 だってそうでしょう? 子供に酷い教育をするような家と婚姻は結べないもの。

 わたくしたちの婚約は破棄しましょう。

 あなたとの婚約を破棄することは、父や母も了承しているわ。

 フォンジー一度王都に戻ってきて。

 その時に慰謝料について話し合いましょう」


デミーからの手紙にはそう書いてあった。


甘い期待が泡と消え、私は手紙を握りしめ、その手で顔を覆った。


わかっていたはずだ……。


リックがあれだけのことをやらかしたのだから、私達の婚約関係が維持できるわけがないと。


わかっているのに、悲しくてしかたなかった。



◇◇◇◇◇◇◇


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