第8話「平凡な兄と、美形で才能豊かな弟」フォンジー視点



――フォンジー視点――




私の名はフォンジー・ザロモン。


由緒ある侯爵家の長男として生を受けた、平凡な男だ。


三つ年の離れた弟がいる。


弟の名前はリック。


彼は母親似の美しい顔とプラチナブロンドの髪にエメラルドの瞳と透き通るような白い肌を持ち、父親に似て魔力量が多く、祖父に似て頭も良かった。


父親似のくすんだ金色の髪と灰色の目と平凡な容姿を持って生まれ、母親に似て魔力量が低く、祖母に似て頭もそんなに良くなかった私とは大違いだ。


見目が良く、魔力量も高く、物覚えも良い弟を、家族と親戚は溺愛した。


ザロモン侯爵家を継ぐのは長男の私だが、父の跡を継ぎ魔術師団長になるのは弟だと、私達が幼い頃から言われていた。


私ではなくリックが長男だったら良かったのに……と、陰口を言われたことも一度や二度ではない。


私には突出した才能と呼べるものは何もなかった。


なので私は勉強も剣術もダンスも人一倍努力した。


そして身分の上下に関係なく別け隔てなく平等に接し、誰の相談にも真摯に向き合った。 


その甲斐があってか、誠実で前向きな努力は認められ、人々の信頼を得ることに成功した。


そこそこの成績で学園に入学することができ、王太子と同じ成績上位者がいるクラスに入ることもできた。


そこで新しい友人もできた。


その友人の一人がエナンド・ロートだ。彼は自分に厳しく、人にも厳しい人だった。


彼は中庸の教えを守り、どこかの派閥に肩入れすることはなかった。


厳しい彼はとっつきにくいと思われていたのか友人が少なかったが、不思議と私とは馬があった。


「わたしは誰にでも厳しい。だから誰にでも優しく接するそなたのような存在が必要だ」


彼はいつもそんなことを言っていた気がする。


学園を卒業後、私は王都に残り領地経営の傍ら、エナンドの手伝いをする予定だった。


だが領地で水害が起き、それは難しくなった。


祖父は高齢だし、父は魔術師団長としての仕事がある。弟には学校がある。


なので次期当主である私が、領地に趣き、復興を指揮することになった。


一つ気がかりなのは弟のリックのことだった。


彼は人見知りな性格で幼い頃は私の後ろに隠れてばかりいた。


それにいつの頃からか婚約者のエミリーをぞんざいに扱うようになっていた。


仕事が忙しい父に代わり、私が弟に色々と教えていた。


弟の婚約者へのフォローもその一つだった。


そんな弟も成長し学園に入学する年になった。


もう弟のあとをついて回り、一つ一つフォローする必要もないだろう。


王都を離れても問題ないだろう……その時はそう思っていた。


その考えが間違いだと知ったのは一年後、王都から届いた一通の手紙を読んだときだった。




◇◇◇◇◇






領地の民は私の指示に従い、一生懸命に働いてくれた。


私は彼らを励まし、共に作業に励んだ。


復興まで数年はかかると思っていた作業も、一年がすぎる頃には終わる目処がついていた。


グロス子爵家からの支援金と、エナンドからの支援金のお陰で、復興が早まったお陰だ。


彼らには王都に帰ったら、丁寧にお礼を伝えなくてはいけない。


そんなある日、執務室に王都からの手紙が届いた。


差出人の名前は父だった。


手紙の字はとても乱れていた。


几帳面な父らしからぬ字に胸騒ぎを覚えた。


机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、急いで封を開けた。


手紙にはリックが学園の進級パーティで、第二王子やリンデマン伯爵令息と共に婚約破棄騒動を起こし、貴族牢に幽閉されたことが記されていた。


私の脳裏に「まさか!」という言葉と、「やっぱり……」と言う言葉が浮かんだ。


弟は幼い頃から頭がよかった。


年上の私が読めない魔導書や、辞書をスラスラと読んでいた。


両親も祖父も、そんな弟に期待をかけていた。


しかし頭が良すぎることが災いした。弟は頭が良すぎるがゆえに他人の心を汲むことや、他人に寄り添うことが出来なかったのだ。


私はそんな弟を心配し、もう少し人の心を汲み取るように伝えたが、祖父や父がそれを阻止した。


「リックは侯爵家の次男で、未来の魔術師団長だ! 弱者の気持ちを汲み取る必要などない!」


というのが彼らの意見だった。


家族が弟を甘やかしたせいで、弟は弱者への思いやりを育む機会を失った。


弟は年を重ねるごとにプライドが高く、自己愛の強い人間に育っていった。


そんな弟にも十歳のとき婚約者が出来た。


相手はグロス子爵家の長女、エミリー。


彼女は茶色い髪に琥珀色の瞳に小柄な体躯の、愛らしい少女だった。


エミリー嬢の趣味は刺繍とお菓子作りだった。


優しく思いやりのある性格のエミリー嬢との婚約が、リックに良い影響を与えてくれればといいなと、当時の私は考えていた。


二人は最初は仲の良かったが、ある時からリックはエミリー嬢を邪険に扱うようになった。


私は弟に「婚約者には優しくするように」と何度も伝えたが、彼は聞く耳をもたなかった。


リックがどうしてエミリー嬢に辛く当たるようになったのか、原因は未だにわからない。


とにかく、当時の私は弟と婚約者のエミリー嬢との間を取り持とうと必死だった。


しかし私の努力は虚しく、弟は頭でっかちのプライドの高いナルシストに育ってしまった。


弟は顔と頭だけは良いが、他者への思いやりに欠ける性格だ。


優しいエミリー嬢との婚約を逃したら、誰も弟の相手をしてくれないだろう。


財産や才能目当てに近づいてくる女性はいるかもしれないが、そんな女では弟の孤独を癒せないだろう。


私は弟がエミリー嬢に振られ、孤独になることを恐れていた。


弟がエミリー嬢とのお茶会を「めんどくさい」と言ってすっぽかし、一人で遠乗りに行こうとするのを止め、弟を小突き花束を持たせ子爵家行きの馬車に乗せたのは、一度や二度ではない。


弟が父から与えられたエミリー嬢への誕生日プレゼント代を着服し、魔術書の新刊を買おうとするのを叱責したこともある。


弟の手を掴み女性向けの雑貨が売っている店に連れて行き、エミリー嬢の好みそうなリボンやアクセサリーを買わせ、メッセージカードを書かせ、執事に届けさせた。


私の働きが功を奏してか、エミリー嬢から弟との婚約解消や破棄の話が出ることはなかった。


エミリー嬢は婚約者の兄である私にも、刺繍入りのハンカチや、お菓子をくれる優しい子だ。


優しくて穏やかな性格のエミリー嬢に、世間とズレた価値観を持つ弟を支えてもらいたい、当時の私はそう考えていた。


だけど上辺だけ繕っても仕方なかったんだ。


私は弟がなぜエミリー嬢を嫌うようになったのか、その原因を探り、取り除くべきだったんだ。


あの頃の私は本当に愚かだったと思う。




◇◇◇◇◇◇








それから数年が経過し、私が学園を卒業した次の年に、リックが学園に入学した。


リックとエミリー嬢は同い年なので、彼女も学園に入学した。


前年にザロモン侯爵家の領地で水害が起きた。


私は領地を復興させるため、領地に向かった。


弟ももう十五歳だ。


私がついて回り、頭を小突かなくても、エミリー嬢のエスコートぐらい一人できるだろう。


賢い弟なら、グロス子爵家との縁組がどれだけ大切か理解しているだろう。


数年前に当家が事業に失敗したとき、お金を貸してくれたのがグロス子爵だった。


彼は「才能があるものが貧しいが故に教育の機会を奪われるのは惜しい」と言って、無利子でお金を貸してくれた。


グロス子爵が助けてくれなかったら、当家は借金の返済のために先祖伝来の領地を売り払い、名ばかりの侯爵家になっていただろう。


私やリックが高度な教育を受けられたのは子爵のおかげなのだ。


それだけではなく、子爵はこの度の水害の見舞金も出してくれた。


子爵には足を向けて寝られない。それほどの大恩人だ。


グロス子爵家からの援助がなくなれば、当家は窮地に立たされるのだから。


弟ももう十五歳だ。それくらいのこと分かっているはずだ。


私は家のことは関係なく、弟にはエミリー嬢を大切にしてほしいと思ってる。


淑やかで裁縫や料理が上手で心優しい彼女のような人を逃してほしくないからだ。


領地に赴く前に、エミリー嬢を大切にするように弟に諭そうと思っていた。


しかし事態は急を要し、そんな時間すらなく、私は慌ただしく領地へと向かった。


領地から手紙を送れば良いと思っていたのだが、水害による爪痕は想像以上に酷く、領地の立て直しに追われることになり、リックのことを考えている余裕などなかった。


それが侯爵家を揺るがすほどの大失態に繋がるなど、つゆ程も思わなかった。


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