第5話「処罰」


リック様が拘束されてから数日が経過しました。


リック様は、お父様の拷問……取り調べに耐えかねて洗いざらい話したそうです。


三人に、ミア様が魅了魔法を使ったことにしようと言い出したのは側妃様だったこと。


ミア様は魅了魔法なんか使えないこと。


第二王子もリンデマン伯爵令息もリック様も、学園でミア様との浮気を楽しんでいたこと。


三人は学園で、その……ミア様と口付けをしていたこと。


三人は、ミア様が「カロリーナ様と、マダリン様と、エミリー様にいじめられてるんです〜〜!」と言ったのを信じ、裏付けも取らず私達を断罪したこと。


第二王子とリンデマン伯爵令息とリック様が、進級パーティで本気で婚約破棄しようとしていたこと。


側妃様の案で第二王子とリンデマン伯爵令息とリック様に同情が集まるように、民衆を誘導したこと。


彼らが犯した罪が全て白日のもとにさらされました。


第二王子は王命による婚約を勝手に破棄し、進級パーティで公爵令嬢に冤罪をかけ、進級パーティを台無しにしたことを罪に問われ、王位継承権を剥奪され、王族から除籍、北の塔に幽閉されることになりました。


北の塔は、罪を犯した王族が死ぬまで幽閉される場所です。


アルド様はあと何年生きられるでしょうか?


側妃様は、アルド様の罪を軽くするためにありもしない魅了魔法をでっち上げ、国王陛下や民を騙したことを罪に問われ、側妃の身分を剥奪され、北の塔に幽閉されました。


側妃様のご実家のオットー伯爵家は側妃様の計画に加担したとして、二階級降格させられ男爵家となりました。


べナット・リンデマン様は、ご実家のリンデマン伯爵家から除籍されました。


リンデマン元伯爵令息は、二度と剣を持てないように右手の骨を折られ、郊外の森に捨てられたそうです。


リック様は、ご実家のザロモン侯爵家から除籍されました。


彼は二度と魔法が使えないように体に魔法封じの印を刻まれ、死の荒野に置き去りにされたそうです。


リック様の兄であるフォンジー様は、婚約者のデルミーラ様から、「ザロモン侯爵家では子供にどういう教育をしているの? 最低ね」と言われ婚約を破棄されたそうです。


婿入りする身で、「愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供が授かるだけ幸運だろ」と言ったのですから、ザロモン侯爵家の教育方針が疑われても仕方ありません。


リック様の悪評は国中に広まりました。


ザロモン侯爵家に嫁入りしたい貴族は今後現れないでしょう。


フォンジー様はとても優しくて誠実な方なので、この件で彼が被害を受けるのは、私としては本意ではありません。


そのことだけが気がかりです。


息子がしでかしたことの責任を取り、ザロモン侯爵は魔術師団長の職を、リンデマン伯爵は騎士団長の職を辞しました。


お二人が職を辞した理由は、事件の真相が明かされたあと、魔術師団長と騎士団長の言うことを誰も聞かなくなってしまったことによる精神的なショックが大きいようです。


ミア様は婚約者のいる第二王子とその他の貴族令息を誑かした罪に問われ、彼女の実家の男爵家はお取り潰し、ミア様は娼館に送られました。


彼女に関しては、最初に下されたのと同じ処分になりました。


ミア様にはもう助けてくれる殿方はいません。


彼女は一生を娼館で過ごすことになるでしょう。





◇◇◇◇◇







彼らへの処罰がくだされてからさらに数日が経過しました。


今日はブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢を当家にお招きして、お茶会を開いています。


事件が一段落ついたので、彼女達は隣国から一時帰国しているのです。


公爵令嬢と辺境伯令嬢が揃って当家を訪れるなんて始めてのことなので、緊張してしまいます。


今朝早起きしてクッキー、マフィン、アップルパイ、スコーン、シフォンケーキなどを作りました。


お茶も器も一番高価なものを用意しました。


少しでも気に入っていただければよいのですが。


「それにしてもリックさんは、どうしてあんな馬鹿な行動に出たのかしら?」


ブルーノ公爵令嬢がクッキーをつまみながら言いました。


彼女はお菓子を摘む姿も優雅です。


「でもそのお陰でわたしたちの不名誉な噂や、誹謗中傷がなくなったのだから良いのではないか?」


メルツ辺境伯令嬢の言葉遣いは、男らしくハキハキしています。


凛としてるので同性であることを忘れて見惚れてしまうほどです。


今日は進級パーティで、婚約者に婚約破棄を宣言された女子三人でのお茶会です。


「ブルーノ公爵令嬢、メルツ辺境伯令嬢、私の推測なのですが」


「堅苦しい呼び方はやめてくださいな、エミリー様」


「そうだ、我々は進級パーティで婚約破棄された同士ではないか」


「それではなんてお呼びすれば?」


「わたくしのことは『カロリーナ』と呼んでくださいな」


「わたしのこともマダリンと呼んでくれて構わない」


「そんな、恐れ多い」


高位貴族のお二人をお名前で呼ぶだなんて!


「嫌だと言うなら、これからエミリー様に敬語を使いますわよ」


「わたしもそうするぞ」


「そ、それは困ります!」


高位貴族のお二人に敬語を使われたら、胃がおかしくなってしまいます!


「なら、名前で呼んでくださいな」


「わたしのことも名前で呼んでくれ」


「わかりました。カロリーナ様、マダリン様、これでよろしいでしょうか?」


名前を呼ぶだけでこんなにも緊張するなんて思いませんでした。


「よろしくてよ」


「上出来だ!」


お二人はにっこりと笑ってくださった。


「わたくしたちは同じ痛みを経験した者同士です。これからもお友達として仲良くしましょう」


「身分の上下など関係なく、仲良くしたいと思ってる」


名前呼びの次は、お友達になりましょうですか!?


「わたくしと友達になるのはいやかしら?」


「わたしとは友にはなれぬか?」


「そんな滅相もない! ふつつかものですが、これからも末永く仲良くしてください!」


私は立ち上がり、お二人に頭を下げました。


「なんだか、わたくしがあなたをお嫁に貰うみたいですわね」


「わたしが男だったらエミリー様のように可愛らしい令嬢なら大歓迎するがな」


緊張して言葉選びを間違えてしまったようです。


ですがそんな私をお二人は笑って受け入れてくれました。


「話の腰を折ってしまいましたね」


「エミリー様の推測を聞かせてくれないか?」


「はい」


私は椅子に座り直しました。


「ブルーノ公爵令嬢……カロリーナ様、マダリン様」


うっかり家名で呼んでしまい慌てて、訂正しました。


二人はにこにこしながら聞き流してくださいました。


「私の推測なのですが、リック様はコミュニケーション能力が不足していたと思うんです」


「リック様がコミュニケーション能力が不足していたというのは?」


マダリン様が私に尋ねました。


「はい、マダリン様。あの方は初めてお会いしたとき、父親である侯爵閣下の後ろに隠れているほどシャイでした」


あの頃のリック様は可愛かったのに、どうしてあんな残念な感じに育ってしまったのでしょう。


「幼い頃は彼の兄であるフォンジー様や、フォンジー様の婚約者であるデルミーラ様のあとをついて回り、彼らの影に隠れていることが多かったのです。成長してからも自ら進んで人の輪に入っていくタイプではありませんでした」


リック様は一人で本を読んでいることが多かったと記憶しています。


「お友達もアルド様とべナット様以外にはいなかったと思います」


アルド様とは主従関係、リンデマン元伯爵令息とは同僚という感じで、お友達とはまた違った関係だったかもしれません。


リック様はコミュニケーション能力が低く、人の話の裏を読むのは苦手だったのです。


「算術などが得意な方は、思考したことを言葉として伝えたり、相手の発した言葉の意味を正確に読み取るのが苦手な方がいると聞いたことがあります。きっとリック様もそのタイプだったのでしょう」


「それで? 今回の事件とどう関係していますの?」


カロリーナ様が小首を傾げました。


彼女のそんな仕草も高貴で優雅です。


「元側妃様はリック様は賢いから、一から十まで計画を説明しなくても、計画を理解できると思っていたのではないでしょうか。ですが実際は逆でリック様は辞書や専門書を丸暗記するのは得意ですが、実践での応用が利くタイプではありませんでした」


元婚約者をコキおろしているようで、あまり気分はよくありませんが、推測を披露するためには仕方ありません。


「子供の頃からお友達が少なく本を読んで過ごしてきたリック様は、その場の空気を読むとか、人の顔色を伺うとか、人の言葉の裏を読むとか、そういうことができない人だったのです」


お勉強ができるのと、実践で活かせるかは別問題ですから。


リック様は人間関係を構築するのが苦手で、策略や陰謀を乗り越えるにはいろんな経験が不足していたのでしょうね。


「つまり元側妃様は、計画を一から十まできっちりと説明しなくてはならない人物に、なにも教えずに放り出してしまったということですね」


カロリーナ様が言いました。


カロリーナ様は私の作ったシフォンケーキがお気に召したのか、二つ目を皿に乗せています。


早起きしてケーキを焼いた甲斐がありました。


「そういうことです」


私はカロリーナ様の言葉に同意しました。


「そういえば元婚約者のベネット様は脳筋だったが、騎士団員との仲は良く、友達は多かったな。実践での戦闘経験もあるから、状況判断能力とコミュニケーション能力はあったわけだな。脳筋ではあったが」


マダリン様は短い会話の中で、二回も「脳筋」という言葉をいいました。


リンデマン元伯爵令息は脳みそまで筋肉でできていたようですね。


「元婚約者のアルド様も、愚か者ではありましたが、王子という身分から多くの方と触れ合う機会がありました。アルド様には最低限のコミュニケーション能力はあったわけね。愚か者でしたが」


カロリーナ様は短い会話の中で、二回も「愚か者」という言葉を言いました。


お二人とも元婚約者にかなりストレスがたまっているようです。



◇◇◇◇◇◇◇


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