第6話「特技を活かす」




「彼らの計画が失敗に終わったのは、元側妃様に人を見る目がなかったから……ということか」


マダリン様が感慨かんがい深げに言いました。

 

「でも彼らの計画が失敗に終わったお陰で、わたくしたちが白い目で見られることがなくなったわ」


カロリーナ様が紅茶を一口すすりました。


「これからは第三者に、『婚約者は魅了の魔法にかかっていただけなのだから許せ』とか、『その程度のことで婚約破棄するなんて酷い』とか、『人間としての情はないのか』と言われることもなくなるのね」


カロリーナ様はカップをソーサーに戻すと、安堵の表情を浮かべました。


「全くだ。他人事だと思って、好き勝手言う奴らが多くて辟易していたからな」


マダリン様がアップルパイをフォークで突き刺しながら、苦々しげに呟きました。


カロリーナ様もマダリン様も、世間の噂や好き勝手なことを言う第三者に、相当辟易していたようです。


「ところでエミリー様、あなたはこれからどうなさるおつもり?」


カロリーナ様に聞かれ、返答に困ってしまいました。


「どうと言われましても……」


私は未だに進路を決めかねています。


学園の二学年に進級しましたが、周りから好奇の視線を向けられています。


同情してくれる人が大半ですが、婚約を破棄した私に蔑みの視線を向ける人もいて、学園に通うのは正直に言えば辛いです。


かと言って、私にはカロリーナ様やマダリン様のように、隣国に留学する才能や度胸もありません。


「よかったら、わたしたちと一緒に隣国に留学しないか?」


マダリン様が誘ってくださいました。


「お気持ちは嬉しいのですが、私にはお二人のような教養も才能もなく……」


成績優秀で見目麗しく完璧の淑女と称されるカロリーナ様。


文武両道で凛々しく、女性のファンが多いマダリン様。


私は彼女達のように、堂々とは生きられません。


「エミリー様は自分を過小評価している」


「えっ?」


マダリン様に言われた言葉の意味がわからず、私は首を傾げました。


「またそのように子リスのような愛らしい仕草で周りを惑わせる! わたしにはできんことだ! 羨ましい!」


「はいっ?」


マダリン様は悔しがっているようですが、原因がなんなのか私にはわかりません。


「すまん、取り乱してしまった。これを見てくれ」


マダリン様はポケットからハンカチを取り出し、テーブルに置きました。


「それは……」


「以前、エミリー様から貰ったハンカチだ」


婚約者同士が仲良しなので、以前一度この三人でお茶会を開いたことがあります。


その時、カロリーナ様とマダリン様に私の刺繍入りのハンカチを贈ったのです。


「このハンカチを留学先の家庭科の先生に見せたらえらく気に入ってくれてな。先生はぜひこれを作った人に会いたいとおっしゃっていた。素晴らしい技術だからあれこれ教えてプロとして活躍できるように育てたいそうだ」


「えっ?」


マダリン様の言葉に私は驚きを隠せません。


私の刺繍が隣国の学園の先生に認められていたなんて……。


そんな上手い話があるのでしょうか?


「エミリー様にはちゃんと才能がありますわ。このクッキーやシフォンケーキはエミリー様の手作りでしょう?」


「はい。早起きして作りました」


公爵家うちのパティシエが作ったお菓子より、ずっと美味しいのをご存知かしら?」


「ええっ??」


カロリーナ様の言葉に私は目が点になりました。


まさか公爵家のお抱えシェフが作ったお菓子より美味しいだなんてそんなこと……。


「見た目は素朴ですがそこがまたいいですわ。技術を磨けばプロとしてやっていけましてよ」


「……!」


刺繍だけでなく、お菓子作りの技術まで評価されるなんて……!


「エミリー様、あなたにはご自身で思っているより才能がある。私は剣術や乗馬は得意だが、裁縫や刺繍はからっきしでな。手先が器用で小柄で愛らしい容姿のエミリー様を、常々羨ましく思っていた」


マダリン様が照れくさそうに言いました。


凛とした佇まいで、かっこ良くて、女生徒から大人気のマダリン様に、そんな風に言っていただけるなんて……!


「わたくしもお料理は全然できませんの。この前クッキーをまっ黒焦げにしてしまいましたわ。わたくしは目つきが鋭くてきつい印象を与えてしまうから、清楚で素朴な見た目のエミリー様を羨ましく思っていましたのよ」


恥ずかしそうに頬を染めながら、カロリーナ様が言いました。


容姿端麗で、語学も、ダンスも、マナーも完璧で、淑女の鑑と称されるカロリーナ様からそんな風に思われていたなんて……!


「エミリー様、隣国の学園には洋裁をメインにした学科や、パティシエを養成するための学科もある。あなたの才能を埋もれさせるのはもったいない。もう一度留学の件を検討してはくれないか?」


「隣国の言葉が話せるか不安でしたら、わたくしとマダリン様が教えますわ」


マダリン様とカロリーナ様に誘われて、私の心は揺れていました。


私にも、お二人のように才能があるのでしょうか?


才能を磨いたら、お二人のように堂々と生きられるでしょうか?


私もお二人のようになりたいです。


せっかくできたお二人との縁を切りたくありません。


「考えてみます……いえ、前向きに検討させて下さい!」


私もカロリーナ様やマダリン様のように、胸を張って生きていきたいです。


自分に自信を持てるようになりたいです。


自分の特技を活かしてみたいです。





◇◇◇◇◇





カロリーナ様とマダリン様のお茶会の翌日、私は父の書斎を尋ねました。


書斎にはお母様もいました。


「お父様、お母様、お話があります。私……」


「お前が神妙な顔でここに来たということは、隣国への留学のことを相談に来たのかな?」


今から話そうとしていたことを父に先に言われて、私は虚をつかれました。


「お父様、ご存知だったのですか? もしかしてお母様も?」


私は父の隣に座る母に視線を移しました。


「ええ、わかっているわ。昨日ブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢が当家にいらしていましたから。大方、その時お二人から留学の話を持ちかけられたのでしょう?」


母はそう言って朗らかに微笑んでいます。


どう話を切り出そうかと考えていましたが、まさか先に両親から留学の話をされるとは思いませんでした。


「元側妃様の企みが公になったとはいえ、この国にはお前に好奇の視線を送るものも多い」


「あなたにはこの国での生活はさぞかし辛いでしょう」


私は私が思っている以上に両親に心配をかけていたようです。


「ほとぼりが冷めるまで、エミリーは他国に留学した方がいいだろう。辛くなったらいつでも戻っておいで」 


両親は私の留学に理解を示してくれました。


私の胸に熱いものがこみ上げてきます。


両親の優しさが胸にしみます。


「カロリーナ様とマダリン様が私の刺繍とお菓子を褒めてくださいました。あれからずっと考えていました。自分がどこまでやれるのか、自分の才能をどこまで活かせるのか? お父様、お母様、私、自分の才能を試してみたいんです!」


私は胸に秘めていた思いを両親に伝えました。


「そうかお前が誕生日にプレゼントしてくれた刺繍は、誰に見せても好評だった。売り物だと勘違いした相手に『どこに売っているのか教えてほしい!』とまで言われたこともある」


「あなたの作るお菓子は形も色もよくて、とっても美味しかったわ」


両親は、私の才能を高く評価してくれていました。


「ありがとうございます! とても嬉しいです!」


両親に褒められるのは嬉しいです。


だけど私には二人にもう一つ伝えなくてはいけないことがあります。


「留学したらこのまま戻らないかもしれません。だけど……私には長女として婿を取る責任が……」


カロリーナ様とマダリン様のお話だと、隣国の学園はとても素敵なところのようです。


学園を卒業後、そのまま隣国に住み続ける方も多くおられるとか。


刺繍とお菓子作りの才能を認められたら嬉しい。


留学したらきっともっともっと勉強したくなります……。


私は跡継ぎとして、責任を放棄して行くわけにはいきません。


「エミリーはそこまで思いつめていたんだね。この国ではたくさん辛いことがあったのだからしかたないな」


「お父様、そうじゃないんです! 留学のきっかけは婚約破棄ですが、私自分の能力をもっと磨きたいんです!」


そしていつか、カロリーナ様とマダリン様のような堂々とした淑女になりたいんです。


「そう、そうだったのね。あなたは向上心の強い子だものね。ねえ、あなた」


母は父の耳元で何か囁き、父もそれに同意しました。


「エミリー、家のことは気にしなくていいんだよ。お前には我慢ばかりさせたからな。格上の侯爵家の令息ならと思ってお前の婿にしたが、あれがすべての間違いだった」


「あなたには妹がいるわ。もしものときは次女に家を継がせてもいいのよ」


両親の優しさが胸にしみます。


「ありがとうございます! お父様! お母様! わがままなお願いだとわかっています! 二年間待ってくださいませんか? 留学してどうにもならなかったら、戻ってきて家を継ぎます! その時は政略結婚も受け入れます!」


妹は今六歳、二年後は八歳になっています。


八歳は婿養子を取るための教育を始めたり、婚約者を探すにはギリギリの年齢です。


妹の為にもそれ以上は時間をかけられません。


家を出て事業を起こすか、家に帰って後を継ぐか、それまでには決めなくてはいけません。


「行ってくるといい。この国ではお前は針のむしろだ。留学して気が晴れるならそれも良いだろう。妹には私から説明しておく」


「いってらっしゃい。あなたならやれると信じているわ」


「ありがとうございます! お父様! お母様!」


こうして私は両親の許可を得て、隣国に留学することになりました。



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