第4話「捕縛」



リック様が立ち上がり手を振り上げました。


私は頬を叩かれると思い、身構えました。


ですが……一向に殴られた衝撃がありません。


「そこまでだ!」


その時、茂みの影からお父様と数人の兵士が現れました。


お父様も兵士の方々もいつからそこにいたのですか?


突然兵士が現れ、リック様も呆然としていました。


私達があ然としている間に、兵士がリック様の腕を掴み彼の手に手錠をかけました。


形状から推測するに、彼につけられたのはおそらく魔力封じの手錠でしょう。


「娘への傷害未遂の現行犯で逮捕させてもらう」


お父様がリック様を睨みつけ、厳しい口調で言いました。


「くそっ! こんな事をしてただ済むと思うな!

 僕の親は魔術師団長だぞ!」


兵士に拘束されたリック様が暴れています。


「それから今の会話は録音させてもらった。

 君とエミリーの婚約は、ザロモン侯爵家の有責で破棄する」


お父様は懐から魔道具を取り出して、リック様に見せつけました。


お父様ったら、そんな魔道具まで用意していたのですか?


「先ほどの君と娘の会話は世間に公表させてもらう。

 世間は魅了の魔法をかけられた君たちに同情的だったが、先程の会話を聞いたら民衆の考えも変わるだろう。  いや魅了されていたのが事実かすら怪しくなるだろうな」


リック様はずっとミア様への愛情を訴えていました。


もし彼が魅了されていたという話が嘘だったら、彼がミア様を愛人として囲おうとしていたのも納得がいきます。


だとしたらこれは大事です。


第二王子やリンデマン伯爵令息も、魅了の魔法にかかっていなかったことになるのですから。


王家はブルーノ公爵家から慰謝料を請求され、第二王子の母親である側室の立場や、彼女の実家の立場も怪しくなるでしょう。


「くそっ!

 エミリーは子爵と兵士が隠れているのを知っていたのか?

 知っていて僕をはめたのか!?」


リック様が私を睨んで叫んでいます。


「いいえリック様、私は何も知りませんでした」


お父様が兵士と一緒にガゼボの近くの茂みに隠れているなんて、夢にも思いませんでした。 


「嘘つき! そんな言葉が信じられるか!」


「そう言われても、知らないものは知りません!」


「娘は何も知らないよリック殿。ある機関から君を調査するように命じられ、見張っていたのさ。

 巻き込んで済まなかったね、エミリー。君が罵倒されているのを知りながら、隠れて見ていたことを許してほしい」


「大丈夫ですわ、お父様。私は気にしてませんから」


きっとリック様の調査には、何らかの圧力が働いているのでしょう。


お父様を責めるのは可哀想だわ。


「リック殿を拷問部屋に連れて行け。彼には聞きたいことが山ほどある」


お父様が冷たい声で兵士に命じました。


「止めろ! 離せ! 無礼者! 僕はザロモン侯爵家の次男だぞ!!」


兵士に連行されるリック様は、ずっと何かを喚いていました。


彼の声が遠ざかったころ。


「すまなかったねエミリー。改めて謝罪させてほしい」


お父様が私に向かって頭を下げた。


「もう大丈夫ですから」


「実はある方の依頼を受け、第二王子アルド殿下、魔術師団長の息子のリック・ザロモン侯爵令息、騎士団長の息子のべナット・リンデマン伯爵令息の動向をずっと監視していたんだよ」


お父様が説明を始めました。


「監視ですか?」


「三人がナウマン元男爵令嬢の魅了の魔法にかかっていたという話が、どうも胡散臭くてね。調べていたんだよ」


「まあ、そうでしたの」


「本当にナウマン元男爵令嬢が魅了の魔法を使えるなら、彼女の処罰が子供が生まれない処置をして娼館に放り込むだけというのは甘すぎると思ったんだ」


「そうですわね」


「魅了の魔法を使える者は危険だ。親族にも魅了魔法が使えるものがいても不思議ではない。

 ましてや今回は王族である第二王子がターゲットにされた。

 ナウマン元男爵令嬢の親族は、七親等先まで処刑されてもおかしくない」


魅了の魔法を使えば国家を転覆させることも、戦争をすることも可能。


それほどに恐ろしい魔法なのです。


その事を考えると、ミア様に下された罰は軽すぎました。


「それにナウマン元男爵令嬢の魔力量は平均よりずっと少なかった。

 彼女が魅了の魔法を使えたとしても、魔力量の多いリック殿に、魅了の魔法が効くとは思えなかったのだよ。

 魔力量が少ない者が、魔力量の多い者に精神系の魔法をかけるのは困難だからね」


「確かにそうですね」


魔法の効果は魔力量に左右される。


ミア様が平均以下の魔力量しか持っていなかったとしたら、魔力量の多いリック様に魅了の魔法をかけるのは難しいでしょう。


「だからわたしたちはこう考えたのだ。

 アルド殿下とリック・ザロモンとべナット・リンデマンは、魅了の魔法にかかっていなかった。

 そもそもナウマン元男爵令嬢は、魅了の魔法なんて使えなかったとね」





◇◇◇◇◇◇








「だからわたしたちはこう考えたのだ。

 アルド殿下とリック・ザロモンとべナット・リンデマンは、魅了の魔法にかかっていなかった。

 そもそもナウマン元男爵令嬢は、魅了の魔法なんて使えなかったとね」


でもそれなら、先ほどのリック様の言動もうなずけます。


リック様が本当に魅了魔法にかかっていたのなら、魔法が解けたあと、自分を操り、大勢の前で取り返しのつかない愚行を犯させたミア様を恨むはずです。


彼がミア様を愛人として囲い、彼女の家族の面倒を見たいなんて言うはずがないのです。


ナウマン男爵令嬢は魅了魔法を使えない。


第二王子殿下とリンデマン伯爵令息とリック様は魅了魔法にかかってない。


学園で彼らがやらかしたことは、全て彼らの意思だった。


「どなたがナウマン男爵令嬢を魅了魔法の使い手にし、彼女に責任を押し付けたのでしょうか?」


「黒幕はアルド殿下の母親の側妃様だ」


「まあ、側妃様が」


この件にはそんな大物が関わっていたのですね。


「側妃様は、アルド殿下の罪を軽くするため、アルド殿下とリンデマン伯爵令息とリックがナウマン男爵令嬢の魅了魔法にかかったことにしたんだ」


ご子息の罪を軽くするためにそんなことを。


「本来なら公衆の面前で公爵令嬢に冤罪をかけ、王命による婚約を勝手に破棄したアルド殿下の罰が、謹慎程度で済むわけないからな。

 殿下は王位継承権を剝奪され、王族から除籍されてもおかしくないことをした」


「確かにそうですね」


アルド殿下、リンデマン伯爵令息、リック様はそれほど大きな過ちを犯したのです。


「だからブルーノ公爵とメルツ辺境伯と協力し、アルド殿下とリンデマン伯爵令息とリック殿の三人を監視していたのだ。

 三人がどこかでボロを出すことを願ってね」


「そうだったんですね」


「アルド殿下とリンデマン伯爵令息は役者顔負けの演技力で、『魅了魔法のせいでおかしくなっていたんだ、許してくれ!』と言って婚約者に土下座したのでしっぽをつかめなかった」


よほど迫真の演技だったのでしょうね。


「リック殿が愚か者で助かったよ。奴が謹慎が解けてからの二週間何をしていたと思う?」


「私には見当もつきませんわ」


「奴はナウマン元男爵令嬢とその家族の所在を探り、彼女とその家族を助ける方法を探していたのだよ」


呆れました。私に謝罪をしに来ないと思ったらそんな事をしていたなんて。


ミア様と、彼女のご家族を助ける方法を探していたなんて。


魅了魔法の後遺症で苦しんでいるのではないかと心配して損しましたわ。


それにしてもミア様も気の毒です。


第二王子とリンデマン伯爵令息とリック様の背負うはずだった罪を、全て背負わされ、慰謝料まで請求されたのですから。


黒幕が側妃様では、リック様がどんなに頑張ろうと彼女を助けられるはずがありません。


リック様はお勉強は出来ても、応用がきかないタイプだったようですね。


「だがまさか奴がエミリーに暴力を振るおうとするとは思わなかった。

 捜査のためとはいえ、娘がクズに罵られているのを黙って見ているのは辛かったよ。許しておくれ」


「何度も謝らなくても大丈夫ですわ、お父様。

 お父様は私がリック様に殴られる前に助けてくださったのですから、お気になさらないで。

 それに今回のことでリック様の本性が分かりました。彼と縁が切れて清々しています」


「奴への拷問……取り調べが終わったら、リック殿とエミリーの婚約は、ザロモン侯爵家の有責で破棄する。

 それまで耐えてほしい」


「もちろんです。お父様」


彼らが魅了の魔法にかかってなかったと公になれば、世間の彼らへの同情も消えるでしょう。


そうなれば、私がリック様との婚約を破棄しても、さほど非難されることもないでしょう。


私に新しい婚約者ができるかは、別として。


これからはそれが課題ですね。


もし新しい婚約者が見つからなかったら、女子爵として一生独身で通すことや、妹に跡継ぎの座を譲り修道院に入ることを検討しなくてはいけません。


まだまだ、悩みは尽きませんわ。



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