第3話「開いた口が塞がらない」



進級パーティでの騒動から数週間が経過しました。


今日、当家にリック様が訪ねて来る予定です。


彼の用件は、おそらく進級パーティで婚約破棄したことへの謝罪でしょう。


第二王子とリンデマン伯爵令息は、謹慎が解けたあとすぐに、婚約者の元に謝罪に行ったそうです。


なのにリック様が私の元に来たいと言ったのは、リック様の謹慎が解けてから二週間が経過していました。


リック様はなぜ謹慎が解けてすぐに、私のところに謝罪に来なかったのでしょう?


もしかしたら何か理由があって、リック様だけ謹慎が長引いたのかもしれません。


魅了魔法が解けた影響で、彼の体調に何らかの影響が出ていて、休養が必要だったのかもしれません。


もしそうだとしたら、謝罪に来るのが遅くなったことで彼を責められません。


私はリック様に謝罪されたら、彼の謝罪を受け入れ、彼との婚約を継続しようと思っています。


最悪でも双方合意のもとでの、婚約解消で済ませようとそう思っています。


相手は侯爵家、こちらは子爵家。


魅了の魔法をかけられたリック様に世間は同情的。


もし私がブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢のように、婚約者の謝罪を突っぱねてリック様との婚約を破棄しようものなら、世間からなんて言われるか……考えただけで恐ろしいです。


私はブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢のように、爵位が高いわけでも成績が優秀なわけでも、容姿が美しいわけでもありません。


リック様との縁談が壊れ傷物になったら、私はもう次の縁談は望めないでしょう。


私だってお茶会をすっぽかされたり、誕生日や女神の生誕祭に贈り物をされなかったり、進級パーティで冤罪をかけられ、断罪されたことに腹を立てています。


それが魅了魔法によるものだとしてもです。


だけど仕方ないのです。


子爵令嬢という弱い立場の私は、婚約者に謝罪されたら受け入れるしかないのです。


それがグロス子爵家のため、ひいては自分のため。


十歳のときに抱いた、リック様への甘い恋心はもうありません。


学園で彼とミア様の仲睦まじい様子を見るたびに恋心は薄れていきました。


進級パーティで公衆の面前で断罪されたとき、彼への恋心は完全に消えました。


私に残っているのは、彼への幼馴染としての情だけです。


情があればラブラブな夫婦にはなれなくても、領地をともに守っていく家族にはなれるはずです。


リック様が訪ねてくるまでは、私は愚かにもそう思っていたのです。





◇◇◇◇◇







「ミアの実家のナウマン男爵家が取り潰され、ミアは娼館に売られることになった。僕はミアを身請みうけし、ミアの家族の面倒を見たいと思っている」


当家を訪ねてきたリック様をガゼボにお通しし、お茶をお出ししました。


彼は席につくなり、開口一番にそう言ったのです。


えっと……?


リック様は、進級パーティで私に冤罪をかけたことへの謝罪に来たのではないのでしょうか?


「それはつまり、リック様はミア様と結婚するということですか?」


おかしいですね、リック様にかけられた魅了の魔法は解けたと聞いていたのですが、なぜ彼の中にミア様への情が残っているのでしょうか?


リック様にかけられた魔法だけ、まだ解けていないのでしょうか?


「違う、結婚はお前とする」


「はいっ? それはいったいどういう意味ですか?」


ますますリック様のおっしゃっていることが理解できません。


「侯爵令息とはいえ、僕は次男だから受け継ぐ財産が少ない」


家は長男のフォンジー様が継ぎ、リック様は子爵家へ婿入りしたあと、魔術師団長のあとを継ぐことが決まっていました。


「とてもではないが僕一人ではミアを身請けし、ミアの家族を養っていくことはできない」


魔術師団長の収入は他の職業よりは高いですが、それでもミア様と結婚し、彼女が請求されているブルーノ公爵家とメルツ辺境伯家からの慰謝料を払うのは大変かもしれません。


それにザロモン家は数年前の水害の影響で、領地経営も上手く行ってないようですし。


長男のフォンジー様が領地に趣き、自ら指揮をして領地復興に携わっているようですが、復興するまでにあと何年かかるかわかりません。


そういえばフォンジー様が領地に行ったのは、リック様と私が学園に入学してすぐのことでしたね。


フォンジー様はお元気にしているでしょうか?


「だからお前でいいから結婚してやる」


「はい?」


なんでそんなに上から目線で言われなければならないのでしょうか?


「僕の容姿と魔力と優秀な頭脳を、グロス子爵家では喉から手が出るほど欲しがっていただろう?」


たしかに彼の言うことにも一理あります。


ですが今はそんな高飛車に出られる立場でもないと思うのですが。


まずは学園での非礼を詫びるのが先ではありませんか?


だんだん彼の態度に腹が立ってきました。


「お前とは結婚してやる。ただしミアを愛人として囲うことが条件だ」


「……はっ?」


思わず変な声が出てしまいました。


「頭の悪い女だな、はっきり言わないとわからないか?

 地味でなんの取り柄もないお前と結婚してやるから、ミアとその家族を養うことを許可しろと言っているんだ」


ミア様をリック様の愛人として養え? リック様は今そうおっしゃったのですか?


「グロス子爵家の人間は、金で人を買うのは得意だろう?

 六年前だって金の力で、優秀な僕をお前みたいな平凡でなんの取り柄もないつまらない女の婚約者にしたのだからな!」


リック様の言葉を聞いて愕然としました。


リック様が私との婚約をそんなふうに考えていたのですね。


「僕とミアとミアの家族が暮らすために、グロス子爵家の敷地内に別邸を建ててくれ」


リック様の言葉は続きます。


「僕に愛されたいなんて期待するな。

 僕が生涯愛するのはミアだけだ。

 だが婿養子の務めは果たしてやる。

 跡継ぎを残すために、嫌だがお前も抱いてやる」


彼は今どれだけ失礼な言葉を言っているのかわかっているのでしょうか?


彼は私の尊厳を踏みにじり、蹴り飛ばしているのです。


「上手く行けば僕に似た金髪碧眼で容姿端麗で強い魔力を持った優秀な子が生まれるかもな。

 お前の遺伝子が強く出て『ハズレ』だったときは言ってくれ、三人までなら子供を作ることに協力してやる!」


当家の敷地内に、ミアさんとそのご家族を住まわせる別邸を建ててくれ?


婿養子の務めだから子作りはしてやる?


私の遺伝子が強く出たらハズレ……?


リック様の言葉に、今まで残っていた幼馴染としての情も消え失せました。


「手始めに五千万ゴールド出してくれ、その金でミアを身請けしたい!」


「………に…しないで……」


もうこれ以上は耐えられません!


「なんだって?

よく聞こえない?」


「馬鹿にしないで下さい!」


私は椅子から立ち上がり、リック様をきっと睨みつけました。


「今までの非礼を謝罪に来たのかと思えば、一言の謝罪もない。

 その上愛人を囲いたいから金を出せですって!?

 ご自分もお金で買われたみたいな物言いをして!

 馬鹿にするのも大概にしてください!」


私を馬鹿にするのはいい、でも当家の家名を傷つけるような暴言は許せない。


私の堪忍袋も限界です!


「あなたとの婚約を破棄します!

 あなたの顔など二度と見たくありません!

 今すぐこの屋敷から出ていって下さい!」


私はリック様の目を見てきっぱりと言い切った。


私にそんな事を言われると思っていなかったのか、リック様はおろおろしている。


「おい、いいのかそんなこと言って?

 世間は魅了の魔法をかけられた僕たちに同情的だぞ?」


痛いところをつかれました。


「お前はブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢と違い、美人でもないし、スタイルも良くないし、頭も良くないし、語学やダンスや乗馬が得意な訳でもない」


そんなことは彼に言われなくても、私がなんの取り柄もない平凡な女の子だってことは、自分が一番わかっています。


「そんなお前が僕との婚約を破棄したらどうなると思う?

 世間からバッシングを受けて、誰からも縁談が来なくなるだろうな。

 確実に行き遅れ、社交界で馬鹿にされるぞ?

 それでもいいのか?」


リック様の言い分も一理あります。


リック様との婚約を破棄したら、私のところには二度と縁談が来ないかもしれません。


でも、それでも……。


「あなたと結婚するくらいなら、一生独り身で過ごした方がましです!」


女子爵として一生独身で通す道もあります。


私には年の離れた妹もいます。


妹の子供を養子にし、跡継ぎにするという手もあります。


「なんだと、僕が下手に出てやればつけ上がりやがって!」


リック様が立ち上がり手を振り上げました。


私は頬を叩かれると思い、身構えました。


ですが……。




◇◇◇◇◇◇◇


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