第2話「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」




あの進級パーティーから数日が経過しました。


それから殿下やリンデマン伯爵令息とリック様がどうなったのか?


ことは彼らの予想以上に波紋を呼ぶことになりました。


ここからはお父様から聞いた話なのですが、進級パーティの翌日、進級パーティで騒ぎを起こした四人は王城に呼ばれたそうです。


第二王子殿下は、王命による婚約を勝手に破棄した罪に問われたそうです。


殿下の側近であるリンデマン伯爵令息とリック様は、殿下の暴走を止めるどころか焚き付け、騒ぎを大きくした罪に問われたそうです。


そして三人には、学園の進級パーティを台無しにした罪も加わりました。


国王陛下は大変お怒りで、三人は即日貴族牢への幽閉が決まりました。


ナウマン男爵令嬢がどうなったのかは聞いていませんが、王族と高位貴族の子息をたぶらかしたのです。


きっと彼ら以上に重い罰を受けたことでしょう。


第二王子は側室の子で、彼の三つ上には優秀な王太子であるエナンド殿下がいるので、彼の立場は非常に微妙なのです。


アルド殿下は学園の卒業後、公爵家への婿入りが決まっていました。


婿入りする身分で、公衆の面前で婚約者に冤罪をかけて婚約破棄したのです。


国王陛下がお怒りになるのもわかります。


リンデマン伯爵令息も伯爵家の次男で、剣の腕を買われ格上のメルツ辺境伯令嬢の元に婿入りすることになっていました。


メルツ辺境伯令嬢も彼女の親も、今回の騒動で大変ご立腹のようなので、関係の修復は難しいでしょう。


リック様も侯爵家の次男なので、うちに婿入り予定です。


ですが、うちはしがない子爵家。


相手は侯爵家、しかも彼の親は魔術師団長。


私とリック様の婚約がどうなるのかは、まだわかりません。




◇◇◇◇◇◇





彼らが貴族の牢屋に入れられて数日後、また新たなる事実が判明しました。


アルド殿下、リンデマン伯爵令息、リック様の三人が、ミア・ナウマン男爵令嬢の魅了の魔法にかかっていたというのです。


彼らは学園に入学してまもなく、ナウマン男爵令嬢の魅了魔法にかかったようです。


アルド殿下、リンデマン伯爵令息は「自分達が婚約者に冷たかったのも、ミアにデレデレしてたのも、全ては魅了の魔法のせいだ」と言っているようです。


陛下は、三人が進級パーティでの騒ぎを犯したのは、ナウマン男爵令嬢がかけた魅了魔法による影響であって、三人にあらがう術はなかったと判断されたそうです。


これにより男性三人の罪は大幅に減刑され、彼らは貴族牢から出され、自宅での謹慎が命じられました。


謹慎の期間は一ヶ月。


一方、男性三人に魅了の魔法をかけたナウマン男爵令嬢は、貴族の牢屋から一般の牢屋に移されたそうです。


ミア様の実家のナウマン男爵家は、娘のしでかした不始末の責任を取らされ、取り潰しとなりました。


その上、ミア様はブルーノ公爵家とメルツ辺境伯家に訴えられ、多額の慰謝料を請求されています。


ミア様は子供を産めない処置をされたあと娼館に売られ、慰謝料を払い切るまで働かされることが決まったそうです。


リック様はミア様の魅了魔法にかかっていた。


リック様は学園に入学するまでは、当家での月に一度のお茶会にも参加していましたし、誕生日や女神の生誕祭に私宛に贈り物をくださいました。


リック様が魅了魔法にかかっていたというのなら、私は彼を許そうと思います。





◇◇◇◇◇





一カ月後。


謹慎が解けたアルド殿下とリンデマン伯爵令息は、それぞれの婚約者の家を訪れ、進級パーティでの非礼を侘び、婚約者への愛を囁いたそうです。


プライドが高いアルド殿下が土下座までしたそうですが、ブルーノ公爵令嬢は彼の謝罪を受け入れませんでした。


リンデマン伯爵令息も、メルツ辺境伯令嬢に土下座して許しを請うたそうですが、メルツ辺境伯令嬢がリンデマン伯爵令息を許すことはなかったそうです。


第二王子とブルーノ公爵令嬢の婚約と、リンデマン伯爵令息とメルツ辺境伯令嬢の婚約は、第二王子とリンデマン伯爵令息の有責で破棄されました。


世間は魅了魔法をかけられたアルド殿下、リンデマン伯爵令息、リック様に同情的です。


故に土下座までされたのに婚約者を許さなかったブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢には、非難が集まっています。


「第二王子とリンデマン伯爵令息は魅了の魔法にかかっただけなのに……」

「彼らもある意味被害者なのに婚約破棄されて可哀想に……」

「ブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢には、人の情がない」


民衆は口々にブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢を攻め立てました。


お二人はそんな世間の声に辟易し、隣国へ留学してしまいました。


彼女達は私にも一緒に留学しないかと、声をかけてくださいました。


「わたしたち三人は婚約者に進級パーティで冤罪をかけられ、婚約破棄を宣言された仲だ」

「これもなにかの縁です、一緒に留学しませんか」と。


私は知らない土地で新しい生活をする勇気がなくて、お二人の誘いを断りました。


凛々しくて高貴で才能豊かなお二人と、平凡な私ではスペックが違います。


彼女達と一緒に隣国に留学するなんて私にはできません。





◇◇◇◇◇






何事もなければ学園を卒業後、リック様は当家(グロス子爵家)に婿入りすることが決まっていました。


なぜ侯爵家の次男が、格下の子爵家に婿養子に入ることになっていたのかというと、理由はお金です。


六年前、ザロモン侯爵家が事業に失敗した時、お金を貸したのが当家だったのです。


お父様は商売が上手なのでグロス子爵家は、お金だけは持っていました。


リック様は金髪碧眼の美少年。魔力量が多く、頭が良くて、魔術の腕前も超一流。


お金が欲しいザロモン侯爵家と、優秀な婿が欲しいグロス子爵家。


双方の利害が一致したのです。


リック様の婿入りを条件に、お父様はザロモン侯爵家に無利子でお金を貸しました。


リック様はあるときを境に、私に対して無口で無愛想な態度を取るようになりました。


それでも彼は、学園に入学するまでは月に一度のお茶会には必ず出席してくださいましたし、誕生日などにプレゼントを贈ってくださいました。


彼とのお茶会と彼からのプレゼントを支えに、私は彼との婚約を続けていたのです。






リック様と初めてお会いしたのは私が十歳のときでした。


当時シャイだったリック様はお父様の影に隠れ、顔を赤らめながら挨拶をしてくださいました。


私が刺繍を施したハンカチと手作りしたお菓子をプレゼントすると、彼ははにかみながら「ありがとう」と言って受け取ってくださいました。


私はそんな彼に好意をいだきました。初恋でした。


生誕祭に貴重な魔導書をプレゼントした時も、彼は笑って受け取ってくださいました。


いつからでしょう? 彼との仲が上手くいかなくなったのは?


学園に入学したとき?


いえそれよりももっと前……、確か彼のお兄様の婚約者が関わっていた気がしますが……思い出せません。


リック様には三つ年上のお兄様がいます。


名前はフォンジー・ザロモン。


金髪碧眼で絶世の美少年と称され魔力量の多いリック様と違い、フォンジー様はくすんだ金色の髪に灰色の目、平凡な容姿で、魔力量も多くはありません。


ですがフォンジー様はとても誠実で、真面目で、優しい人なのです。


彼の人柄に惚れ込んでいる貴族も大勢います。


彼は格下の貴族令嬢である私にも、平等に接してくださいました。


フォンジー様のお人柄は完璧でした。


しかし、彼の婚約者であるデルミーラ・アブト様は少し癖のある方でした。


デルミーラ様は伯爵令嬢であることに誇りを持っておられるらしく、下位貴族である私へきつく当たってきました。


またデルミーラ様はリック様ととても仲が良く、実の弟のように可愛がっておりました。


デルミーラ様は下位貴族である私がリック様の婚約者に選ばれたことが気に入らないらしく、彼女からはいろいろと嫌がらせを受けました。


嘘のお茶会の時間を教えられたり、物置小屋に閉じ込められたり、私が作ったクッキーを自分が作ったものだと嘘をついて配ったり……。


彼女からされた仕打ちは数え切れません。


ですがデルミーラ様は、他の方の前では礼儀正しく慎ましやかな淑女として振る舞い、侯爵家の方々と良好な関係を築いていました。


だから、私は彼女の行いに対して何も言えなかったのです。


リック様と結婚すると、彼女が私の義理の姉になるんですよね。


それだけが気がかりです。


ですがそんなことで、格上の侯爵家との縁談をなくすことはできません。


リック様がアルド殿下やリンデマン伯爵令息のように、誠心誠意進級パーティでのことを謝ってくれたのなら、私は彼を許そうと思っています。


私はブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢のように、世間の批判を跳ね除けるほど強くないのです。


それに私自身、彼とやり直したいと思っているのです。







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