第30話 体育祭のエピローグ①
借り人競争で更に勢いづいた俺たちのクラスは、綱引きやリレーなどでも好成績を収めた。
綱引きでは運動部の奴らが頑張った事もあって、俺たちのクラスは学年で二位に。
俺も綱引きには参加していたが、他の運動部の奴らと力やレベルが違いすぎて、もはや不必要なんじゃないか? と思えるぐらいに全然活躍できなかった。綱引きで仲間外れな気持ちになるの、俺があまりに非力すぎない?
それからリレーでは、琉生と茜のフィジカルモンスターコンビが躍動。
琉生と茜がそれぞれのリレー部門で大活躍した事もあり、男子別、女子別、男女混合リレーで二位、一位、三位という好成績で他クラスに大きな差をつける事ができた。
特に茜なんか、クラス対抗の女子リレーと男女混合リレーの二部門に出場してたからなぁ。
リレーはそれぞれの部門で間隔があいていたけど、全力で二回走る事はめちゃくちゃ大変だと思うし……どちらのリレーでも結果を残していたのは本当に凄かった。
「兄貴~っ! 私の走り見てたっ?」
「ちゃんと見てたよ。てか、マネージャーでフィジカルモンスターなの何? 反則でしょ君」
「まぁ選手として運動部に入部するのもよかったけど……私は野球が好きだったからねぇ。ふははっ! どんなもんだい!」
「あれだけ全力で走ってさ、何でこんなにも元気なの? 人造人間なの?」
「スポドリ飲んだから! スポドリ最高! スポドリ、イズ、ゴッド!」
いやもうスポーツドリンク中毒になってますやん。確かに美味しいけども!
そんな自慢げな様子で俺に話しかけてきた茜は、こうして一通りの会話が終わると、ジッと黙って俺の顔を見つめてくる。
茜は何だか少しソワソワしていて、俺に何かを言って欲しそうな様子だった。
「……茜? どした?」
「……せっかく頑張ったんだから、もっと褒めて欲しい。今いるここ、クラスのテントの後ろだから他の人もあんまり見てないよ? 表彰式の準備中でガヤガヤしてるし」
「でも褒めるっていっても、俺は何したらいいんだよ?」
「よ……よしよしとか?」
「よしよしって、頭を撫でるあの?」
俺が茜にそう問いかけると、茜は無言で首を縦に振る。誰がどう見ても、肯定の意味だろう。
そして茜は恥ずかしそうな様子で、次の俺の動きを待っている。
いやこれ、本当に俺が茜の頭をよしよしするのか? 本当にどういう状況なんだ?
俺の脳裏には、一つの考えが浮かんでいた。ただその考えは、俺からすると非現実でありえないようなものだ。
俺の心の中では、過去の自分が今の自分に色々と注意をする。昔の経験やら自分のスペックをちゃんと考えるべきだと、過去の自分が今の自分に言っている。
——そこで今度は、俺の脳裏に進藤さんの姿が浮かぶ。
体育祭が始まった時、俺と進藤さんは少し会話をした。似た者同士で協力関係だったからこそ、色々と深い話ができたと思う。
進藤さんは弱い俺の姿も知っているが、『否定』や『拒絶』はしなかった。本当の弱い俺を、進藤さんは『肯定』してくれたっけ。
自分に対して少し素直になっても……いいのかなぁ。
「あ、兄貴っ……?」
俺が色々と考えていて黙り込んでいたため、耐えかねた茜が口を開く。表情からも、不安げな気持ちになっているのが読み取れた。
「や、やっぱりこういうの嫌だよね! 兄貴を困らせちゃった。ほんとにごめん!」
過去の自分、強がっている自分、本当の自分、理性や欲望……色々な感情が俺の脳内でグルグルと回る。
ただこのままでは、俺は何も行動できなかった臆病な人間になってしまう。自分の気持ちや行動ぐらい、しっかりと自分で決断しないといけないよな。
そして覚悟を決めた俺は、茜の頭をよしよししようとして手を伸ばす。そんな俺の行動を茜も察知したのか、目をつぶって俺の方に少し頭を向けてきた。
「おーい茜~! 拓海~! そろそろ表彰式が始まるぞ~!」
「「う、うん!」」
俺の手がもうすぐで茜の頭に触れそうになった時、琉生の大きな声が聞こえてきて、俺と茜はその琉生の声に驚いて一旦離れた。
まだ触れる前かつ鈍感な琉生だったから助かったものの……危ない所だった。仮によしよししている所を見られていたら、何だか大きな勘違いをされそうだったからなぁ。
「い、いこっか兄貴!」
「お、おうそうだな」
色々とグダグダで中途半端になってしまい、俺と茜に気まずい空気が流れる。
ここはいつものふざけた感じで、適当に済ませておくべきだったかもしれない。
まぁでも……それは茜に失礼か。
「あ、あのさ兄貴」
「な、何だよ茜」
「私の事さ、ちょっと意識してドキドキした?」
茜はいつも通りの明るい感じで、俺にそう問いかけてきた。しかしそんな明るい表情の裏には、不安な表情が垣間見えた。
「ま、まぁここは素直に言うけど……そ、そのめちゃくちゃドキドキした。茜はその……魅力的な人だと思うし」
「……ありがと。今日の拓海、めちゃくちゃカッコ良かった! えへへっ」
そして茜は恥ずかしそうにしながら、表彰式が始まる事もあってグラウンドの方に走っていった。
——茜は本当にずるい。そこでの名前呼びは反則なんだよ……。
◇◇◇
「二年生のゆうーしょうはー! 二年二組ですっ!」
表彰式では予定通り、各学年ごとに優勝クラスと準優勝クラスが発表されていった。
俺たちのクラスである二年二組は、ほとんどの競技で好成績を収めていた事もあって、体育祭で優勝する事ができた。
表彰式前には優勝が確定しているような状況だったが、改めて表彰されると何だか嬉しい気持ちになる。
「理奈ちゃん~! 私たち勝ったよ~!」
「このトロフィー、理奈ちゃんに捧げようよ」
「理奈ちゃん、何か一言!」
そして表彰式が終わると、記念撮影などのクラスごとの時間に。俺たちは優勝した事もあるからか、身体は疲れているはずなのにテンションは高い。
「おい! 理奈ちゃんって言うな! 一応は担任だぞ!」
「ごめんなさーい」
「新井先生、今のお気持ちは?」
「恋人はいないけど、トロフィーはあるってことか。素敵やん」
新井先生のキャラや場が盛り上がっている事もあってか、新井先生が多くの生徒から弄られる。
新井先生、何だかんだで『理奈ちゃん』って呼ばれてるの、気に入りつつある様子なんだよなぁ。それがまたちょっと面白い。
「結果はあまりこだわらなくていいと思っていたが……優勝はやっぱり嬉しいものだな。私としても、凄く大きな思い出になった。ありがとう」
「理奈ちゃん……」
「理奈たん……」
「理奈様……」
おい! 新井先生の話で感動しているのはいいけど、何か理奈ちゃんの厄介オタクみたいなやついるぞ! 気をつけろ!
「体育祭を優勝したのは、私としても初めての経験だ。これからまた、もっと良いクラスにしていこう。あっ、あとこれは業務連絡なんだが、体育祭の片付けは二年生の担当だからしっかりとやるように。準備は一年の担当だったから、疲れているとは思うが我慢して頑張れ」
「鬼教師」
「人でなし」
「冷徹独身貴族」
「いくら何でも、言っていい事と悪い事があるぞ? 何人か呼び出さないといけない奴がいるなぁ?」
「やっぱ理奈ちゃん、怒ると怖い」
「だよねー」
「そこら辺がね、ネックとなってると」
「おい待てこらあっ!? 担任の先生である私の傷を深く抉るような事を言うな! そして私のメンタルが強いことを利用するなぁああぁぁぁ……!」
二組の皆から弄られる新井先生、可哀想な気持ちもあるけど面白さが勝つな。思わず俺も、我慢できずに吹き出して笑ってしまった。
こうして色々な事がありながらも、今年の体育祭は大成功で幕を閉じた。
あっ、まだ片付けがある? 片付けるまでが体育祭だって?
まぁそこら辺は、バレないように少しサボりながらやるので問題なし!
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