第29話 これにて
借り人競争を活かして進藤さんの問題を解決する策は成功し、体育祭の場を借りて色々とアピールする事ができた。
体育祭は何かと印象に残るだろうし、今後またトラブルがあった時にも色々な人に頼りやすくなる。
はぁああぁあ……本当によかった。
借り人競争に出場すると決まったことも突然だったし、何かと計画は立てたけど行き当たりばったりだったからなぁ。
生徒会長である玉島先輩や進藤さんのお父さんである孝蔵さんについても、考えなどが合わなかったら上手くいかなかった可能性もあったわけだしね。
まぁ……とりあえずは一段落だな。
「でも水城君さ、私はいいけどタカは本当に大丈夫かな」
「そこで倉島の事を考えられるのが、進藤さんの強みだよ」
「いやさ、私もタカの事はあんまり好きじゃないよ? でもさっきも言ったけど、これでタカとかがいじめられたら、私たちも悪人になっちゃうじゃん」
「正直、倉島についても自分自身の問題になると思う。あっ」
競技が終わった俺と進藤さんは、退場門をちょうど出たところぐらいで、何か言い争っているような倉島と孝蔵さんを見つける。
「あ、あの! 真紀が言ってる事だからまだ分かりませんよね!? ねっ? そ、そうでしょ!?」
「うーむ。とりあえずの話にはなるが、まずは娘の真紀とちゃんと話してからになるな。君のお父さん含め、またじっくりと話そう」
「え……そんな」
倉島は孝蔵さんと話していたが、未だどこか現実を受けいれられない様子だった。
そして倉島は孝蔵さんを説得できないと悟ると、今度は俺の方をチラッと見た後、鬼気迫る表情で俺に詰め寄ってくる。
「お前が……お前さえいなければっ!」
倉島は俺の胸ぐらを掴み、今にも俺に殴りかかるような素振りを見せる。
——正直に自分の気持ちを言うと、めちゃくちゃ怖い。
本当の俺は、メンタルが弱くてとても臆病な奴だ。今も身体が苦しくなるぐらい、心臓の鼓動が早くなっている。
ただ……ここで俺が引くわけにはいかない。ここで俺が負けたら、進藤さんの気持ちも、頑張った自分の姿も全て無駄になる。
俺は……自分を守るために頑張ってきたんだ。
「ち、ちょっとタカ」
「こればかりは私の責任だ。責めるなら私を責めなさい」
進藤さん親子が俺と倉島の間に入り、緊迫した雰囲気を何とか鎮めようとする。
しかし倉島はまだ俺を離そうとはせず、胸ぐらを掴んだまま俺を脅すような素振りを見せる。進藤さん親子の声も、全然耳に入っていない様子だった。
「お前がいなければっ! 俺は幸せだったんだっ! 絶対ぶん殴ってやるっ!」
「成功するかどうかとか、それはお前次第だろ。お前が今からでも頑張れば、いくらでも道はあるってのに」
「うるせぇっ! お前は黙ってろよ!」
「こっちもお前に一つ言っておく。俺は昔にいじめられた経験が結構あるから、お前一人ぐらいどうってことないんだよ」
俺の話している事は全くの嘘である。
いじめられた経験はあるが、この状況は普通に怖い。いじめとかさ、絶対に慣れるわけがないもん。俺が言った事は、ただ自分を強く見せるための詭弁のようなものにすぎない。
「お前は黙ってればいいんだよ! ほんと黙れよ!」
「お前こそ少し黙れ。いいか倉島? 俺を殴るのは勝手だけどな、これからの人生と進藤さんの気持ちを全て棒に振るつもりか?」
「あぁ? それはどういうことだよ」
「進藤さんはな、お前が責められないように最大限の配慮をしたんだ。あそこでお前の事をボロクソに言ってたら、どうなってたと思う?」
倉島は俺の言葉を聞くと少し冷静になったのか、俺を掴んでいた手を離して何か考え始める。
進藤さんがもし何も考えずに倉島の事を悪く言っていたら、倉島はほとんどの生徒から敵認定され、とても悲惨な状況になっていただろう。
体育祭の事、自分の事、そして倉島の事。この三つの点を考慮した進藤さんの気持ちを、無駄にすることなんてできないのだ。
「いいか倉島。進藤さんはな、お前がこれからも学校生活を上手くやっていけるようにしたんだぞ? 好きでもない相手にお前はそんな事ができるか?」
「……」
「それに俺を殴るのは自由だけど、ここで俺を殴れば内申点とかに大きく関わってくるだろ? それに進藤さんの優しさも全て無駄になる。これは説得なんかじゃない。明確な答えがそこにはもうあるだろ」
「でも、もう俺なんて」
「倉島は容姿も頭もあるんだから、何かと上手くやっていけるんじゃないかと俺は思う。それに俺が言う事じゃ絶対にないと思うけど……進藤さんを見返してやれよ。ここでやめれば、お前はまだ正しい世界で凄い奴になれる。今ならまだ少し喧嘩していたとか適当に話して、何かと誤魔化せると思うし」
俺がそう言うと、倉島の表情が怒りの表情から少し落ち着いた表情に変わる。もしかすると、俺の言っている事を少し理解してくれたのかもしれない。
「はっ。でも確かに……お前の言う事には筋が通ってる。それに俺だって、思い当たる節が全くないわけじゃない。そんな中で結局どうしていいか分からずに、ただ色々と暴れちまった。ごめん」
「いや、俺が倉島の立場だったら俺もそんな風になっていたと思う。俺も色々と強く言って本当に悪かった」
俺と倉島がお互いに自分の悪い所について謝ると、進藤さんもお父さんの孝蔵さんも、少し安心した表情に変わったのが見えた。
俺としてもいつ殴られてもおかしくなかった状況だったので、心の中で本当に殴られなくてよかった、と気持ちを落ち着かせる。痛いのはやっぱり嫌だもんね。
「えーと、確か水沢だったよな。ほんと凄いよお前。ってまぁ、俺が何言ってんだって話だけど」
「水城じゃぼけぇい! 水属性だけで覚えてるんとちゃうぞこらぁ!」
「わ、わりぃ」
「ま、そんな感じも倉島らしいと言えば倉島らしいけど」
「うるせぇよ!」
そんな会話をしながら、俺と倉島は普通に話している事が何かおかしく感じてしまって、二人で顔を見て笑い合った。
「ねぇお父さん。私、男の子の気持ちがちょっと分からないかも」
「真紀は分からないか。良くも悪くも、人間という生き物は適当で軽いんだ。だから浮気とかもするし、その逆でこうして仲良くもなれる。真紀もこんな時がいつか来るかもしれないぞ」
「うーん。人間ってさ、本当に難しいね」
「そうだな。私も真紀も倉島君も……間違えてばかりだ」
俺と倉島が笑い合っていると、横から進藤さん親子のこんな会話が聞こえてくる。
人生って本当に難しい事ばかりで、間違える事も多い。完全な人間なんて、この世には存在しないとつくづく思う。
だからこそ、失敗を活かして成長しろ! とか大人は言うんだろうな。
まぁ何はともあれ、こうして進藤さんの問題は無事に解決。
あとは家族での話し合いやらなんやらで、俺が関与しなくても大丈夫だと思う。きっと今よりも、家族の関係とかがどんどんと良くなっていくはずだ。
「ありがとね、水城君」
「こちらこそだよ、進藤さん」
「本当にさ、これこそ協力関係ってやつだよね」
「間違いない」
進藤さんと協力関係になって、改めて本当に良かった。あの偶然の出会いがなければ、進藤さんも俺も……今より幸せじゃなかったんだろうな、と思う。
というか今になって考えてみると、進藤さんと協力関係になっているの、結構信じられないよな。
こうして色んな事がありながらも、俺の学校生活は順調のままだ。
ただ少しずつ……俺の学校生活は移り変わっていく——
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