第23話 協力関係

「え~今日は天候にも恵まれ……」


 いよいよ今日は体育祭当日。


 体育祭の始まりは、学校行事特有の校長先生の挨拶からだ。校長先生には申し訳ないが、全く興味がないので早く終わってくれないかなぁとしか思ってない。

 校長先生、本当にごめんなさい。



 今年の体育祭は……いったいどうなるのだろうか?


 期待しちゃ……ダメなんだけどな。



◇◇◇



「兄貴! 私たちの事もちゃんと応援してよね!」

「拓海君は進藤さんに夢中ですからね」


 大縄跳びの競技前、俺はクラスの待機場所のテントにて、茜と松家さんと話していた。

 確か二人とも、大縄跳びに出場するんだよな。


「だから違うって! 俺はただ、進藤さんに協力しているだけだ!」

「茜さん、拓海君はこう供述してますよ?」

「うーん実に怪しいですねぇ」


 茜は某刑事ドラマの刑事の物真似をしながら、俺を見てニヤニヤと笑う。


 俺は犯罪者か何かですか? こりゃ何とも不憫すぎませんかね? この取り調べは違法だ!



「どいつもこいつも俺の扱いが雑なんだから」

「えへへ、ごめんごめん。兄貴には、ついこんな風に接したくなっちゃうの。玲奈ちゃんも分かるよね?」

「分かりますよ。水城君から出てくる味がたまりません」


 俺って昆布か何かなんですか? そもそも出てくる味って何? 俺から出汁出てるの?


「あっ、そろそろ入場門の方にいかなきゃ。兄貴もちゃんと私の事見ててね? じゃあ玲奈ちゃんいこっ!」

「行ってきますね拓海君」

「おう。二人とも頑張ってな」


 そうして俺の顔を見て笑いながら、茜と松家さんは入場門の方へと向かっていた。


 さてさて。


 琉生は新聞部の活動があるからグラウンドの方に行ったし、誠一は彩夏ちゃんと一緒に家族に会いに行って、今はクラスの待機場所にいない。



 茜に『ちゃんと見てて』って言われたし、少し寂しいけど一人で応援するか……と思っていると、俺の隣に一人の女子が座った。



「やぁやぁ水城君。お隣失礼するよ」

「……進藤さんか。俺の隣に来て大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ。それに問題が起きても、今更みたいなとこあるじゃん?」

「まぁ、それもそっか」


 進藤さんには事前に何となく話したが……今日、俺は進藤さんの問題をある程度片付けるつもりだ。

 

 問題を引き延ばしていても良い事はないだろうし、せっかくなら体育祭というイベントを有効活用しようと思う。

 前に皆と話した時、一つ良い案が思いついたからな。


「……水城君、本当に大丈夫? 上手くいくと信じたいけど」

「少なくとも、今の状況は大きく変えることができると思う。最終的には進藤さんの力に頼る事にはなると思うけど、いざとなったら俺が犠牲になるから」

「それはダメ。私の問題なんだから、最後は私が頑張るよ。まぁ、水城君は茜とかにデレデレしてて一人で楽しそうだったけどね?」

「デレデレなんかしてねぇ! まぁ茜はフレンドリーだから、たまに色々な壁をぶっ壊してくるんだよな……」

「いいじゃん。それだけ水城君が慕われている証拠でしょ?」


 慕われている、か。


 自分を少し変えて強く見せる事は想像以上に大変だったけど、こうして慕われているなら成功と言えるのだろう。


 ——これでいいんだ。


 自分のエゴは捨てないといけない。弱い自分は捨てないといけない。


 茜や松家さん達だって、本当の俺を知ったらどんな感情を持つか分からない。


 期待なんか……しちゃいけない。こんな弱い俺が、夢を持つ資格なんてないのだ。



「ねぇ水城君、こっち見て?」


 その言葉を受けて隣に座っている進藤さんの方を見ると、進藤さんはただただ優しく笑っていた。

 俺はその進藤さんの意図が分からず、少し困惑してしまう。


「私たちさ、前にちょっと話したじゃん?」

「そうだな」

「水城君が私に協力してくれるのは嬉しい。そに色々と話したことから、水城君の考えとかはある程度分かってるつもり」

「まぁ、似た者同士みたいな関係だしな」

「そうだね。だったら分かるんじゃない?」


 そして進藤さんは真剣な表情になり、俺の顔を見てハッキリと言った。


「水城君が私の力になってくれるように……私も水城君の力になりたいと思ってるんだよ?」


「……なんで、なんでなんだよ」



 なんで……なんでそんな優しい表情で、俺にそんな言葉をかけるんだよ。


 俺なんかどうしようもないような弱い人間で、助けられる資格なんて持ってないのに。


 どうして……どうして俺に優しくするんだ。



「私たちは似た者同士だからさ。本当の水城君が助けを求めてる事、何となく分かるんだ」


「……ダメなんだ。弱い自分を見せたら、また昔のように」


 昔のトラウマが脳裏によぎる。


『普通じゃない』


『変わってる』


『もう関わらない』


『そんな事もできないの?』



 昔の俺は大きな勘違いをしていた。


 何でも自分が受け入れられると思い込み、何も気にせずに俺はただただ日々を過ごしていた。


 その結果、俺はいつの間にか皆の世界から除け者にされた。

 皆にとって、俺は『普通』ではないから。


 バカにされた。いじめられた。酷い事も言われた。


 だから……だからもう……。



「水城君ってさ、自分に厳しいと思うんだよね」

「お、俺が?」

「だって私とか彩夏ちゃんとかには優しい癖に、自分の事はずっと否定してるじゃん」

「でも俺は、本当にダメ人間だと思うぞ?」


 自分の長所は全く思いつかないくせに、短所は無数に思いつくのだからしょうがない。これがネガティブ人間というやつである。

 俺に比べて、周りの皆が強すぎるんだよな……。



「ここからは私の考えも入るけどさ、私はね、この世界で完全な人はいないと思うの。そりゃあ、スポーツ選手とか経営者とか凄い人はたくさんいるよ? でもそんな人たちだって、欠点の一つぐらいはあると思う」


「だから欠点なんて気にしなくていいって?」


「ん~ちょっと違うかな。気にしすぎなくてもいいとは思うけど、欠点を直す事は普通にいい事だしね。その時はその時で、頑張ればいいと思うってことを言いたくて」


「俺なんかが頑張れるのかな」


「何言ってんの。今の拓海君がいるのは、過去の拓海君が頑張ったからでしょ? 水城君はいざという時、頑張れる男だよ」



 俺はその進藤さんの優しい言葉に思わず涙が出そうになり、進藤さんから顔をそむける。


 あぁそうか。


 ちゃんと……ちゃんと見てくれる人もいるんだ。



「でも私以外の皆も、思っている以上に水城君の事を理解していると思うよ」

「そ、そうか?」

「だって水城君、顔に出やすくて分かりやすいんだもん」


 そう言いながら俺の顔を覗き込んでくる進藤さんに、俺は少しドキッとしてしまう。

 

 進藤さんは俺が少し反応した事を面白がり、「あ、その反応その反応」と俺に指を差して笑っていた。



「進藤さんありがと。何か少し元気出たわ」

「言ったでしょ? 私たちは協力関係だって」

「あぁ。俺も頑張るしかないな」

「期待してるね。水城君もさ、今度は私の力になってよねっ?」


 ここまできて、進藤さんの頼みを断れるわけがない。

 今度は俺の番、ってことか。


 

 そしてグラウンドの方を見ると、大縄跳びが始まって茜や松家さんが頑張っている姿が目に入る。


 正確に何回飛んだのかは分からなかったが、かなり続いて跳んでいるように見えた。最終的にかなり良い結果になったのではないかと思う。


 それから少し経って終了の笛が鳴ると、茜と松家さんが俺たちの方を見て、笑顔でピースサインを見せてくる。


「ね? 皆もちゃんと水城君の事見てるでしょ?」

「……そうかもな」



 

 俺は少し笑いながら、茜と松家さんにピースサインを返した——







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る