第22話 決起集会②

 「あっ! 彩夏さ、せっかくだから進藤さんにも相談したらいいんじゃない?」


 進藤さんについての話がある程度落ち着いた後、何かを思い出したように晴菜が口を開いた。

 

 なるほど……この晴菜の提案はグットアイディアだな。



 前に進藤さんと話した時、俺と進藤さんは同じタイプの人間だという話をした。


 人生の難しさに悩まされ、大きな壁にぶつかって……俺たちはどこか少し欠けてしまった。

 俺たちは『普通』というグループから追い出された、悲しい人間なのだ。


 そんな俺や進藤さんと同じように、彩夏ちゃんもトラウマという大きな壁に苦しめられながら、難しい人生の道を頑張って力強く歩いている。


 前に彩夏ちゃんと話した時、昔の自分を少し思い出したんだっけ。進藤さんが今の俺なら、彩夏ちゃんは過去の俺って感じか。

 

 そう考えると、彩夏ちゃんと進藤さんの相性もかなりいいように感じる。彩夏ちゃんもまた、俺たちと同じタイプの人間だからな。


「えーと、彩夏ちゃん? だっけ。只野ただの君の妹さんだよね?」


「は、はい。え、えと……実は過去の出来事がトラウマになって、少し男性に恐怖を感じるようになってしまったんです。家族みたいに信頼できる人なら大丈夫なんですけど……」


「ふむふむ。水城君とかも彩夏ちゃんについては知ってる感じ?」


「そうだな。彩夏ちゃんは今、人間の下心に対してかなりの恐怖を感じるようになっている状況だと思う。普段の日常の会話だったりとか、信頼できる人ならギリギリ大丈夫って感じかな」


 一度の出来事がトラウマとなって、いつまでも脳裏にこびりつく。


 大丈夫と思った時でも……不意にトラウマがフラッシュバックして、俺たちの邪魔をしてくる。

 

 過去が鉛のように重い。


 俺だってそうだ。今の状況はかなり幸せだとは思うが、過去の事を思い出して怖くなる時がある。


 一度の失敗が命取りになる可能性がある。


 『普通』から大きく外れたら、自然と仲間外れにされる。


 本当の弱い自分を見せたら、皆に受け入れられなくなる。



 だからこそ、世の中の多くの人は自分をよく見せようとする。そして人生の難しさを知っているから、他人を大事にしろ、って多くの人が言うのだろう。


「なるほど。一つの要因で自分に大きなダメージが入って、瀕死状態になっちゃうから難しいよね。私もタカの事とかがあるから分かる。だいたいさ、どこにアイツを好きになる要素があるの? 教えてよ水城君」


「うーんまぁ……そうね。進藤さんが倉島の事を好きじゃないと知った今だから言えるけど、めちゃくちゃ嫌いなタイプではあるな」


「だよね。全て自分の思い通りに行くと思ってそうなのが腹立つ」


 進藤さんも意外と結構な毒吐くんだな……。倉島の事を好きなんだろうなと思っていただけに、なんかちょっと面白い。

 最初に会った時から、普通に俺と同じこと思ってたんかい!


「誠一、アニメと違って現実はこんな世界らしいぞ」

「許嫁ってアニメとかでよく出てくるけど……ヒロイン自体がそもそも嫌ってるパターンがあったなんてね。僕も驚きだよ」

「現実は厳しいなぁ」

「だねぇ」


 俺はオタク仲間でもある誠一に話しかけ、現実と二次元の世界の違いをしみじみと感じながら、現実の厳しさについて話す。

 俺たちが生きている『現実』は、絵本やアニメのような幸せな世界じゃないんだよなぁ。


「まぁ色々と私の事で脱線しちゃったけどさ、彩夏ちゃんも常に味方がいると思って堂々としてたら大丈夫じゃないかな? 頼れる友達や家族もいるし、何かあったら私も力になるよ。私は私で、水城君を使いながら上手くやるからさ?」

「おおおぉい! 良い話が最後で台無しじゃねぇか! 進藤さんに協力するとは言ったけど!」

「ごめんごめん。まぁ……彩夏ちゃんも色々と人に頼りながら、ゆっくり頑張ってこ?」

「は、はい!」


 進藤さんの接し方、意外と上手い。


 俺を利用しようとしたみたいな話もあったし、俯瞰的に物事が見られてるんだろうな。補習の時も理解力は高いと感じたし、地頭がいいのかもしれない。


「ねぇねぇ水城君。話も話で少し暗くなっちゃったし、何か面白い話してよ」

「……それは無茶ぶりすぎない?」

「私も兄貴の面白い話聞きたい! 明るい空気にしてよ! 来週は体育祭なんだし!」

「茜も私に賛同してくれると思ってた」

「もちろん!」


 暗い話が続いたという事もあって、少し空気を変えようとは思っていたけど……茜と進藤さんからとんでもないパスが飛んできた。この二人、混ぜるな危険。

 それに誠一や琉生たちも「お~!」と盛り上げてくるし……。


 俺はそんな面白い人間じゃないんだけどな。というか、実力がある芸人さんでもこのフリはきついと思うんだが?


「ふふっ、困ってるね水城君。グループで盛り上がる話と言えば、大体は決まってるでしょ?」

「……というと?」

「そりゃあもちろん、恋バナでしょ。私、水城君の恋バナ聞きたいなぁ」


 俺が何も知らない状態で、クラスのマドンナでもある進藤さんに言われたら、ちょっと喜んでいたかもしれない。


 ただ、この状況は全く喜べない。


 進藤さんは協力関係になったという事もあって、俺の内面をある程度知っている。そして時々、俺をイジってくることもある。


 ここまでくればもうお分かりですね?


 そう! 俺を困らせて一人で楽しむために仕掛けた、進藤さんのいたずらだったのだ!


 俺の隣に座る進藤さんは、「どうだ」と言わんばかりに意地悪そうに笑ってる。

 

 何か俺だけイジり多くない? ちょいと不平等すぎませんかね?


「水城君はさ、借り人競争にも出るわけじゃん。お題によっては告白チャンスかもよ?」


 借り人競争を改めて説明すると、書かれていたお題に当てはまる人を探し、一緒に走ってゴールする競技だ。この競技はお祭り枠みたいなもので、毎年盛り上がる事でも有名である。


 もちろん……お題によっては告白するチャンスもあるだろう。

 俺が告白なんてするわけがないので、そんなお題が来たところでめちゃくちゃ困るだけなんだけど。



 いや待てよ? これ、意外とアリじゃないか?



「ねぇ進藤さん。体育祭当日、進藤さんの親って来たりする? 俺の親は仕事で忙しくて来れないみたいだけど」

「えっ、ま、まぁ……タカもいるし、来るとは思うけど」

「了解。それだけ聞ければ十分」

「きゅ、急にどうしたの?」

「いや別に。何でもないよ」


 確か借り人競争で一位になれば、放送部と生徒会によるインタビューがあったはず。マイクを持てるそのタイミングこそが、告白チャンスだったよな。


「進藤さんありがとう。いい案を思いついたよ」

「う、うん。どういたしまして?」


 進藤さん以外の他の人も、俺が何を考えているかは分かっていない様子だった。


 よしよし。これはにしておこう。どうせ、俺が話すわけでもなさそうだしな。


「え、えっ!? あ、兄貴はそういう恋愛とか興味ないよね!? 皆無だもんね!?」

「お、おう。ただそこまで言われると、ちょっと傷つくんだが?」

「だ、大丈夫! い、いい方だから!」


 茜の言っている事は俺の考えと合っているし、正しいは正しいんだが……なんかストレートに言われると、流石にちょっとへこむな。


 いい要素も大丈夫な要素も全くないと思うんだが?


「大丈夫です! いざとなったら、私と彩夏ちゃんで先輩の後始末をしますから!」

「何で俺が誰かにやられてる前提なんだよ。別のトラウマが生まれるよそれ」


 後輩の晴菜さん? 勝手に俺を片付けないでくれる? 

 こんな俺でも、人生は出来るだけ長く生きたいとは思っているんだから、優しくして?


「拓海君も卑下のし過ぎはダメですよ? 倉島君みたいな愚か者なら別ですが」

「いや松家さんこわっ! 仮にも進藤さんの相手だよ?」

「いやいや。あんなクソ野郎は庇わなくていいよ。水城君の事も馬鹿にしてたし、腸ぐらい引きずり出しても文句言えないでしょ」

「進藤さんも怖いって。松家さんも進藤さんも何かしそうな雰囲気出すのやめて?」


 よーし! 絶対、進藤さんと松家さんを怒らせないようにしよっと! 

 敵に回したら一番ダメなタイプだねこれ。


「水城君が心配する必要はないよ。タカの実家も太いし、モテるはモテるからね。青春の空気をいつも感じて、パートナーがいなくて悲しんでいる理奈ちゃんよりマシだよ」

「あっ……」


 理奈ちゃんこと、新井先生に合掌。そして永遠の祈りを捧げます……。







 そしてついに……体育祭が始まる——




 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る