第20話 本当は

 進藤さんとの二人三脚の練習は、思いのほか順調だった。


 最初は気持ちも全然揃っていなくて何回もコケそうになったが……歩幅とペースを進藤さんに合わせる事を意識すると、先ほどまでが嘘のようにスムーズに進んだ。


 足の出し方やリズム、歩幅を合わせるなど……二人三脚ってかなり奥が深いんだな。


「これならグループの中で一位取れるんじゃない? 水城君が私に合わせてくれたから、私としてもとても走りやすかったよ」

「思ったよりも上手くいったな。俺も進藤さんに何とか合わせる事ができたよ」

「そんな水城君には、合わせマスターの称号を授けよう」

「何だその微妙に喜びにくい称号は」


 何回か進藤さんと練習した後、俺たちは練習の感想を話しながら少し休憩する。


 自発的に動くのは大の苦手だが、人と合わせる事はまぁまぁできる。


 まぁ……できるというより、自分の目指した姿がこれだったからな。


 この世界では、『普通』から外れるだけで風当たりが強くなる。ただこれは逆に言うと、『普通』になれれば安全に生きられるということになる。


 『普通』以下は世界から切り捨てられ、『普通』以上のものは妬まれて過剰に攻撃される。


 一部の人は『普通』と言われるような安定した道から外れ、果敢に挑戦して大成功する場合もあるが……俺はそういうではない。


『普通』に見せる……『普通』な存在になる事で、何とか俺は生きていくことができるのだ。



 そんな風になんて人生は難しいんだ……と、俺は悲観的になりながらグラウンドを眺めていると、俺の知っている後輩が視界に入った。


 知っている後輩と言っても、俺の知っている後輩は二人しかない。


「あっ、拓海先輩だ! 彩夏も一緒に行こうよ!」

「う、うん」


 部活に入っていない俺が知っている後輩と言えば、誠一の妹である彩夏ちゃんとその友達の晴菜の二人だ。


 二人も俺に気付いたようで俺たちの方に近寄ってくるが、俺の隣にいた進藤さんを見ると、二人とも驚いて俺たちの前で固まる。


「た、た、拓海先輩が……また違う可愛い人とイチャイチャしてるぅ~!」

「おい晴菜! 人聞きの悪い事を大きな声で言うな!」

「え~私は別に、水城君とイチャイチャしてもいいよ?」

「いや進藤さんも余計な事言わないで? これ以上話をややこしくしないで?」


 茜に松家さんに晴菜に進藤さん……ボケたがりな女子、俺の周りにちょいと多すぎやしませんかね?

 

「あ、あっ……水城さんこんにちは」


 そんなボケたがりな女子たちとは対照的に、物静かな彩夏ちゃんが俺を見て声をかけてくれた。

  

 彩夏ちゃんはやっぱり天使。ハッキリわかんだね。


「まぁ二人にも事情を説明すると……俺と俺の隣にいる進藤さんで、二人三脚に出場するんだよ。今日はその練習」

「そうだよ! 私は進藤しんどう 真紀まき。水城君とは同じクラスだけど、私にはもう恋人がいるから水城君とはイチャイチャできないね。残念」

「進藤さんには恋人がいるんだから、残念がらなくていいでしょ」

「え~私は結構本気だよ~?」

「はいはい」


 俺は後輩の二人に簡単な事情を説明する。俺だから変な勘違いはしないと思うが、一応は簡単に説明しておいた方がいいだろう。


 そして俺の後、進藤さんも後輩二人に軽い自己紹介をした。


 それにしても、進藤さんが何を考えているかは相変わらずよく分からないな……。ただ単に俺をからかっているだけか?


「進藤さんも悪ふざけしなくていいから。二人は何の競技に出場するの?」


「私の出場する競技は、玉入れと台風の目です! 彩夏は玉入れだけだったっけ?」

「う、うん。い、イベントはあまり得意じゃないから……」

「なので、私が彩夏のサポートをしつつ、クラスの為にも貢献できるよう頑張りたいと思います!」

「あ、ありがとう」

「大丈夫だって彩夏~! 気にしないでよ!」


 何だよこの関係……最高じゃねぇか。尊すぎるから、もう一生このままの関係でいて欲しいぜ。

 

 誠一と後輩ズにしろ、琉生と松家さんにしろ、茜や進藤さんにしろ、見ている分にはとても良い。

 ラブコメ好きの俺からしたら、リアルでラブコメの世界を見ている感じがして最高なのである。


 少しにはなるが、本当に自分を変えてよかった。結局、世渡り上手な奴がこの世界では最強だからな。


「彩夏ちゃんたちも色々と大変だとは思うけど、お互いに頑張ろうな」


「はいっ! お互いにベスト尽くして頑張りましょう! 拓海先輩の出る競技、楽しみにしてますね?」

「まっ、またよろしくお願いします……」


 そして彩夏ちゃんと晴菜の二人は、俺たちに手を振りながら人の集まっている方へと向かっていった。おそらく、彩夏ちゃんたちも友達何人かで練習しているのだろう。



 そうして俺が後輩二人を見送ると、進藤さんがニヤニヤ笑いながら肘で俺の身体をつつく。


「へぇ~水城君も隅に置けないね? 可愛い後輩までいたとは」

「そんな思っているような関係じゃないって。友達の妹と、その友達ってだけ」

「でも未来はどうなるか分からないじゃん?」

「それはそうだけども」


 俺は進藤さんがまた俺を茶化しているんだろうとすぐに思ったが、徐々に進藤さんの声のトーンが下がったことで、その考えを改める。


 いつもの進藤さんとは違う雰囲気を、俺は何となく感じ取ったのだ。



「私はさ、もう決まっちゃってるから。だからまだ無限の可能性がある水城君は、頑張って欲しいなーなんて。私はそう思っちゃうかな」

「それってさ、もしかして……」



 俺の脳裏に一つの考えが浮かぶ。


 俺はここまで、進藤さんはしているものだと思っていた。


 倉島との関係だって、俺は何も知らずにただただ良いなぁと思っていただけだった。


 ただ実際は、全く納得なんかしていなくて。


 その嫌な現実も全て受け入れた、一人の強い人間なのかもしれない。



「……進藤さんって、もしかしてめちゃくちゃ頑張ってる?」

「それはでしょ。辛い事の方が多い人生だけど、私は幸せに生きたいの。水城君だって、ちょっと無理しているみたいだし」

「……気づいてたのか」

「当たり前でしょ。私は水城君を初めて教室で見た時から思ってたよ。私と同じタイプの人間だなって」


 進藤さんは俺が最初に琉生たちと教室に入ってきた時から、俺の本質に気付いていたのか。何と恐ろしい。


 そして補習、体育祭と……俺に絡んできた事も繋がっていく。


「私は悪い子だって言ったでしょ? 水城君は私と同じタイプの人間だと思ったから、することにしたんだよ」

「利用って具体的には?」

「水城君は、いわば私が親に反抗するための一つの道具。勉強をしないのも、水城君とタカを合わせたのも全て私の作戦」

「……その狙いは?」

「私の人生だもん。親の言いなりになんてなりたくない。私は親に反抗して、好きなように生きるんだから」


 進藤さんが今日のこの時間に体育祭練習をしようと誘った事、俺と倉島を出会わせた事、俺を二人三脚に誘った事……今までの疑問がだんだんと解消されていく。


 全ては親の言いなりになりたくなかったから。


 それが進藤さんの行動原理であって、俺に絡んできた最大の理由だったのだ。


「もしかして、進藤さんが部活を辞めたのも何か関係があったり?」

「水城君の想像通りかな。元々は部活に対して熱もなかったし、同じ部活の子を利用しようとした。それにタカも絡んできて、色々とギスギスしちゃったって感じ」

「だから今度は、自分と同じタイプの人間を仲間にしようと思ったわけか」

「うん。どう? 本当の私を知って幻滅した?」


 ——普通の人なら、この進藤さんの質問にどう答えるのだろう。


 

 普通の人なら、本当の進藤さんを見て幻滅するのかもしれない。もしかすると、利用された事に腹を立てる奴もいるかもしれない。


 ただ……俺は進藤さんに更なる魅力を感じていた。


 進藤さんにもこんな人間らしい一面があった事に、俺はどこか嬉しさを感じてしまったのかもしれない。


 人生に苦しんでいる、生きづらいと思っている仲間を見つけたからなのだろうか?



「いや、俺はむしろ嬉しいよ。進藤さんが俺に話しかけてくれたこと、そして進藤さんも闇を抱えていた事がさ。何というか、俺以外にも仲間がいたんだって感じがしてさ」

「……なるほど。水城君は私に対して、そんな感情を抱くんだ」

「普通の人だったらどう思うかは気になるけどさ。俺と進藤さんは、闇を抱えている似た者同士の関係でしょ? だったら、こう思うのが普通じゃないのかなって俺は思うかな」


 これが俺たちの『普通』。


 周りから見たら変なのかもしれない。所詮は子供が考えた浅はかなものなのかもしれない。


 それでも俺は、自分や進藤さんが間違っているなんて思いたくはない。


 生きづらさを感じている似た者同士の関係だからこそ、進藤さんには幸せになって欲しいと俺は思ってしまうのだ。


「じゃあ……水城君は私に協力してくれるって事でいい?」

「いいよ。ただ俺にも自分の考えがあるから、自分の考えを押し通す時はあるかもしれない」

「りょーかい。じゃあ、とりあえずは同盟成立だね」


 こうして俺と進藤さんは同盟を結び、協力関係になった。


 これからどうなっていくのかは誰にも分からない。



 ただ俺は何となく……これからの未来が良くなっていくような気がした——


 

 


 

 


 



 

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