第19話 動き出す
体育祭のメンバー決めも行われたことで体育祭練習も始まり、校内は一気に体育祭ムードになった。
新学期になった事で皆の気分が高揚している事も、色々とプラスに働いているのだろう。
そんな中、俺と進藤さんは一緒に体育祭の練習を放課後にすることになった。
『二人三脚は難しいから』と進藤さんから練習しようという提案があり、俺としても練習はしておきたかったので、俺は進藤さんの提案を受けた。まぁ……断る理由もなかったしな。
放課後にグラウンドに行くと、多くの生徒が体育祭の競技を練習していた。
体育祭前の時期になると、基本的には部活動より学校行事である体育祭が優先される形になる。この時期にしか見れない特別な光景のグラウンドは、非日常な感じがして好きだな。
「そういやさ、水城君は部活入ってないの?」
俺の左隣にいる進藤さんが、この特別感があるグラウンドの空気を味わいながら俺に部活の事を聞いてきた。
「入ってないよ。部活ってただただ面倒なだけだし」
嘘をついたり見栄を張っても意味がないので、俺は進藤さんに部活に入っていない事を正直に話す。
特にしたい事がない俺にとっては、部活は邪魔なものでしかないからな。時間は縛られるし、色々と大変だし。
俺は早く帰って、ゲームしたりアニメ見たりしたいんだよ。
「その水城君の気持ち分かるなぁ。私もそんな感じで、今は帰宅部を満喫してる」
「元々は何部に入ってたんだ?」
「テニス部。入った当初は楽しかったんだけどね。練習もきついしそれに……色々とギスギスしちゃって」
「ギスギス、というのは?」
「恋愛関係でちょっとね。女子の世界も色々と大変なんだよ」
進藤さんはメチャクチャモテる分、問題も増えるって事か。どんな人でも、悩みの一つや二つはあるんだな。
それに、進藤さんには倉島の事もある。
容姿だけで言えば倉島も進藤さんに負けないぐらい優れているし、かなりモテるんだろうなとは思う。
進藤さんと倉島は婚約関係という事を一応は隠し、学校では普通の恋人の関係として過ごしている。
ただ……恋人がいたとしても諦めずに、玉砕覚悟で告白するタイプの人も一定数存在する。
なかには全く知らない人から急に告白とかもされるわけで……そんな事を考えると、モテるっていうこともかなり大変なんだなぁ。
「まぁそんな暗い話は置いておいてさ、二人三脚の練習しよっ?」
「そうだな。どこら辺で練習する?」
俺の質問に進藤さんは『うーん』と少し考えた後、一つの答えを出した。
「とりあえず、グラウンドの真ん中ぐらいのところに移動しようよ。二人三脚で走るわけだしさ?」
「確かに真ん中の方がいいな。移動しようか」
進藤さんの考えに俺も納得し、俺と進藤さんはグラウンドの真ん中の方に向かって移動し始める。
「水城君の出場する競技って、二人三脚と綱引きだっけ?」
「借り人競争も出るよ。くじで決まっちゃってね」
「うわ~大変だね。私もめちゃくちゃ応援するね」
「進藤さんに応援されるのも、それはそれでプレッシャーになるんだけど」
「大丈夫だって。水城君も体育祭楽しもうね」
俺たちはグラウンドをゆっくりと歩きながら、体育祭についての話をする。
進藤さんに応援されるのは素直に嬉しいが、他の男子と倉島からの反応に俺は耐えられない。
絶対なんか嫌がらせしてくるじゃん、
「でもごめんね。水城君も体育祭で出場したい競技とか、何かしたい事があったのかもしれないのに……私が強引に二人三脚に誘っちゃって」
「全然いいよ。特にしたい事もなかったし」
「本当っ? でも松家さんたちには悪い事しちゃったから、今度謝らないとなぁ」
「松家さんや茜がどうかしたのか?」
女子の体育祭のメンバー決めがどんな感じだったのか、俺は詳しく知らない。
強いて言うなら、茜が俺と進藤さんの絡みに驚いていたぐらいか。
「あれ、水城君は知らなかったの? 二人とも、水城君と一緒に二人三脚に出場したがってたよ。口には出していないけど分かる。女の勘ってやつ!」
「いや勘かよ。でもそんな事あるか? 二人とも仲は良いけどさ……」
「私としては、結構自信ありなんだけどなぁ。私が水城君に話しかけた時も凄く驚いてたわけだし」
「そもそも、進藤さんの影響力がありすぎなんだよ。俺と絡んで逆に大丈夫?」
「へーきへーき。水城君なら大丈夫だよ」
女の勘はよく当たるって言うけど、この事はにわかには信じられない。
そもそも、茜には館山、松家さんには琉生がいるのにわざわざ俺と組みたいか?
それに進藤さんは自分の影響力に対して気づいていないというか、低く見積もっている感じがある。
琉生たちが傍にいる事で何とかスクールカーストの真ん中にいる俺と、何もしなくてもスクールカースト最上位にいる進藤さんが絡んだら、皆驚くに決まっているのだ。
進藤さんは何を思って『大丈夫』と言っているのか分からないが……。
「おっ、真紀じゃねぇか! なにしてるんだよ!」
そう話しながら、俺と進藤さんがグラウンドの真ん中の方へ行くと、どこからか聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。おそらく、進藤さんにもこの声がはっきりと聞こえただろう。
そしてこの喋り方と声、そして進藤さんを名前で呼ぶ男……心当たりがある。
「おっ、えーと誰だっけ。水沢? 水谷? 水本?」
「ちょっとタカ。水城君だよ」
「あ~そうだったそうだった。水城か」
進藤さんと婚約関係でもある倉島が、俺たちを見つけて近づいてきた。
うわぁ……マジで面倒くせぇ。俺の名前も覚えてないし。
しかも『水』だけ変に覚えてんじゃねぇよ。水属性のモンスターじゃねぇぞ俺は。
「タカも体育祭練習でしょ?」
「おう。まぁ、練習も結構怠いけどな。何なら一緒に帰るか」
「だーめ。今日は水城君と二人三脚の練習するから」
「は? 何それどういう事?」
倉島は、自分の許嫁が他の男とペアで二人三脚に出場することにご立腹な様子だ。
気持ちは分からなくもないが、普段の様子と言い方もあって気が小さい人間だなぁと思ってしまう。すまんな倉島。
それに、進藤さんも進藤さんだ。
長い付き合いで倉島の性格も理解しているだろうに、わざと倉島の嫉妬心を煽るような言い方をするんだから。
「いや~余った競技が二人三脚ぐらいしかなくてさ。補習の時も助けてくれたし、水城君は恋人もいるみたいだから安心でしょ?」
進藤さん……嘘に嘘を重ねてる。
俺に恋人がいるわけもないし、二人三脚だけが余っていたわけでもない。そもそも、二人三脚には進藤さんから誘ってきたわけだし。
進藤さんの話を聞いた倉島は、採点するかのように俺の全身をじーっと見た後、何かに納得したのかウンウンと首を二、三回縦に振った。
「まっ、それならいいわ。水城? の感じも大体わかったし。今日は先帰ってるわ」
「りょーかい。タカ、また明日ね」
倉島は俺と進藤さんの関係は大丈夫だと考え、グラウンドを後にした。多くは語らなかったが、
ただ倉島はまだいい。分からなくて怖いのは……進藤さんの方だ。
「ごめんね。私の都合で水城君にも迷惑かけちゃった」
「ま、まぁそれはいいけど……。嘘をついたのはよかったの?」
「タカは単純だから平気だよ。それに、水城君も恋人ぐらいいるんじゃないの?」
「俺のどこをどう見てそう思ったの? いるわけがないって」
「ふーん……」
俺は進藤さんが何を考えているか分からず、様子を見ながら進藤さんの狙いについて考える。
単に仲を深めたいだけ? 俺をからかっている? それともこれが自然な進藤さんの姿?
色々な考えが浮かぶが、どれもしっくりこない。
「水城君さ、まずは一回二人三脚をやってみようよ。そこから課題を見つけて、練習していけばいいんじゃない?」
「そ、そうだな」
いやな想像もしてしまった俺だったが、ひとまずはこの二人三脚の練習を頑張ることにする。
もしかすると、俺の高校生活は少しずつ動き出しているのかもしれない——
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