第16話 お前もラブコメ属性持ってるんかい
「進藤さんも勉強嫌いなの?」
実力テストの結果が悪かったために数学の補習を受けていた俺は、同じく補習を受けている進藤さんと少し話していた。
「仕方なくはやってるけど……嫌いだなぁ。でも水城君は偉いよ。私なんか、普段はちゃんと理解しようと思ってないし」
「ど、どういうこと?」
「私にも色々と事情があってね。勉強はしたくなかったんだけど、高校は流石に卒業した方が良いかなぁと思って、今は最低限の勉強をしてる感じ」
「は、はぁ。なるほど」
俺たちは補習のプリントをゆっくりと進めつつ、会話を続ける。
どうやら、進藤さんには何か複雑な事情がありそうだ。その複雑な事情は置いておいても、勉強は大嫌いそうだけど。
「何か進藤さんって、優等生というか勉強が好きそうなイメージだった」
「全然違うよ。私は勉強が大嫌いだし、本当は水城君が思ってるよりも悪い子かもね?」
進藤さんはそう言いながら、小悪魔のような笑みを浮かべる。
俺が進藤さんに持っていたイメージとは違ったが、これはこれで人間味もあって凄く良いな。
そりゃあ……モテるに決まってるよなぁ。
でもまぁ恋人とかは流石にいるだろうし、俺がどうこうしようといった気持ちもない。
――俺は弱い人間だから。
俺はこの世界で輝く事が出来るような人間ではない。自分に期待するのは、全て無駄だと分かっている。
だからこそ、俺は自分に対して何も思わないようにしなければならない。不器用を隠し、自分を器用な人間に見せて何となくで生きていていくしかないのだ。
そう、俺は俺なんだから。って、それは当たり前か。なにこれ哲学?
それからも俺と進藤さんは話しながら、補習のノルマであるプリントをどんどんと進めた。
進藤さんも勉強が大嫌いという割には理解力が高く、分からない問題も俺に教えてもらったり解説を見る事で理解していき、どんどんと問題を解き進めていった。
「進藤さんも理解力は高いと思うし、真面目に取り組めばめちゃくちゃ頭良くなりそう」
「でもねぇ……今のところ、真面目に取り組みたくないって思っちゃうんだよねぇ。水城君ならわかるでしょ?」
「めちゃくちゃ分かる。勉強が嫌いすぎるんだよなぁ」
何であんなに勉強って好きになれないんだろうね。そもそもの話、俺が努力できない人間っていうのもあるんだろうだけどさ。
進藤さんもそういう理由があって、勉強を嫌っているのだろうか?
俺は色々と進藤さんの事が気になったが、まだ知り合ったばかりで特殊な関係でもないので、進藤さんに質問するのをやめた。
とりあえずは、もうすぐで終わりそうな補習のプリントに集中する事にしよう。
◇◇◇
集中するとプリントの問題を解く速度も更に上がり、テストの解説なども参考にしながら、補習の課題であるプリントを終わらせる事ができた。
解き終わって隣をチラッと見ると、進藤さんもシャーペンを置いて「うーん」と身体を伸ばしていた。
「あっ、水城君も補習のプリント終わった?」
身体を伸ばし終わって俺の視線に気づいたのか、進藤さんが俺に問いかけてくる。
『水城君も』という事は、進藤さんもほぼ俺と同じタイミングで補習のプリントが終わったのだろう。
「進藤さんも終わったみたいだね」
「水城君が色々と教えてくれたおかげだよ。だいぶ参考になった」
「教えるのはまぁまぁ得意だから。解き方を思い出したり、理解するのは大変だけど」
「それはそうだよねぇ。じゃっ、理奈ちゃんにプリント出そっか」
俺たちは席を立ち、新井先生にプリントを提出しに行く。新井先生の呼び方は、やっぱり『理奈ちゃん』で生徒の間では定着しているんだな。
新井先生は黒板にプリントの問題を解くヒントを色々と書いていたが、俺たちが席を立ったことを確認してチョークを置く。
「おっ、もうできたのか。どれどれ」
新井先生は俺と進藤さんのプリントを受け取ると、答えと見比べながら俺たちのプリントを採点していく。
俺のプリントも進藤さんのプリントも気持ちいいように丸が付いていき、一度もバツが付く事はなかった。普段では絶対に見られない光景である。
「二人とも合格だな。やればできるんだから、二人とも真面目に取り組めばテストもできたんじゃないのか?」
「あはは……私、勉強は本当に苦手なので」
「俺も勉強は得意じゃないし、春休みは全然勉強してなかったんで」
俺たちの補習のプリントを見た新井先生が少し笑いながら話しかけてくるが、進藤さんも俺も勉強を頑張りたくはないので、新井先生の言葉を上手く
「全く同じ人間はいないわけだし、得意な事や好きな事がもっと活かせる世の中になったらいいとは思うけどな。でも現実はそこまで甘くないから、最低限の勉強はしとくように。まぁ、今日はお疲れ様」
「「ありがとうございました」」
俺たちは新井先生から合格した補習のプリントを受け取り、自分の荷物を持って教室を出る。
一時間が経つか経たないかぐらいで補習が終わったので、今日のところはまだよしとしよう。帰って休みながら、ゆっくりとアニメを見ることにするか。
「改めて今日はありがとね。水城君のおかげで早く終わったよ」
「こういうのは助け合いなわけだし、進藤さんの理解力あっての事だと思うから気にしなくていいって」
「そう? でもそっか。私たち、これから二年間は同じクラスなんだ。改めてよろしくね。それとせっかくだし、お互いに連絡先交換しようよ」
「もちろん」
教室を出た俺と進藤さんは互いに自分のスマホを取り出し、廊下で話しながらメッセージアプリの連絡先を交換する。
そういや、こんな形で誰かと高校で知り合うのは初めてだな。
琉生と仲良くなった時も琉生から話しかけてくれたわけだし、茜や誠一と仲良くなった時も琉生繋がりだったもんなぁ。
それに他のクラスメイトとたまに話す時もだいたい琉生繋がりだし……役得すぎるなこのポジション。
「おっ、ちょうどよかった! 一緒に帰ろうぜ
俺と進藤さんの空間を切り裂くように、後ろの方から男の大きい声が聞こえた。
『真紀』というのは進藤さんの名前なわけだし、進藤さんとかなり親しい人なのだろうか?
「タカじゃん。どしたの?」
「そろそろ補習が終わる頃かと思ってよ。てか、こいつ誰?」
「水城 拓海くんだよ。同じクラスメイトで、補習の時手伝ってくれたの」
「ふーん」
進藤さんが『タカ』と呼ぶこの男……正直に言うと俺の苦手なタイプすぎてめちゃくちゃ困る。
絶対に俺を少し見下しているような目してるし……。
あっ、あれだ。あの野球部のエースの館山と一緒の感じだわ。道理で俺が苦手と思うわけですわ。
「水城君にも説明するね。えーと」
「俺は二年五組の、
倉島が進藤さんの言葉を遮るような形で俺に自己紹介をする。
ふーん、許嫁ね。
確かに倉島も嫌いな人種ではあるけど、輪郭もシュッとしていてガタイも良さそうだし、進藤さんと付き合っていても不思議ではない。
許嫁ねぇ。許嫁かぁ。許嫁なんだね~。
進藤さんも倉島もモテそうだしなぁ。そんな関係でも……
うん? ちょっと待って?
「許嫁? その、あの漫画とかで出てくるあの?」
「それ以外に何があるって言うんだよ」
「ちょっとタカ。許嫁とかの事はややこしくなるから、言わないでって前に話したじゃん。もうこの事が噂として、少し学校で広まってきてるんだよ?」
「おっ、悪い悪い。ちょっと俺の悪いところが出ちまった。この事は内緒な」
い、い、許嫁ぇぇぇええええええええ!?
何だろうこれ。もうラブコメやめてもらっていいですか?
てか、倉島の奴。俺に対して、進藤さんの事をわざと言いやがったな。
『悪いところ』について、倉島はおっちょこちょいとかうっかりなところのように見せているが、実際は違うと思う。
どうせ俺と進藤さんが話している様子を見て、マウントを取りたくなったとかそんな幼稚な考えだろう。
これで間違っていたら全力謝罪案件ではあるが、直感と俺の過去の経験が間違っていないと証明しているように感じた。
ただ、これは俺がどうこう言えるような問題ではない。
進藤さんが倉島の事を好きなのは自由だし、その逆だってもちろん自由。
この世界で、人のプライバシーを侵害する権利は誰にだってないのだ。
倉島とは対照的で進藤さんはあまり楽しくなさそうにも見えたが、それは流石に気のせいか。
恋人関係って、意外と長く続いているとドライになったりするもんな。
そうして思わぬ形で進藤さんの秘密? を知った俺は、進藤さんたちと別れて家に帰るために一人で駅に向かった。
別に進藤さんに対しては特別な感情も持っていないし、まだ全然親密でもない。
ただ何だろう。何故か少し変な気持ちになってしまう。
倉島が自分の嫌いなタイプの人間だからだろうか?
「何かヒロインを寝取られた主人公の気持ちが、少し分かった気持ちがするな」
俺は駅のベンチに座って誰かに話しかけるわけでもなく、一人でボソッとそう呟いた——。
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