第15話 マドンナ

 入学式の次の日。


 俺たち二年生にとっては、今日から本格的に新学期が始まっていく。


 といってもいきなり授業が始まるわけでなく、今日は春休み明けの実力テストが行われる日だ。来月には中間テストもあるというのに、何とも酷い話である。


 えっ、テストなのに全然焦ってないって?  


 実はこのテスト、成績には何にも影響がないんですねぇ。


 このテストの目的は、長期休暇が明けて自分の学力がどれぐらいのレベルになっているのかを明確にするという事。

 成績とは全くの無関係であるので、定期テストのように焦る必要はないって事だ。


 余裕余裕。何ならみっちりと授業を受ける方が辛いまであるぜ。


 

「もうすぐでテスト始めるから、問題集は片付けろよ~」


 テストの開始時間が近づき、俺らのクラスの担任の理奈ちゃんこと新井先生が、テストの入っている封筒を教卓に置いて話し始める。


「あとこれは改めての話になるが、このテストは春休みにちゃんと勉強したかを確認するテストだ。成績には関係ないが、真面目に受けるように」


 はいはい分かってますよ。ちゃんとテスト自体は真面目に受けますって。


「あっ、一つ言い忘れていたんだが、テストの結果が悪い奴には補習とかも考えているから、頑張って点は取るように。じゃあ、問題用紙から配っていくぞ~」


 

 ——あっ、俺終わったわ。



 ◇◇◇



 先生の仕事もお早いもので、テストを受けた次の日には全てのテストが返却され、いらない補習のお知らせまでついてきた。


 国語、英語、数学と三教科のテストで、国語と英語は耐えたのだが、数学で耐えきれずに無事敗北。残念ながら、俺は数学の補習に参加する事になってしまった。


 見た事はある問題だらけだったのに、解き方が全く思い出せなかった事が悔しい。これが典型的な、勉強ができない自堕落な学生である。


 俺は短期詰め込みの勉強タイプで、定期テストの期間中は頭が良くなるのだが、すぐに忘却してしまうのでいつまでたっても成績は変わらない。


 真面目に取り組めばもっと頭が良くなるのに……とはよく言われる。でも俺は勉強が大嫌いなんだから、しょうがないだろ。



 とまぁ……こんな感じで俺は補習に参加しないといけない事になったので、放課後も教室に残っていた。

 

 俺以外の奴らはどうなったのかについても少し話しておこう。


 松家さんや誠一は勉強ができるタイプで問題はない。それに琉生は要領がいいし、茜はこういう時に火事場の馬鹿力で補習を回避する事が多い。


 よって、俺だけが仲間外れで補習に参加する事になってしまった。

 茜にはめちゃくちゃ煽られたし、琉生にもイジられた。今度、何かで仕返ししてやろ。


 まぁ仲が良い奴もいないし、補習を出来るだけ頑張って早く帰ろう。


 えーと……俺たちのクラスで数学の補習に参加している奴は、不真面目な男子が二人、それに数学が苦手そうな女子が三人。


 そしてあと一人は……二年から俺たちと同じクラスになり、学年でもかなりの有名人で人気者でもある、進藤しんどう 真紀まき


 ショートヘアにスラッとしたモデルのような体型と可愛らしい顔立ち、そして堂々としている凛とした姿は、見惚れてしまうぐらいに美しい。


 進藤さん、意外と勉強は苦手なのかもしれない。確かに有名人で名前も何回か聞いた事はあったが、頭が良いというイメージはなかった。


 そんな風に俺が進藤さんの事を少し考えていると、教室に他クラスの生徒と新井先生が入ってくる。


 どうやら、補習は新井先生が行うらしい。担任をしているクラスという事もあって、俺たち二組の教室が数学の補習の会場になったってわけか。


「あ~そうだな。とりあえず前の方に固まって、適当でいいから自由に座ってくれ」


 その新井先生の言葉を受け、俺たちは前の方に固まって座る。

 

 何となくの空気と流れもあり、クラスである程度固まって座る感じになったので、偶然にも俺の隣の席には進藤さんが座った。


 別に期待とか特別に意識しているわけではないが、存在感があってクラスのマドンナ的な存在でもある進藤さんは、どうしても少し気になってしまう。


「それにしても補習を受ける奴が多すぎるな。さては春休みの間、全然勉強していなかったな?」


 改めて席に座った俺たちに向けて、新井先生が話し始める。


 その新井先生の問いに答えるように、ゲームをしてたとか、旅行を楽しんでたなど色々な声が教室から聞こえてくる。

 俺も春休みはひたすらにアニメを見る期間になっていたので、人の事は言えない。


「まぁ、私も学生時代はサボってデートとか遊んだりしてたけどな? あの頃は楽しかったなぁ」


 新井先生の言葉、何か悲しい。


 だ、大丈夫! いつか先生のもとにも自分に合う素敵な人が現れますよ!


「まぁそんな話は置いといて、補習をやっていくぞ。やらないと私が怒られるからな」


 新井先生はそう言うと、補習のプリントを配り始める。


 プリントには実力テストの問題と解説と答え、それとテストと類似の新しい問題が何問か書かれていた。


「今日はそのプリントにある問題が全てできたら終わりにする。相談して解くのもよし、私に質問するのもよし、既に復習が済んでいて一人で解くのもよし。終わったら私に提出するように」


 そう新井先生は言い終わると、黒板にテストの詳しい解説や問題の解き方のヒントなどを書き始めた。


 俺は理解できないというより解き方を忘れているといった感じなので、解説などを参考にしながら次々と解き進めていく。これなら、補習も早く終わりそうだ。


 すると、隣からトントンと机を叩かれる。俺は少し緊張しながらも、進藤さんに話しかける。


「ど、どうしたの進藤さん?」

「解いてる所ごめんね。ちょっとここが分からなくて……」


 俺は進藤さんが差している問題を確認する。


「あ~これは、確認テストの大問3の応用だよ。えーとテストで使われていた解法をこの問題でも使って……」

「ちょっと待ってね。やってみる」


 自分も解き方を思い出して理解する事ができていたので、上手く進藤さんに教える事ができた。

 俺が解法を教えると進藤さんも理解したのか、止まっていたペンがスラスラと動き出す。


「水城君? だったよね。ありがと」

「いえいえ。同じ補習仲間だし」


 俺がそう答えると、進藤さんは怪訝そうに俺をじーっと見つめた後にポツリと呟いた。


「……何でここにいるの?」


 何で、というのは、ここまで理解しているのに何でお前は補習を受けているんだ、という意味だろう。

 補習を受けに来ているのにスラスラと解いている奴がいたら、誰だって疑問に思うよな。


「俺って短期詰め込み型なんだよね。だからすぐに色々と忘れたりするんだけど、こうして解説とか見ると、記憶の中の引き出しが次々開くというか」

「なるほどね。じゃあ私と一緒だ」

「進藤さんもそんな感じなの?」

「もっと本質的な話だよ。私と一緒で、水城君も勉強が嫌いでしょ?」


 進藤さんは、俺と話しながら悪い表情を浮かべて笑い、俺の本質を突いてくる。



 進藤さんの表情はいつものイメージとは違ったが、その悪い表情もどこか目を惹きつける鮮烈なものがあった——。







 


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