第9話 謎多きヒロイン

 俺は今、松家さんと二人で話している。

 普段は琉生も入れて話す事が多いので、こうして二人で話すのは少し珍しい。


「でも意外と私は本気ですよ? 拓海君が新聞部に入ってくれたら、私もそうですけど琉生君もめちゃくちゃ喜ぶと思います」

「そんなに俺に影響力あるか?」

「ありますよ。急に短縮授業になったぐらい喜びます」

「それはめちゃくちゃ喜んでくれてるな」


 話題は新聞部について……というより俺の事についてになってるな。そんなに俺に影響力があるとは思えないけどなぁ。


 てか短縮授業って何であんなに短く感じるんだろうね? 休み時間とか本当に一瞬なのに、授業になると五分ぐらいでもめちゃくちゃ長く感じるよね。


 はっ! これが学校の相対性理論ってやつか!


「拓海君は新聞部に限らずですけど、部活動はしないんですか?」

「うーん何だろ。興味のある事しかしたくないって気持ちがあるのかも」

「残念です。拓海君は大きな戦力になると思ったのに。それにもっと仲良くなれるチャンスでもあっただけに……」

「もう松家さんとは十分仲が良いと俺は思ってるんだけど?」

「それはそうですけど、私は親密度って青天井だと思っているので。限界はないですよ」


 松家さんは彩夏ちゃんのようにおとなしい感じの人だと思われがちだが、意外と距離感を詰めてきてボケたりもする明るい女の子である。

 

 琉生や松家さん、更には茜もそうだが……俺たちの周りは距離感をグイグイと詰めてくる陽の人たちばかりなんだよな。俺はどうにか本来の弱い自分を出さないようにと必死である。


 それと琉生や茜は比較的素直で思考も分かりやすいのだが、松家さんだけはミステリアスな雰囲気もあって思考が読みづらい。


 松家さんは頭も良くて頼れる存在なのは間違いないけど、俺としては苦手な部分もあるっていう感じだ。


 良好な関係ではあると思うので完全におかしいとは言い切れないが、俺からすると松家さんの行動は分からない事もあって色々と考えてしまう。



 皆からどう思われているのか。


 中学時代の辛い過去があった事で、俺は人の隠している思考や本音というものに過剰に恐怖を感じるようになってしまった。


 この行動をしたら他の人はどう思うのか。


 人の目を気にしつつ、自分を何とか『普通』の人間に見せようと頑張っているつもりだが、これがまた大変で疲れるんだよな。



 松家さんと琉生は幼馴染の関係なので距離感も近くて当たり前なのだが、それにしては俺にもやたらと絡んできている感じがしてるんだよなぁ。


 いやまぁ、これが俺のただの勘違いだったらめちゃくちゃ恥ずかしいけどな?


 でも『普通』の距離感って、意外とこんな感じなんだろうか? 


 何かよくネットとかでも言われてるじゃん。


 仲良く話していただけで別に恋愛対象として見てなかったとか、表面上は明るく接してくれていても裏では色々と悪口を言われてたとか……。

 


 俺の中学時代のトラウマが、捨てた記憶から復活してきたので一旦このぐらいでやめておこう。また色々と考え込んでメンタルブレイクしてもいけないし。


「拓海君大丈夫ですか? 何か少し表情が暗いような気がします」

「あ、あぁ……彩夏ちゃんの気持ちを考えててさ。本当に辛いだろうなって」


 考えていた事が表情に少し出ていた俺だったが、彩夏ちゃんの話題を出す事で松家さんの言葉に反応でき、何とかごまかす事に成功する。


 顔に出ちゃうの、俺の悪い癖なんだよな。油断しないように、より一層気を付けないと。



「私も痛いほど気持ちが分かります。琉生君や拓海君、それに誠一君が壁になってくれているおかげで、私の場合はだいぶマシになっているとは思いますが」

「琉生や誠一はともかく、俺は役に立ってないだろ」

「それは分かりませんよ? それに、拓海君も意外と誰かに好かれていたりするかもしれません」


 そんなアホな。俺なんか普段は趣味の話をするか、適当におちゃらけてるかの二択だぞ。


 それに琉生や誠一はイケメンだからなぁ。琉生は言わずもがなとして、誠一も謙遜してるけど普通にイケメンだし。


 誠一は琉生とは真逆の落ち着いている系のイケメン男子なんだけど、なぜかモテないんだよな。趣味に没頭しすぎてるからか?

 あと、誠一がそんなに恋愛に興味を持ってないってのも大きいかもね。


「拓海君も少しは自分に自信を持つべきですよ? それに私、もっと拓海君と仲良くなりたいです」

「その気持ちを嬉しく受け止めておくよ。善処する」

「……だって、私だけ名前で呼ばれてないんですよ? ヤキモチ焼いちゃいます」

「そーれはそのぉ……何というか流れというか」

「ただこれはこれで私の特権でもあるので、特別に許してあげます。いつ名前で呼んでくれるのか、楽しみにしておきますね?」


 これは松家さんに痛いところをつかれた。

 そもそも俺に名前を呼ばれたぐらいでそんなに嬉しいものなのかは疑問だが。


 松家さんはそれぐらい俺の事を大事な友達と思ってくれているって事なのか? 

 

 相変わらず、松家さんの思考は少し読めない。

 

「松家さんには琉生がいるじゃんか。頼れる幼馴染だろ?」

「確かに琉生君もとても頼れる存在です。ただ、琉生君がちゃんと新聞部とか真面目に活動すると思います?」

「あ~それはちょっと思えないかも。ふざけそう」

「おおぃそこの二人! 拓海も玲奈も何か俺の悪口言ってんな!」


 確かに琉生は運動もできるし、新聞部ってタイプじゃないんだよなぁ。おそらく松家さんが入部する流れで琉生も一緒に入部したんだろうけど。

 そもそも、琉生って文章を書くこと苦手だったような気がするし。


「琉生君は黙っていてください。普段の活動でずっと喋っているから、いつも締め切りギリギリになるんですよ?」

「で、でもよ! 写真とかはしっかりと撮ってるぜ!」

「撮ったものを確認すると、いつも半分ぐらい無駄な写真が混ざってるんですが?」

「うわぁぁぁ! 助けてくれ拓海ぃぃぃいい!」


 俺たちの会話に混ざってきた琉生だったが、松家さんに完全に論破されてしまったようだ。

 ある程度ふざける琉生と真面目で仕事をテキパキこなす松家さんは、メチャクチャ相性が良いと思うけどな?


「拓海や誠一たちはこれから茜のところに行くのか?」

「その予定。野球部で忙しいと思うから、話せるかどうかは分からないけど」

「今の時間ぐらいなら大丈夫だと思うぜ。野球部の奴らが走ってると思うし、その時間帯の仕事は少し楽、って茜が前に言ってた」


 いくら俺たちの学校の野球部が強豪じゃないとしても、勝つことを目標にやっているはずだし、マネージャーも何人かいるとしても色々と大変そうだ。

 

「誠一! そろそろ新聞部の方はお邪魔させてもらって、茜がいる野球部の方に行ってみないか?」

「そうだね。ある程度見学はさせてもらったし、琉生たちとも繋がれたからね」


 

 琉生から有益な情報も聞いたので、新聞部を後にして野球部に向かおう。

 俺は、誠一にそろそろ野球部に行こうと声をかけた。


 そういえば、俺が野球部を見に行くのは初めてになるな。野球自体は好きなんだが、野球部には同じクラスで俺を嫌ってる館山がいるからなぁ。

 今日は誠一と彩夏ちゃんの件を盾にして館山の攻撃をかわそう。


「えー残念です。もう少し彩夏ちゃんや拓海君とお話したかったです」

「俺とは同じクラスなんだから、松家さんは話そうと思ったらいつでも話せるでしょ」

「なら、今まで以上に話しかけますね?」


 やっぱり、松家さんは謎に俺の事気に入ってない?


 それに、についても何か気づいてそうだし……。


 今後も松家さんには要注意かもしれないな。


「じゃあ野球部の方に行ってくるよ。彩夏も大丈夫?」

「大丈夫。あ、ありがとうございました」


 誠一が彩夏ちゃんに最後の確認をし、彩夏ちゃんは見学させてもらった琉生たちにお礼を言う。


「おう! また入学してからもいつでも頼ってくれ!」

「琉生君がウザかったら、私を頼ってくれてもいいですからね?」

「みんな俺への当たり強くない!?」


 そんな少し不憫な琉生を笑いながら、俺たちは新聞部を後にした。

 琉生をオチに持ってくるの、松家さんのセンスと気遣いが表れてて好きだな。


 流石は仕事が出来て面白い松家さん。俺はちょっと怖いというか、苦手なところもあるけどね。


 

 そして新聞部の次は野球部だ。松家さんや琉生と同じく、茜も彩夏ちゃんのために大きな力になってくれるだろう。



 俺はそんな期待を持ちながら、誠一と彩夏ちゃんと共に野球部の活動場所であるグラウンドの方へと向かった。


 


 




 


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