第10話 野球部にお邪魔します

 俺たちは野球部の活動場所であるグラウンドに行き、マネージャーである茜に会いに来ていた。

 

 グラウンドに行ってみると、野球部の部員が素振りなどの練習をしている姿が目に入った。他にも走っている部員や別のトレーニングをしている部員もいたので、グループごとに分かれて練習しているのだろうか。


 そんな中、野球部のベンチで茜がボール磨きをしているのが見えた。普段はふざけている事が多い茜だが、野球部の活動は真面目に取り組んでいるらしい。まぁそれは当たり前か。ふざけている方が困る。



「とりあえず野球部の監督に話してみようか。拓海はどう思う?」

「そうだな。忙しいかもしれないけど、話してみて損はないし。部活が終わるまで長そうだしなぁ」

「だね。無理なら部活が終わるまで待つか、諦めて今日は帰るしかないね」



 まず、俺と誠一はグラウンドにいた野球部の監督に簡単に彩夏ちゃんの事情を説明し、茜と話したい事も伝えた。

 

「あ~そういう事なら全然いいよ。今日はトレーニング中心だし、マネージャーの仕事もそんなに大変じゃないから。もしよかったら、野球部にも興味持ってくれると嬉しいな」


 俺たちの話を聞いた野球部の監督は、快く俺らの提案を承諾してくれた。


 運動部の監督やコーチって厳しくて怖い雰囲気があるけど、こうして話してみると穏やかな雰囲気で優しい人って感じるよな。まぁ、スイッチが入ったら鬼のように怖いんだけど。


 そして無事に野球部の監督の了承を得た俺たちは、茜と話すために野球部のベンチに向かった。


 茜も近づいてくる俺たちに気付いたようで、俺たちに軽く手を振ってくる。



「あれ、兄貴じゃん。それに誠一ちゃんまで。どったのどったの」


 野球部のベンチにいた茜は、俺たちを見て興味深そうな目を向けてきながら明るい声で話しかけてきた。

 俺もその茜の明るい声に反応して、茜に言葉を返す。


「まぁ話すと長くなるんだが……今、茜は大丈夫か?」

「大丈夫だよ! ボールも磨き終わったし、あとは部活の予定をホワイトボードに書いていくぐらいだから」


 どうやら監督の話していた通り、今日のマネージャーの仕事はそんなに大変じゃないらしい。

 茜以外にもマネージャーは複数人いるので、仕事をローテーションしたりしてるのかもな。マネージャーとはいえ、大変は大変だろうし。


「そっか。めちゃくちゃ助かる」

「全く兄貴は優しいんだからっ。それで……その可愛い子は?」

「おう。この子……実は誠一の妹なんだよ」

「えぇそうなの!? 兄貴と私の推しが違ったぐらいの衝撃!」

「おぉそれはかなりだな? 茜とはほとんど好みが合うからなぁ」


 誠一に妹がいる事は知る由もなかったので、当然だが茜もかなり驚いている様子だ。どうやらかなりの衝撃を受けているらしい。


 ちなみに俺と茜の推しは大体どの作品でも合う。簡単に説明するなら、俺と茜が負けヒロイン推しタイプで、誠一が勝ちヒロイン推しタイプだ。だから茜とは分かり合えても、誠一と分かり合える事がほぼない。


「それでそれで! 兄貴たちは何か用があってきたんでしょっ!」

「そうそう。マネージャーの仕事もあるのにごめんな」

「全然大丈夫だよ。令和の聖徳太子とは、私の事よっ! マルチタスクもどんとこいっ!」

「聖徳太子は最近、色々と謎も増えてきてるみたいだけどな」

「ミステリアスな女性……いいねこれ。もう兄貴もメロメロだよ」


 茜と話すといつも茜がボケたりするから、全然本題に進まない。このボケとツッコミのやり取りが、楽しいは楽しいんだけどな。


 そんな俺と茜の様子を、誠一はいつも通り笑いながら、そして彩夏ちゃんは不思議そうな表情をしながら俺と茜を見ていた。


 俺はそんな彩夏ちゃんの不思議そうな表情が気になって、彩夏ちゃんに話しかける。


「彩夏ちゃん、どうかした?」

「い、いやあの……お二人とも仲がとてもよさそうに見えたので」

「そうだよ! もう兄貴と私とは全てを知った仲なんだから」

「お、おい茜! 何か変な誤解が生まれるだろ! 割り込んでくるな!」

「ごめんごめん。それよりさ、誠一っちゃんの妹の名前、彩夏ちゃんって言うんだね! 改めてよろしくね!」


 茜はそう彩夏ちゃんに言いながら、俺の肩をバシバシと叩いてくる。普通に痛い。


 俺だけじゃなく、他の同級生や先輩、先生にも近い距離感で接する事が出来る茜は本当に凄い。色々な要因があるとは思うが、その性格は天性のものだと俺は感じる。



「それで兄貴。今日の本題はどうしたのよ? はよはよ」

「やっと本題に入れたな。詳しい事はまた皆で集まった時とかに話そうと思ってるんだけど、彩夏ちゃんは少し男性に対して苦手意識を持ってるんだ」

「ふむふむ。それで?」

「友達とかも多い茜なら、彩夏ちゃんの力になるんじゃないかって。そんなことをまぁ、俺たちは思ったわけですよ」

「なるほどね。まぁねぇ……確かに友達は多いよ。マネージャーだけにまぁねぇ……」


 茜は野球部のホワイトボードに予定を書きながらも、俺たちの話を真剣に聞いてくれる。最後のギャグは流石に寒すぎたのでスルーしたけどね。すまんな茜。


 そんな事は置いといて、ちゃんと本題に入ろう。


 茜は男子と絡む事も多いし、彩夏ちゃんの事を考えてもとても茜の姿は参考になりそうだ。

 実際に彩夏ちゃんが目指してる姿って、茜のような感じがするしな。


 実際な話、茜の交友関係って物凄いからなぁ……。茜と話したことがない奴なんているのかと思っちゃうレベルだ。友達百人達成しちゃってるんじゃないのこれ。


 そんな最強キャラの茜と良い関係になれたってのは、俺としても本当に良かった。何故か俺の事をツッコミ役として気に入ってるみたいだし……琉生からの繋がりってのも大きいよな。


 ファンタジー世界で例えると、最強パーティーに新米の冒険者が紛れちゃったみたいな感じだな。俺の場合は主人公でもなければ、隠された能力もない本当に弱い人間だけど。俺弱ぇぇぇぇええ。


「男性に対して苦手意識、か。兄貴とか、それこそ家族とかでも厳しい感じ?」

「いや、何と言うかその……安心出来たら大丈夫だと思うんだ。距離感というか、言い寄られた経験から来る恐怖感というか。どちらかと言うと、知らない人に対して恐怖感が強くなるんだと思う」


 俺は彩夏ちゃんから聞いた話を交えつつ、自分の考えを茜に話す。彩夏ちゃんも俺の言葉を肯定するように、小さく首を振ってくれた。


 彩夏ちゃんの事を改めて考えると、先生や家族、それに自分に対して悪意がないと思った相手には恐怖感を感じてはいない。ぎこちなさや苦手意識は多少感じるけどな。


 俺みたいに、そんな信頼している相手からも裏切られたらかなりのダメージを負う事になるのだが……俺もそんな酷い事をするつもりはないし、琉生もあの主人公キャラなら心配する必要はないだろう。


 ただ、まだあまり知らないクラスメイトとか、街で向けられる好奇の目に対してはかなりの恐怖を感じてしまうのだろう。

 

 

 茜はホワイトボードに部活の予定を書きながら、ぶつぶつと呟いていて何か考えている様子だった。

 琉生たちにしてもそうだが、こうして自分以外の人の事を大切に考える事ができるのは本当に凄いと思う。俺の周りは良い人だらけだ。


「私も彩夏ちゃんとは違うかもだけど、一時期はめちゃくちゃ告白されたこともあったし、ストーカー行為されたりで大変だったからなぁ。いい人もいれば悪い人もいるわけだし、彩夏ちゃんの気持ちもよくわかるよ」


 そりゃあそうだろうな、と俺は心の中で思う。実際に茜はとても美人で性格も良く、皆から好かれる性格なので人気が出ない方がおかしいまである。


 最近は野球部のエースである館山と仲が良いという話が広まった事で、茜に告白する男子は減ったみたいだが……茜と出会った頃は本当にすごかった。

 館山の事は嫌いだが、茜の役に立っているという事でここでは褒めておこう。偉いぞ館山。



 ただ人気があるからといって、そんな悪い事をしていい理由にはならないけどな。


 人間という生き物は、自己中心的で知恵を身につけすぎた残念な生き物だと俺は思う。


 結局は自分が良ければいい。


 結局は自分の立場しか考えていない。


 一部例外な人もいるが、この世界の大多数の人はきっとそういうタイプだろう。だからこの世界は問題がたくさんあって、いつまでたっても平和にならない。


 俺はただでさえ不器用な人間なのに、こんな大変な世界で上手く生きられるわけがないんだよな。弱い人間である俺は、自分をよく見せようとする事で精一杯だ。




 ――つくづく考えてみると、俺って本当に生きるのに向いてないな。


 

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