第6話 結局は

「人生ってさ、結局は全て自分に降りかかってくるから辛いんだよね。進学、就職、恋人……人生は本当に選択の連続だと思う」


 誠一が事務室に行って二人きりになったところで、俺は自分の考えと過去の経験を踏まえて彩夏ちゃんに色々話そうと口を開いた。


 別に彩夏ちゃんに自分の考えを理解してほしいなんて思わない。結局は俺の考えも自分中心のエゴイズムだから。


 それに考えを押し付けようとも思わない。俺が似たような経験をしたときにこういう事をしたと話せば、彩夏ちゃんも少し楽になるんじゃないかと思うからだ。


 人生に苦しむのは、俺と俺の嫌いな奴らだけで充分。その他の皆は幸せになって欲しい。


「そ、そうですよね」

「本当にそう。恐怖症とかもそうだけど、明らかにした方が悪いのにされた方が苦しむ場合がある。結局は自分でどうにかしろって言われるわけなんだよ」


 結局は全て自己責任で片付けられる。


 俺が辛かった時だって、鏡に映る仮の自分は冷たかった。


 俺にもっと才能があれば、こんな事にはならかったのに。


 俺にもっと能力があれば、こんな事にはならかったのに。


 俺が選択を間違わなければ、こんな事にはならなかったのに。


 いつも最後は自分でどうにかしろ、っていう話で終わり。人生は厳しくて険しい道だとはよく聞くけど、本当にその通りだと思う。


 助けてくれる人とかもいるけど……最終的には全て自分次第だ。


「や、やっぱり、私なんて」

「生きるのに向いてない、って思うよな。俺なんか今もそうだよ。努力とかよく言うけど頑張りたくないし。一生働かずに自分のしたい事だけして生きたいし」

「え、えっ……?」


 俺は彩夏ちゃんが言いたい事を理解し、自分の考えと合わせて言う形で彩夏ちゃんの言葉を遮る。


 あっ、でも色々とぶっちゃけて言いすぎたかもしれない。


 何か彩夏ちゃん若干引いてるし。『ちょっとダメ人間だな』みたいな目で見られてるし。俺終わったし。


「ま、まぁ俺の個人的な事は一旦置いといて。彩夏ちゃんとは若干違うけど、俺も昔いじめられたりしてネガティブになったし、人の目が本当に怖くなった」

「そ、それなのにどうして?」

「どうして、って?」

「ど、どうしてみ、水城さんは今堂々としてるんですか?」


 そうか。彩夏ちゃんには俺が堂々としているように見えるのか。


 そう思うと俺も頑張った甲斐があるな。よく誠一や茜にもツッコんでいるけど、ネガティブで弱い人間とは一度も思われた事はないし。自分を少し変えて、自分自身を守った事は大成功しているのだろう。


 でも……本当の自分は全然違う。


「堂々となんかしてないよ。俺は自分自身を弱い人間だと理解して、いつでも自分をよく見せようとしているだけ。ただこうして自分を守っているだけだよ」

「な、なるほど」

「だから彩夏ちゃんも無理をしない程度に、ゆっくりと変わっていけばいいと思うよ。合わない人がいたとしても表面上は笑顔で接して、裏でボロクソに言っちゃえばいいのよ」

「そ、それはどうなんでしょう……?」


 おっと、裏の悪い自分がひょっこり出てきてしまった。

 

 これはこれで誠一に聞かれたら、純粋で良い子の彩夏ちゃんに何教えてるんだって言われそう。失敬失敬。


 まぁマシになった今の環境でも、野球部の館山みたいな俺を嫌ってくる奴もいるわけだ。

 そんな俺を嫌う奴には気にしていないという素振りを見せ、自分が強い人間だというのをアピールすれば、そうそう攻撃はしてこない。


 それに俺の場合だと、茜とかが知らず知らずのうちに何かと守ってくれてるからなぁ。もし館山と茜が付き合ったら、俺は館山と分かり合えるのだろうか。


「で、でも色々と参考になりました。ありがとうございます」


 俺が脱線して色々な事を考えていたら、少しボリュームが大きくなった彩夏ちゃんの声が聞こえてきた。

 ちょっとでも彩夏ちゃんの参考になったのなら、俺としてもとても嬉しい。


「全然いいよ。それと彩夏ちゃんは男性恐怖症に悩んでいるみたいだけど、そんな深刻に考えなくても大丈夫。俺とは話す事ができるわけだし」

「そ、それはその」

「もちろん、さっきも少し話したけど俺が誠一の友達って事もさ、要因の一つにはあるとは思う。でも話を聞くと男子と最低限の話はギリギリ出来ているわけだし、彩夏ちゃんの場合は単にトラウマが邪魔しているだけだと思うんだよね」



 彩夏ちゃんと会う前に誠一と話した時、俺がふと思った事だ。全てはトラウマが原因になっていて、あとは全部その原因に基づいているだけという話だ。


「話したくなかったら言わなくてもいいけど、その彩夏ちゃんのトラウマって具体的に教えてもらえる?」

「そ、その昔……男性に襲われそうになったことがあって。学校生活でも今はないですけど、よく男子に言い寄られたりもして」

「なるほど。だから誠一とかの家族であったり、その誠一と仲が良い俺はある程度話せるのか。学校では何かとグイグイ来る男子とかもいるけど、その場合は辛そうだね」


 彩夏ちゃんは「その通りです」という肯定の意味があってか、ゆっくりと首を縦に振る。

 

 十人十色などといった言葉もあるように、この世界には多種多様な人々がいて誰一人として同じ人はいない。


 一クラス四十人なら、四十人分の個性や特徴がある。

 この世界においての話だと、「多数派」となった人々が圧倒的に有利になるんだけどな。


 また学校特有というか、学生生活特有の環境もある。それらが相まって、学生生活の難易度は急激に上昇するのだ。


 大人しい人もいればチャラい人もいるわけだし、優しい人もいれば冷たい人もいる。


 それにスクールカースト、「普通」の押し付け合い、いじめ……様々な特有な事があって、学校も生きづらい空間になってきている。


「彩夏ちゃんはたぶん、過去の経験から人の悪い心に対して過剰に恐怖心を持っちゃってるんだと思う」

「悪い心……ですか?」

「誠一とかだと家族だから恐怖心は全くないでしょ? でも全く知らない人だとさ、どうしても色々考えちゃうんだよ。そして自分に何か害がある事をされるんじゃないかと、思考の沼にハマっちゃう」


 これは人間としても普通の感情だと思うし、どうしても初対面の人とかには気を遣ってしまうものだ。


 ただそこにトラウマという悪い要素が一つあるだけで、大きく世界は変わってしまう。


「だから俺の場合はもう割り切ったよ」

「わ、割り切ったっていうのは……?」

「自分を少し変えて自分自身を守る事もそうだし、この世界を信用するのをやめたというか」

「信用するのをやめた、というのは重い言葉……ですね」

「そうだね。この世界は絵本のような綺麗な世界じゃない。だから俺はどんな人も完全には信用していないし、自分は劣っている存在と理解してる」



 自分が中心となって世界が回っているわけでもなく、自分は優れている人間でもない。生きるのが向いていないなら、それなりに何となくで生きればいい。


 そして俺はどんな人でも完全に信用していない。

 

 人によっての信用度はもちろん違うが、俺はどんな人も完全には信用しない。


 今まで味方だと思っていた人がいつの間にか敵になっていたり、辛い時に手を差し伸べてくれない事もあった。


 結局は自分が一番大切なんだから、最終的には自分が納得するか自分の利益になる行動しか人間はしない。


「で、でも辛くないんですか?」

「辛いけど……俺にはこうするしかなかった。でも彩夏ちゃんは違う。彩夏ちゃんは自分を変える事も出来ると思うし、トラウマを克服できたら勝ちだよ」

「み、水城さんは?」

「俺なんかどうでもいいんだよ。どうせ、いなくなって悲しむのは家族ぐらいだし」


 彩夏ちゃんはまだ他にも言いたそうな様子だったが、俺の少し暗い様子を見てか開きかけた口を閉じた。


 やっぱ俺はダメだな。だいぶ前に人生の理想を捨てたはずなのに、まだ心のどこかで理想を追い求めている。


 ダメだダメだ。

 俺が楽しい学校生活を目指しているのは、もう辛い思いをしないため。めちゃくちゃ幸せになろうとか俺を受け入れてもらいたいなんて、そんな事は思っていない。


 ――


 ただ彩夏ちゃんにいいアドバイスをするはずが、後半からは話しながら病んでいる俺の自分語りみたいになってしまったのは反省点だな。

 どうやら俺はこういう話をするたびにネガティブな自分の考えが溢れ出るらしい。


「何かよく分からなくなっちゃったけど、俺は彩夏ちゃんは大丈夫って事を一番に言いたかっただけだから。自分に有害な事をしてくる人は嫌いでしょ? 結局、自分が嫌いな人が嫌いなだけ。そう考えるとシンプルでしょ」

「嫌いな人が嫌い、ですか」

「そう考えると彩夏ちゃんは普通だよ。そして……絶対に俺みたいになっちゃいけない」


 俺だってもっと楽な生き方もあるのだろう。自分の行動が一番正しいだなんて、今となっては微塵も思わない。


 しかし俺は、もう自分の道を選ぶことしかできない。何もかも疑心暗鬼になり、人生に向いていない一人の男.こそが俺なのである。


 苦しむのは俺だけで十分。俺はこの世界に結局馴染めなかったから。



 俺なんか気にせずに、皆が自由に幸せになってくれればそれでいい――



 


 


 

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俺の周りにはラブコメの属性を持っている奴らばかりなんだが、それでもなぜか俺に絡んでくる 向井 夢士(むかい ゆめと) @takushi710

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