第5話 出来る事は俺がやる
教室を出て正門に向かった俺と誠一だが……正門の方に行くと正門前で右往左往している一人の女の子が目に入った。
「あっ、
「あの子が誠一の妹か」
「うん。あの子が妹の彩夏だよ」
誠一とは義理の兄妹なので表情などは似てはいないが、大人しい雰囲気はどこか誠一と似たようなものを感じる。何だろう……おっとりしているというか、安心する雰囲気があるというか。
それにどこか大人びた雰囲気とボブカットの綺麗な髪……そりゃ男子からめちゃくちゃ好かれるだろうなって思う。
おそらくくその整った容姿から何か問題が起きたんだろうな。もちろん妹さんには一切非はないし、そういった悪い事をする男が完全に悪いんだけどな。
妹の彩夏ちゃんは誠一を見て笑顔になるも、俺を見て固い表情になった後、誠一の背中にそそくさと隠れてしまった。
「大丈夫だよ彩夏。ほら、いつも話してる僕の友達の拓海」
「誠一にそう言われると何かと気まずいんだが」
「拓海や琉生は面白いからさ、つい話しちゃうんだよ」
そんな俺と誠一の会話を聞いて少し安心したのか、妹の彩夏ちゃんは誠一の傍から少し離れて身体を俺の方に向ける。
「……よ、よろしくお願いします。い、妹の
「こちらこそよろしく。えーと呼び方はどうしたらいい? 名字だと誠一が反応する事もありそうだし、名前で呼ぼうと思ってるけど大丈夫? 嫌だったら全然言ってくれていいよ」
「だ、だ、大丈夫です。名前で呼んでください」
「本当? マジで何か嫌な事があったら、俺にでも誠一にでも言ってくれていいからね。気を遣わなくていいから」
個人的な考えにはなるが、俺と彩夏ちゃんは凄く似ていると思う。だからこそ、俺が言われて嬉しい言葉を彩夏ちゃんには投げかけてあげたい。
きっと彩夏ちゃんは俺のように深く考えこんで、人の目を気にしてしまって、とても繊細な人だと思うから。
人生の犠牲者……という例え方は適切ではないのかもしれないけど、俺のように辛い経験をして苦しんでしまう人を俺は見たくはないし、増やしたくもない。
自分なんてどうせ完全には幸せになれないんだから、せめて自分の身近な人ぐらいはみんな幸せでいて欲しいと俺は思う。
「ほらっ、僕の友達の拓海は優しいでしょ? 普段は少しおちゃらけてるイメージだけど」
「何でやねん。新学期初日から遅刻しかけた奴に言われたくないわい」
「それは確かに僕も言い返せない。見事なカウンター攻撃だよ」
「というか早く本題に入ろうぜ。学校の中とかも見学できるのか?」
今日の本題は只野兄妹と楽しくお喋りすることではなく、妹の彩夏ちゃんの学校見学だ。このままだと正門前で楽しく話しているうちに、夕方になってしまって最終下校時刻になってしまう。
「確かに拓海の言う通りだね。前に電話して聞いたんだけど、学校の中も見学していいみたいだよ」
「おぉいいじゃん。一足先に学校の様子が分かるし、高校生活のスタートダッシュも成功できると思うよ」
「僕と拓海と彩夏の三人で色々回ろうと思っているんだけど、彩夏もそれで大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「誠一はともかく、俺が邪魔だったら素直に言えばいいからね」
俺が最後に少し冗談っぽくそう言うと、彩夏ちゃんは首をブンブンと横に振る。彩夏ちゃん、めちゃくちゃ優しいやん。
まだあまり会話していないから大丈夫なのか、それとも兄の誠一の友達だから俺を信用してくれているからは分からないが、こう接してみても彩夏ちゃんは普通の優しい女の子だ。
どうにか幸せになってもらいたいなぁ……。
「彩夏、それに拓海。僕はちょっと事務室で軽く手続きをしてくるから、ちょっとここで待ってて」
「おう。出来るだけ早く帰って来いよ。妹の彩夏ちゃんを不安な気持ちにさせるんじゃねぇぞ」
「大丈夫だよ。そんなに手続きはないはずだし」
誠一はそう言いながら事務室の方へと向かっていった。彩夏ちゃんは明日からこの学校の生徒になるわけだが、まだ入学式をしていない以上、一応はそういった来校の手続きをしないといけないらしい。
「あ~誠一の奴失敗したなぁ。今気づいたけど、今日の事務室、おばちゃんが担当の日じゃん。この学校の事務室のおばちゃんね、めちゃくちゃ話しかけてきて色々と厄介なんだよ」
「そ、そうなんですね」
俺が忘れ物をして事務室に取りに行ったときも、めちゃくちゃ話しかけてきてつい長話しちゃったんだよなぁ。忘れ物の話をしていたはずなのに、いつの間にか最終的には日本の政治の話になってたからな。一時間弱ぐらい話してしまう恐ろしさよ。
「いくら兄の友達とはいえ、妹と二人きりにさせるかね。あっ、ごめん。誠一から色々と話は聞いてる」
「い、いえ。そ、その水城さんは私に対して何か思わないんですか?」
「何かって?」
「そ、その変だなとか」
やっぱりそう。俺と彩夏ちゃんは本当に似ている。
俺と彩夏ちゃんは欠けている、いや欠けてしまった人間同士なのかもしれない。
でも俺と違う所もある。彩夏ちゃんは……思っていたよりもずっとずっと強い子だ。俺なんかとは全然違って、しっかりと前を向いている。
「俺は別に何とも思わないよ。そんな人もいるんだ~ぐらい。もちろん彩夏ちゃんが幸せになって欲しいとは思ってるけど」
「で、でも男性恐怖症なんて」
「何かの恐怖症な人も多くいるでしょ。それに俺とは話せてるじゃん」
「ち、ちょっとなら。そ、それによく話も聞くので」
本当に誠一は家で何を話してるんだ? 変に誰かに洗脳されてない?
でも彩夏ちゃんの気持ちは凄く分かる。何かが欠けている、もしくは欠けてしまった人は欠けたところを元に戻そうと、「普通」という曖昧な概念を追いかけてしまうものだ。実際に俺もそうだった。
俺が辛い状況だった時、少ないながらにも仲は良い奴はいたし、家族はいつまでも優しかった。
誠一も義理とはいっても兄妹であって家族。友達もいるみたいだし、そういった身近な人は彩夏ちゃんの事を常に大切に思い続けているに違いない。
だったら俺は……道標になってあげればいい。
俺は昔の辛かった状況の時、自分がどうしていいかというのがよく分からなかった。
おそらく彩夏ちゃんも「普通」という概念に押しつぶされ、どうしたらいいか迷っているはずだ。
なら俺がする事は、彩夏ちゃんが幸せになるようにアドバイスをする事だろう。道が少し見えるだけでも、俺の経験上からしてだいぶ救われると思うんだ。
俺はそういった頼れる先輩みたいな人がいなかったからな。彩夏ちゃんには幸せになって欲しいし、俺も出来るだけの事はするつもりだ。
誠一もしばらくはおばちゃんに捕まって帰ってこないだろうし、この時間を利用させてもらおう。
「じゃあまだ誠一は帰ってこなさそうだし、特別に俺の昔話でもするか。恥ずかしいから誰にも言わないでね。特にお兄ちゃんはダメだからね。いや本当にマジでダメだからね?」
「は、はい。わ、分かりました」
「じゃあ俺の中学時代の話になるんだけど。俺って超いじめられっ子だったんだよ」
「え、えっ?」
そして俺は彩夏ちゃんに自分の経験を話し始める。
まるでここにも味方がいるんだよ、と彩夏ちゃんに伝えるように――
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