第4話 誠一の秘密

 今日は新学期初日という事もあって、始業式や理奈ちゃんこと新井先生の話、軽い自己紹介ぐらいで学校が早く終わった。


 そして放課後になって部活動という事になるわけだが、あいにくというか当然というか……俺は部活に入っていない。


 まぁ運動部は中学の頃に入部するもんじゃないなと思ったし、この学校の文化部もいくつか見学はしてみたが、魅力的と思える部活はあまりなかった。

 でも一年生の頃はどこかの部活に入部する事が決められていたので、俺は適当にコンピュータ部に入部して幽霊部員になった後、一年生の一学期末に退部した。


 というわけで絶賛帰宅部の俺なのであります。帰宅部こそ正義、帰宅部こそ最強。


 ちなみにの話になるが、茜は野球部に行ってしまったわけだし、琉生と松家さんは仲良く新聞部の方に行ってしまった。


 という事であと残っているのは……同じ帰宅部の仲間でもある誠一ただ一人。今日は誠一と二人で帰るか。


「琉生たちは部活に行ったわけだし、俺たちは帰ろうぜ。誠一も特に用事ないだろ?」

「い、いやっ、うーん」


 誠一も同じ帰宅部だし、俺の誘いを軽く了承して一緒に帰るだろう……と思っていたが、実際の反応は俺の予想していたものとは違った。


 誠一はいつもの様子とは違い、どこか俺の誘いを渋るような様子を見せる。


「ど、どした誠一? 何か特別な用事でもあったか?」

「た、拓海なら信頼できるから言うんだけど……明日入学式じゃん?」

「お、おう?」

「じ、実は明日、この学校に僕の妹が入学してくるんだ」

「お~別にめでたい事じゃん。ビビらせないでよ」


 俺は一人っ子であまりそういった兄妹とかの話は分からないけど、兄妹揃って同じ学校に通うっていうのはとても良い事だと思うし、仲も良さそうで少し憧れる。

 

 誠一が何か気まずい表情を見せたので何事かと思ったが、全然おめでたい事で安心した。

 何か気に障る事を知らないうちにしたんじゃないかって、俺は少し不安になったぞ。


「い、いやそのさ、拓海は言いふらしたりとかはしないと思うから言うけど……実は僕の家庭は色々あって。そのー親が再婚してるんだよね」

「あ~そういう事か。完全に理解した」


 今の時代は再婚もかなり普通になってきているが、そうだとしても言いづらい話題である事には変わりない。未だに変に見られる事も多い世の中だし、誠一も勇気を持って俺に打ち明けてくれたのだろう。


「いつか仲の良い拓海たちには話したいと思ってたけど、何か変なタイミングになっちゃった。ごめんね」

「いやいいよ。俺は全く気にしてないけど、かなり言いづらい話題ではあるだろうし」

「そんな重く捉えなくても、再婚自体は何も気にしていないから大丈夫だよ。拓海も真剣に考えてくれるんだね」

「当たり前だろ。こう見えて俺は色々と考え込むタイプだからな」


 実際のところは未来の事を考えて鬱になる事もあるし、自分の行動を振りかえって一人反省会をする事も多いし、ストレス過多で人生に絶望することもある。


 ただそういった心の「弱み」というものを、俺はいつの間にか見せられない性格になっていた。


 なぜなら「弱み」を見せたことで、俺の日常生活は悪い方へとシフトチェンジしていったから。


 普通じゃないとバカにされる。

 弱みを見せたくない人が多いからこそ、弱みを見せた人はコミュニティから淘汰されるのだ。


 だから俺も弱い自分を隠し、強そうに見せる事で自分を守っている。


 そうしないとまた……あの時のような辛い状況になるかもしれないから。



「でも誠一の様子を見るに、何か他にもありそうだな?」


 義理の兄妹だといっても、仲が良ければ特に問題はないだろう。再婚という事が言いづらい話題であるにしても、まだ少し誠一の表情が暗い事から何か他の要因もありそうだ。


「あ、もしかして妹が何かめちゃくちゃ厄介な奴だったり?」


 俺はパッと思いついたことを誠一に軽く言ってみる。

 あまり考えたくはないが、性格が悪い妹が入学してくると考えた場合、誠一が少しブルーになる気分も分かる。自分にも何らかの被害がありそうだし。


 あれ……でもそうか。何かこの後も誠一は予定がある感じだったな。


 家族で食事の予定とかはあるかもしれないが、誠一はちょっと考え込んでいる様子だったし、いったい何なんだろうか。


「僕の妹はどちらかというと、その逆かもしれない」


 俺の思いついた事に返答する形で、誠一が重い口を開く。逆、というのはいったいどういう事だろう。


「逆って?」

「実は僕の妹は……ある事から男性恐怖症になってしまったんだ。今は学校生活を何とか頑張る事が出来ているけど、いつかまたトラウマの影響が強く出るか分からない」

「男性恐怖症、か。それこそ兄妹の仲や学校生活は上手くやれてるのか?」

「僕は家族の一員として信頼してくれているみたい。学校生活もボディーガード的な仲の良い女子はいるみたいだし、最低限の会話なら大丈夫だから」


 恐怖症やトラウマ、ストレスなど……心の問題は非常に難しい。

 俺も中学時代はいじめられていた経験もあるし、外出すらしたくないと思う時期もあった。


 トラウマなどから来る恐怖心、そしてその心の問題から引き起こされる様々な身体の不調。


 俺の場合だと不眠症や動悸、更にはストレスで髪の毛がどんどんと抜けていくなんてこともあった。

 こういった心の問題は完全に治す事が難しい。基本的にはリフレッシュやストレスの原因となるものから避ける事が良いらしいが……日常生活によっては難しい事もある。


 だから俺の場合は、ひたすらに我慢する事を選んだ。


 自分がこの辛い状況を我慢していれば、いつか解放される時がくる。


 どうせ人生はいつか終わるのだからと、そう考えればこの辛い状況も一瞬の事だろうと思うようにした。


 そうやって自分の弱った心を無理やり抑えつける事で、俺は今も不格好ながら人生を過ごすことができている。

 自分を少し変えて自分自身を守る事で、俺は必死に人生という荒波と戦い続ける事ができている。


「……拓海? どうかした?」


 誠一の言葉で、俺はひたすら考え込んでいた闇の世界から現実世界へと戻ってくる。

 自分の過去の経験からも、色々と考え込んでしまっていたみたいだ。


「ごめんごめん。色々と考え込んじゃってた。本当にそういう心の問題は厄介で難しいよな」

「そうだね。大多数の人は普通なんだけど、一部そういった悪い人のせいで苦しんでしまうのが……今の世界でもあるからね」

「確かに誠一の言う通りだな。だから男性恐怖症ってよりかは……トラウマによって引き起こされているもっと重い問題って感じだな」

「なるほどね。確かにそのトラウマを打ち破らないと、解決はしないね」


 学校生活を過ごす事を考えれば、かなり難しい問題だ。


 いくら同じ学校に頼れる友達や兄がいたとしても、イレギュラーな事が起きてしまうのが学校生活である。


 基本的に自分に対しては好意的か無害な人がほとんどだが、一部そういった悪い有害な奴がいる可能性もある。


「でもまぁ、基本的な会話だけでも話す事ができりゃ十分よ。昔の俺よりマシさ」

「昔の拓海は何があったんだい……?」


 クラスメイトからバカにされ、俺が何か喋ったら無視か笑われるだけ。そんな中で何も話す事が出来なくなった俺に比べれば、誠一の妹は立派だ。


「まぁまぁそれは一旦置いといて。妹の何か用事でもあるんじゃないのか?」

「あっ、そうそう。今日は入学式前日って事もあって、改めて学校の雰囲気とかを見たいって」

「入学前の下見みたいな感じか。入学前は色々と不安になるしなぁ」

「そうだね。それに場合によっては一人で通う事になるかもしれないし、色々なリスクとかも考えてね。僕も一応、今日は学校にいるわけだし」


 俺も通学路を何回も確認したり、何回も荷物のチェック表とかを見たりして色々と入学前は準備してたなぁ。


 まぁ一年も通えば、教室の位置も学校の雰囲気も完全に分かったけど。何なら学校の自販機のおすすめや先生の癖、おすすめの昼寝スポットなんかも知ることができたぜっ!


「あっ、どうやらもう正門に着いたらしい。迎えにいってくるよ」

「おう。じゃあ俺は先帰るわ」


 誠一は振動したスマホを手に取った後、スマホを操作しながら俺に妹を迎えにいく事を伝える。


 妹さんも多少は話せるといっても、兄妹の間に部外者がいると邪魔者になるだろうし、ここで俺は帰る事にしよう。

 

「い、いやもしよければなんだけど……拓海も僕たちと一緒に色々と学校を回ってくれないかい?」

「いいのか? 俺は部外者だし、妹さんも色々と気を遣うんじゃないのか?」

「拓海についてはある程度は僕が話しているから知っているし、拓海目線の話はきっと役に立つと思うんだ。まぁ僕の勘なんだけど」

「何で俺の事知ってるんだよ。もしかして笑いものにされてる?」

「そんな事しないよ。面白い友達として話しているだけだから」



 ――そして俺と誠一はそんな事を話しながら、誠一の妹がいる正門付近に向かった。


 


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