第7話 カリスマ清楚系巫女チューバー、クレハ・ボンバイエ

 目を覚ませばそこは、静寂に包まれた暁の神社だった。

 そして目の前には、サッサッと手際よく竹ぼうきを掃く、濡れ羽色の長髪が麗しい巫女がいる。

 うつむき加減で表情が窺えないが、整った顎のEラインを見る限り、ガチの清楚系淑女で間違いないだろう。


「参拝の方ですか? お賽銭、用意してきました? 各種キャッシュレス決済も対応していますよ」


 否、こいつは守銭奴だ。ガチの清楚系守銭奴外道巫女だ。


「賽銭は本来、参拝者の気持ち。カネがなくても手を合わせるだけでも良いはずだが?」

「神の道も金次第と言うでしょう? どうやらあなたには吝嗇霊がついているようですね。カリスマ清楚系巫女チューバー、クレハ・ボンバイエの特別除霊実況フルコースで十万イェン頂きます」

「おいおい冗談だろ。むしろあんたが銭ゲバ拝金霊に憑りつかれてるぜ。特別にニートの俺が除霊実況してやっから、お代はそのムチムチ身体ボディで支払え」

「除霊実況は神事……。一銭の金も出せないゴミクズニートには無縁の領域。とにかく、払う気がないと言うのなら……」


 竹ぼうきかと思いきや、それは鞘だった。鞘から取り出されたのは日本刀。朝日を浴びてきらりと光る切っ先は、切れ味の鋭さを表している。


「剛剣イヨノハヤマガリの名の下に身ぐるみ剥がせていただきます」

「そうか。俺の財布とスマホを奪おうってわけだな。要するにカツアゲじゃねぇか」

「そうですね。ここであなたを素寒貧にして、夕げは豪勢に揚げたてトンカツでも並べましょうか!」


 まるでトンカツをサクッと斬るかのように、クレハは援交石火の一閃を繰り出す。


「おっと」


 しかし、たけしはとっさにゼログラビティを行いまばゆい光のビームを避ける。


「なるほど。身のこなしはなかなか。では、これはどうでしょうか……唸れ、乳輪火山!」

「よっ」


 しかし、たけしはとっさにエアリアルを行い、火の輪を華麗にかわす。


「……く。ちょこまかと。さすがにこれは避けられないでしょう。丑三つ時の羞恥肉林!!」

「ミートフォレストが聞いて呆れるぜ」


 しかし、たけしはあくびをしながら襲い来る羞恥の息吹を片手でいなす。


「柳に風の構えとはあなた一体……。となれば、舞淫電射!!」

「こねぇ。こねぇなぁ。そんなお遊戯程度のサンダーダンスじゃビビッとよぉ」


 しかし、たけしは頭をガシガシとかいてフケを飛ばしながら舞淫電射を全身で受け止める。


「な、なんてこと。わたくしの舞が効かないなんて……。神よ、わたくしは夢でも見ているのでしょうか」

「もう終わりか? しかしまぁあれだな。金勘定よりも先に、まずは自分の戦闘力勘定をした方が良かったな、クレハ」

「親しくもない間柄にもかからわず呼び捨てにしないでください。この無課金野郎ッ!」

「へっ。甘ぇ甘ぇ。スタミナ切れの鈍い太刀なんぞ俺に当たるわけねぇだろう……がッ!」

「なッ! は、速い。どこへ消えたのです!?」

「おいおい。どこを見てるんだ。後ろだよ」

「んにょおおおお!?」


 たけしのマッハ張り手によって拝殿に吹っ飛ばされたクレハは、偶然にも賽銭箱の上に飾られたバカでかい鈴のぶっとい縄に巫女服が絡まり、両腕吊るし緊縛ポーズをとらされてしまう。


「へへっ。着やせするタイプか。サラシが緩んだとたん鏡餅がご来光だぜ」

「クッ。あなた、神の前でこのような悪行が許されると思っているのですか!」

「思ってるさ。なんせ俺が新たなイケメソ神チューバーだからな」

「冗談は顔だけにしてください。百歩譲ってあなたがチューバーだったとしても、しょせん再生数二桁も届かない勘違いゴミクズチューバーです」

「清楚な顔して言うことはえげつねぇじゃねぇか。ちょっぴり傷ついちゃったゾ。つーことで、俺の神チューバースキルを身をもって知りやがれ」


 鼻をほじりながら、スキル「尿意を催す」を放つたけし。


「あひぃぃいいじょ~ぉおおッほひんほんほ!?」


 刹那、ピンク色の怪しい波動がクレハを包み込む。するとその一秒後には、寒気にも似た感覚が彼女の全身を襲った。


「ぉッ、うぁッ、くぁぁッ、ほああッ!」

「透き通る鈴の音と下品なオホ声のコラボ。月とすっぽんオーケストラとはなかなかの見世物じゃねぇか」

「わたくしは見世物ではありません……!! 時に、わたくしの身体に何をしたのですッ!」

「それはお前自身が一番よく分かってるんじゃねぇのか?」

「う゛ぐっ、ぁふっ、ぉぃちょかぶ……!」

「ようやく効いてきたみたいだな。俺の神チューバー実況スキル、尿意を催すが」

「尿意……ハッ! お股がムズムズするのは、単に袴が蒸れていたせいではなかったのですね……」

「おいおいどうした。股を擦り合わせて。そんな風に身体をよじると、余計に縄が食い込むぜ?」

「ぁッ! し、しまった……。ぁくゥんッ! い、痛い……ぃぅぅにゅッ!」

「大変そうだな。外すのを手伝ってやろうか?」

「け、けっこうです。あなたの瞳からはヨコシマな感情しか感じません」

「そうか。まぁ、このまま吊るしておくのもまた一興か。つーことで、ここに取り出したるはティーチャーシブサワ。これを賽銭箱に入れて、吊るし巫女にお参りといくか」

「ティーチャーシブサワ!? イイッ! イイ心がけですよそれ!」

「ついでに巫女巫女ペイのキャッシュレスでもゴールドランクのお布施をしておくか」

「ゴールドランクのキャッシュレスお支払い!? あ、あなた、今は救いがたいゴミクズニートですけれど、そのうちおそらくたぶんきっとイイコトが起こりますよ!」

「へっ。神の道も金次第ってか。ま、あながち間違ってはいねぇな」

「さようですさようです♪ って、どうしてスマホを脚立に固定しているのですか」

「決まってンだろ。これから撮影するんだよ。銭ゲバ拝金霊に憑りつかれた現役ムチムチ吊るし巫女の見世物除霊実況プレイをな」

「えッ、あッ、ちょ……! 賽銭箱に近づくのはかまいませんが、わたくしの身体にそれ以上近づかないでください!」


 腕に絡まる縄を必死によじり、鈴の音をカランカランと鳴らして威嚇したところで、すでにクランクイン体制に入っているたけしには意味がない。


「ん゛っぴゃお!?」


 結局、抵抗空しく羽交い締めされてしまう。


「へへっ。カネに汚いくせに、肉体は清めに清めまくってるんだな。特に、首筋から鎖骨にかけてのデコルテライン……俺的に及第点だ。むしろセクシー路線の方がウケるんじゃねぇか?」

「舐めたことを! 巫女服の本分は露出が控えめなのにもかかわらず、いかに魅力的に見せ庶民からお布施を搾取するかなのです。セクシーなど、そこらのなんちゃって駄巫女と変わりません!」

「なんちゃって駄巫女だァ? それは今のお前のことじゃねぇか!!!!!」


 ビリッ、ビリビリビリィッ!


「きょおおあああああああああああおはイエ!?」


 昼飯のチャイムも鳴ったことだし、そろそろ駅弁おたのしみタイムといくか。

 クレハの袴を引きちぎり、まるで弁当を売るかのように背後から抱きかかえたたけしは、賽銭箱の真下で彼女の両脚をアルファベットの十三番目の形に開く。


「な、なんという屈辱! こんなゴミクズニートにいいようにあしらわれてしまうなんて……」

「へへっ。見世物神社の名物、吊るし巫女の幕開けだ。うっし、さっそく除霊実況を開始するから視聴者に失礼のないようにその辛気臭ぇツラを直せよ?」

「ちょ、ちょっと。身体を揺すらないでくださいッ。出るっ、零れちゃうからぁ……!」

「だったらおとなしくしろ。まずはスマホに向かってダブルピース決めながら挨拶だ。神主である俺の神脚本通りにいけ」

「神主……って調子こくのもいい加減に――ふええッ!? そ、そのような恥ずかしい脚本セリフ、よく考えられますね!」

「始まるぞ」

「い、イエーイ♥ セク巫女ビッチューバーのクレハ・ボンバイエでぇ~す♪ 今日はぁ、銭ゲバ拝金霊に憑りつかれちゃった無様なわたくしの緊縛見世物除霊実況プレイをお送りしますよぉほ!」

「いいぞ。偏差値低めの挨拶だけで視聴者千人突破だ。投げ銭もさっそく飛んできやがった」

「ぉ゛っ、ぉほぉぉ゛♥ バズってるバズってるゥ。挨拶しただけで日帰り温泉にイケる投げ銭……! たまりませんッ!」

「だろ? 賽銭でちまちま稼ぐ時代は終わりだ。今はオンライン実況で手軽に楽にガッツリ稼ぐ。これが王道かつ邪道だ」

「王道かつ邪道……意味が分かりませんが、深い言葉!」

「考えるな、感じるんだよ。つーことで次の脚本は――」

「赤スパ投げてくれたらぁ、アヘ声サービスざまぁカット晒しながら、舐めるようなサラシ鏡餅アングルで撮影するのでぇ、皆さん最後まで楽しんでいってくださね~~~ぇん♥」

「きたっ! さっそく赤スパ! 俺の予想通り、見た目ガチ清楚系なお前のアヘ顔無様セクシーシーンは視聴者の本位だった! 投げ銭信者の心を鷲掴みにしたようだぜ」

「おほぉぉぉぉッ♥ 都内スイートルーム宿泊級の赤スパきたぁあ! あ、あのっ神主様。次は、次はどうしたら良いのです?」

「くくっ。すっかり目に$を浮かばせやがって。ま、最後はハートを浮かべることになるんだけどな」

「ふえっ? 何か言いました?」

「何でもねぇ。うっし、仕上げの脚本だ。なぁクレハ。そろそろ股のムズムズも我慢の限界じゃねぇのか?」

「股のムズムズ……ハッ!? そ、そうでした。異例のスパチャ乱舞に意識を集中し過ぎてすっかり忘れ……ぶるっちょぃにゃひふ! 思い出したら一気にダム崩壊が差し迫って参りました!!!」

「頃合いだな。じゃあスマホに向かって、神主である俺に生涯服従敗北宣言しながら、下半身にたまった老廃物を解放しろ! これが俺の究極除霊法だ!」

「老廃物を解放することが除霊! なるほど、それは一理ありますね。神主様っ、神ってるゥ♪」

「その意気だクレハ! セク巫女ビッチューバーのカリスマを目指すんだ!!!」

「かしこまりました! このクレハ・ボンバイエ、神主であるあなたに完全敗北し、生涯服従宣言と共に老廃物除霊法、崇拝いたしますぅぅッッ!!」

「リアルタイム視聴者三万人の顔面に向かってカメラ越しに解き放て!!!!」

「ウェイウェーイ♥ さあさあさあ。視聴者の皆さんのボルテージも最高かにゃ? わたくしの老廃物ボルテージも限界突破でッす! ああっ、くるッ、スゴい除霊くる、きちゃうぅ゛ぅ゛ッッッッ!!!!」


 今まさに聞こえた!

 守銭奴外道巫女、クレハ・ボンバイエの見てくれだけは完璧の清楚系淑女仮面が剛剣イヨノハヤマガリと共にギタギタのメタメタにぶっ壊れる音を!


「ぃ゛っきゃぁぴぉほン! ベンシが買えるレインボースパチャ来ちゃぁぁあ。チート! まさに賽銭チート! ぁンはぁッん゛ん♥ 嬉し過ぎて、感謝感激雨あられ老廃物除霊すぷら~~しゅ!!!」


 カタパルト射出の直前、クレハのふんどしの前垂れが都合よくふわりと浮き上がり、神の速さで除霊準備が整う。


「へへっ。自分の肉体がカネになると気付いた女の恐ろしさったらないぜ!」


 口の端を大きく吊り上げるたけしをよそに、いよいよ実況はクライマックスを迎える。


「見てくださいッ! 神主様との初めての共同作業ッ、記念すべき老廃物除霊一発目の晴れ姿をほぉをぉをぉほぉおおおおおおおおおおおおおお♥」


 絶対敗北宣言シッコアンドスラッシュ


 どうだろう? 見えるだろうか? 伊予の早回りのごとく、交差点を我先にとスマホに向かって一直線に飛んでいくイヨノハヤマガリの存在を。

 光の粒をまとう湯気立つ間欠泉を、スマホは微動だにせず浴び続ける。何万、何十万もの視聴者の幸福と興奮のために、身体を張ってただひたすらに浴び続ける。

 やがてスマホが老廃物に含まれるナトリウム、カリウム、リン、マグネシウムのミネラルダメージ蓄積によって配信が強制終了してしまうそのときまで――。


「はぁっ♥ んほぉ♥ はふゥんっ♥」

「ようやく収まったか。ったく、マジ初回からバズりまくりだろ。最終的には瞬間視聴者五十万人超えてたじゃねぇか」

「ぉっ♥ ぉっ♥ ンごぉ……♥」

「信者ってのは儲けるって書く。お前みたいな上っ面清楚系女は下品な面を晒してこそ価値を産むんだ。これからも廃課金信者相手に貢がせろよ。で、その金で俺と豪遊三昧だ」

「は、はひっ。銭ゲバ拝金霊はぁ、どうやらわたくしの中から完全に抜けきってないみたいですからぁ、また溜まったら老廃物除霊実況してくださいね神主様ぁっ……♥」

「いいぜ。まぁ今度はちゃんとSNSで配信予告をしてからの方がいいな」

「さっそくぅ、クレハ・ボンバイエ公式SNS祓ってみた、でも告知いたしますっ。日時は明日のお昼でよろしいですか?」

「おいおい。ずいぶんとお盛んじゃねぇか。うっし、その心意気を買ってさっそくお前にはおしっこの呪い淫紋を施してやる。場所はデコルテラインがいいな」

「ひゃぅくにゅぅんっっ。デコルテタトゥーとか巫女にあるまじき背徳行為ぃっ♥ でもいいにょぉ、わたくしはこれからセク巫女ビッチューバー路線でイク゛ッ、イクからぁぁあああッッッ!!」

「清楚からビッチへ上手く矯正できたようだな。いんや、むしろコイツには元々その手の素質があったんだろうぜ」

「ほへ? 何か言いました」

「いや、つくづく金の道も神次第って思ってな」

「さようですさようですゥ♥ バカな廃課金信者どもを利用して、骨の髄までお賽銭をしゃぶりつくすのって快感っ。これ、絶対にクセになっちゃうやつぅ……♥」

「へへっ。バカはどっちだか。俺に利用してやるぜ。骨の髄までお前をな」

「うふふふ♥ うひひひっ♥ あっひひひひひひ♥」

「って、もう聞こえてねぇな」


 こうしてクレハに刻まれる、ハートを模したおねしょの呪い淫紋。

 記念すべき七人目を飾るにふさわしいその緩み切った雌顔には、かつてどこに出しても恥ずかしくない清楚系淑女の面影はない。

 あるのは、自分の身体そのものがカネになることに気付いてしまった、セク巫女ビッチューバーとしての浅ましい素顔のみである――。

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