第6話 クールビューティーカジノバニー、ローザ・トローマン

 目を覚ませばそこは、豪華な装飾が美しい煌びやかなカジノの中だった。

 そして目の前には、トレイにシャンパンを乗せたウサ耳バニースーツ姿のプラチナブロンドロング美女がこちらを見下ろしている。

 シャンデリアの逆光で素顔は窺えないが、今にもこぼれ落ちてきそうなローアングル双丘は思わず息を飲んでしまうほどの絶景だった。


「お客様。負けてふて寝したいお気持ちは分かりますが、他のお客様のご迷惑となりますのでどうかご自宅でお願いいたします」


 取り付く島もないクールビューティー。ディーラーでもないのにこのポーカーフェイスぶりは、ガチでマジな素の性格なのだろう。


「カジノチップを落としちまってな。悪いがあんたの胸の谷間を確認させてくれねぇか」

「ふざけているのですか。SPを呼んでカジノから即刻叩き出しますよ」

「そうプリプリすんなよ。プリプリするのはケツだけにしとけ」

「お客様!? わ、私のふわもこプリティ尻尾がついたお尻、触って……」

「減るモンじゃねぇし、いいだろ。ちなみに、スリーサイズは?」

「答える義務はありません」

「怖い顔すんな。カジノのバニーガールは笑ってなんぼの世界だぜ? 客を楽しませろよ」

「堂々とセクハラしてくる人間など、お客様ではなく汚客様(おきゃくさま)です。どうやらまだ寝ぼけていらっしゃるようですので……今すぐ目を覚まさせてあげます!」


 バニー女は手に持ったシャンパンを容赦なくたけしの顔面に向かって浴びせかけてくる。


「おっと」


 しかし、たけしはとっさにゼログラビティを行いシャンパン飛沫(ショットガン)を避ける。


「ぺろっ。ふむ、このシャンペン。アルコール度数が二度ほど高くねぇか?」

「……!」

「通常、シャンペンは十~十二度がセオリー。にもかかわらず、このシャンペンは十五度くらいにキツい。これじゃ酒に弱いヤツは一杯で酔っちまうぜ」

「それが何か」

「ギャンブルにおいて一番大事なのは冷静さを保つこと。つまりアツくならないことだ。アンタの表情みたいにな」

「この顔は生まれつきです。それに私はアンタではありません。ローザ・トローマンと言うれっきとした名前があります。当カジノの看板バニーで通っています」

「いいかローザ。人間、酒を飲んで酔っ払うとどうしても気が大きくなる。ギャンブルに対してもそれは同じ。抑制力を失い、冷静な判断ができなくなってついつい大金を賭けちまう」

「……」

「意図的に酔わせ、必要以上に搾り取ってきたんだろう? あそこにATMもあるしな」


 スロットマシーンかと思いきや、あの筐体はATMだ。しかも五台もある。これは確信犯だ。


「贅の限りを尽くした煌びやかなこのカジノも、負けて破産した人間たちの屍によって形成されているかと思うとヘドが出るぜ」

「ヘドが出るのはあなたの辛気臭いニート顔です。さ、チップが尽きた負け犬はさっさとお引き取りください。さもなくば強硬手段に出させてもらいますよ」


 どこから取り出したのか、ローザはリボルバー拳銃を慣れた手つきでくるくるとガンプレイさせた後、銃口をたけしの眉間に向ける。


「おいおい。バニースーツの腰からリボルバーとはコシアンルーレットじゃねぇか。とにかくこれを見て落ち着け。チップならここにたくさんあるぜ?」

「なッ……すごぉほい、いっぱい! あなたもしかして、そのニート面(ヅラ)で資産家のお金持ち!?」

「この面は生まれつきだ。うっし、いっちょポーカー勝負と行くか。俺が負けたらチップはローザのもん。で、俺が勝ったらローザ。お前の身体を貰う」

「これだけチップがあったら借金も返せる。妹の陥没乳首手術費も……」

「何をぶつぶつ言ってるんだ。受けるのか受けねぇのか」

「うふふっ。ずいぶんと自信がおありなのでしょうけれど、私はこのカジノで長年拘束……いえ、働いてきたのよ。もちろん、ディーラーとしての腕も知識もある。分が悪いと思いますけど?」

「それはその通りだな。だからちょいとハンデを貰うぜ?」

「ハンデ?」


 鼻をほじりながら、スキル「尿意を催す」を放つたけし。


「ぃひゃあっくふにゅぉあひゃアアアア!?」


 刹那、ピンク色の怪しい波動がローザを包み込む。するとその一秒後には、寒気にも似た感覚が彼女の全身を襲った。


「フーッ、フーッ、ハフーッ」

「いきなり冷静さを欠いてどうした? 自分の身体を賭けた一世一代の大勝負の前だってのによ」

「わ、私の身体に何をしたって言うの――ン゛ン゛ごオ゛!?」

「ようやく効いてきたようだな。クールな兎も脱兎のごとく逃げ出す奥歯ガタガタスキル、尿意を催すが」

「尿意……。効き過ぎたカジノの空調のせいかと思ったら、あなたのせいだったのね!」

「怖い顔しなさんな。せっかくのクールビューティーが台無しだぜ?」

「う、うるさい」

「ところで疑問なんだけどよ。バニースーツってのは用を足すときはどうしてるんだ?」

「上から全部脱ぐに決まってるでしょ!」

「マジか。そりゃ不便だな。つーことで始めようぜ」

「えっ、ちょ、ちょっと待ちなさい。せめてスッキリさせてからお願い。このままじゃ冷静な判断なんてできっこないわ」

「おいおい。アルコール度数の高い酒で客の判断力を散々鈍らせてきたくせに自分の場合はごめんこうむる……ずいぶん調子がいいじゃねぇか、狡猾兎のローザちゃんよ!」

「きゃふゥんッ!」


 ローザの持っていたトレイを強引に奪い取ったたけし。

 その勢いのまま繰り出された高速回転尻叩きによってポーカーテーブルに吹っ飛ばされた彼女は、偶然にもテーブル突っ伏しお尻突き出しスパンキングポーズにさせられてしまう。


「へへっ。ケツ大豊作収穫祭だぜ」

「あぐッ、ぅぐっ、ぉぐぅッ! こ、このケツ好き野郎……」

「女のケツこそ男のマロン。ほら、いつまでもケツってねぇでカードを配れよ」

「わ、分かってる! こうなったら可及的速やかに終わらせてやるわ!」


 ポーカーフェイスを取り戻したローザはポーカーテーブルを挟むように立ち、カードの束を手に取る。細工が施された、たけしトランプとも知らずに。


「ほう。なかなかのシャッフルさばきだな」

「それはどうも」

「ここまで速けりゃ、胸の谷間に忍ばせた美味しいカードを自分のカードと取り換えることも可能だろうぜ」

「言いがかりは止めてください。当カジノは健全な遊び場ですから」

「健全ね。その危ういバニースーツ、前屈みになったらたわわバストがこぼれ落ちて不健全な遊び場になるぞ」

「ひゃぅッ!? ご、ご指摘感謝します」


 前屈みになってるのは尿意を我慢しているから。しかし、いざ体勢を戻せば尿意が襲い掛かる。ローザの肉体と精神は葛藤していた。


「カードを配ります」


 たけしが五枚。ローザが五枚。ポーカーは配られた五枚を元に、いらないカードを一回だけチェンジすることが可能で、出来上がった役によって勝敗が決するギャンブル。

 彼女の顔を窺う限り、スキル「イカサマシャッフル」を使って自分の勝利を信じてやまないドヤ顔(脂汗)だ。ま、それも数秒後には青ざめる(冷や汗)のであるが。


「ヴォエ!」

「おやおやどうしたんだい? まさか漏れちゃったのか」

「違います! この私がお漏らしなんて絶対にありえません!」

「だとしたら、役ができてるはずの自分のカードがブタだったとか」

「……ッ!」

「図星のようだな。クールなポーカーフェイスのメンツ、丸つぶれだぜ」

「あ、あなた今度は一体何を――」

「トランプをよく見ろ。一見普通のトランプに見えるが、普通のトランプじゃねぇ。イカサマシャッフルを無効化する、謹製たけしトランプだ」

「謹製たけしトランプ……!」

「ちなみに俺の手はブタよりも強い。このまま勝負したら俺の勝ちはゆるぎないぜ」

虚勢ブラフを。とは言え私にもまだチャンスがあります。カードオールチェンジオーバーカード!」

「威勢のいいことだが、もしチェンジ後もブタだったらローザ、お前は看板バニーなくて雌豚バニーになっちまうよなァ?」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげます!」


 こうして出そろった両者のカード。泣いても笑っても、どちらかが必ず負ける。

 いや、ローザの顔面蒼白を見れば一目瞭然。兎が豚になった瞬間でもあった。


「そ、そんな!」

「俺の役はハートのロイヤルフックアッパーストレートミラクルウルトラダイナマイトフラッシュだが、お前は?」

「しばしお待ちください。くしゃみが出そうで……へくちっ!」

「おいおい。なぁにカードをちょろまかそうとしてやがる!」

「ほあああアアアア!?」


 ローザがポーカーテーブルに散らばったカードにそれとなく手を伸ばす前に、たけしは素早く彼女の背後に回り羽交い締めにする。


「へへっ。さすがはカジノの看板バニー。表面上はクールを装ってても、体はしっかりホットでデンジャーな香りをプンプンさせてるじゃねぇか」

「やめっ、髪ッ、鼻先でかき分けてうなじクンクンしないでっ……!」

「立ちっぱなしの仕事はさぞ疲れるだろ? 優しい俺はお前を座らせてやるからな。感謝しろ」

「えッ! ちょ、ちょっと。カジノの商売道具とも言えるポーカーテーブルに座らせるなんて不謹慎な! 支配人からクビにされてしまいます!!」

「うるせぇ!!」


 チップやトランプカードが乱雑に散らばったポーカーテーブルに転がされるローザ。エロソシャゲのカジノイベントでは定番とも言える寝室シチュエーションだ。


「クビだぁ? それよりももっと他に気にするところがあるだろうが!」

「ぁっ、ぁぁっ、ふおぁぁッ!」


 火照ったローザの身体のあちこちに貼り付く五枚のカード。

 胸の谷間に一枚、右胸に一枚、左胸に一枚、ヘソに一枚、そして最後は奇跡的に子宮に一枚。

 皆、カードの絵柄も数字もバラバラで、彼女の役がブタであり、彼女自身も豚であることが白日の下に晒された。


「さて雌豚バニーのローザちゃん。勝負に負けたらどうなるんだっけ?」

「み、身も心もあなたの所有物モノになります……」

「分かってるじゃねぇか。まぁ安心しろ。たとえこのカジノをクビになっても、俺専属の雌豚バニーとして雇ってやる。ついでに借金も返してやるし、妹の手術費も払ってやるよ」

「ふぇっ!? ほ、本当ですか」

「ただそのためには支配人が見てる……あの天井の監視カメラに向かってアヘ顔ダブルピース決別お漏らし永遠お別れマックスベッド宣言しながらおしっこ系ヒロイン化する必要があるがな」

「おしっこ系ヒロイン!? 当カジノで一番の冷徹冷血を自負する私が、神聖なバニースーツのまま粗相をしろと! しかも支配人の監視下で!」

「イヤか?」

「い、いえ、ですがその、支配人は借金まみれの私を拾ってくれた恩人……」

「恩人だぁ? カマトトぶってんじゃねぇ! 現在進行形でお前に降りかかってる危機は借金よりも尿意だろうがッ!」

「ハッ!」


 積もり積もった恩義よりも、目先の尿意の方が大事。

 分かりやすく言えば、幼馴染と大切に育んできた十年越しの恋よりも、転校生不良と過ごすジェットコースターな一週間の方が雌の本能を著しく刺激するアレだ。


「そ、そうれすっ。私、もうこれ以上我慢できないッ!」

「ようやく自分の置かれている立場が理解できたようだな。じゃあ俺が後ろから抱き締めながら両脚をめいっぱい開いて固定しておいてやるよ。お前の新たな門出に乾杯だ」

「ぁッ♥ あなたの手、ゴツゴツしてて温かい……。これが、ヒトの温もりってやつなのね」

「クールなお前も心の奥底では人の温かさを求めていたんだ。よってこれからは俺がお前の人だ」

「溶けるっ。心が雪解けのように蕩けてイクぅッ! ああっ、支配人様ッ。どうか私を……おしっこ系ヒロイン雌豚バニーとして、私の身も心も支配してくださいませぇっ!!」


 今まさに聞こえた!

 クールビューティーウサ耳バニー、ローザ・トローマンのポーカーフェイスがリボルバー拳銃と共にコスパキに折れる音を!


「ウェーイ。支配人様見てる~ぅ? たった今から、たけし様が私の支配人でぇ~す♪ 本日限りでカジノも辞めさせてもらいますのでバイバ~~~イ♥」


 カタパルト射出の直前、ローザの網タイツが都合よくビリリと破れ、可及的速やかに射撃準備が整う。


「へへっ。お別れ監視カメラレターも済んだようだな。じゃあ餞別をくれてやれ」


 口の端を大きく吊り上げるたけしをよそに、いよいよ勝負はクライマックスを迎える。


「見てっ、しかと見ていてくださひッ! 神聖なポーカーテーブルの上でマックスベッドロイヤル雌豚ストレートすぷらっしゅ決めちゃうところぉぉ……ぉぴゃあああああああああ!!」


 絶対敗北宣言シッコアンドスラッシュ


 どうだろう? 見えるだろうか? まるでリボルバー拳銃のトリガーを引いたかのごとく、監視カメラに向かって一直線に飛んでいく金色弾丸の存在を。

 キラキラと美しく輝く熱気ムンムンシャンパンコールを、監視カメラは無機質さを保ったままぶっかけられ続ける。逃げることはおろか瞬きすら許されぬまま、ただひらすらにぶっかけられ続ける。

 やがて防水加工を施されたはずのカメラが、火花を散らして故障ショートしてしまうそのときまで――。


「はふッ、ぁふッ、ほふゥっ♥」

「ようやく収まったか。ったく、マジでスナイパーじゃねぇか。いっそ専用武器をリボルバーからライフルに変更しろよ」

「ぉ゛っ、ん゛ほぉ、んごぉ゛ッ♥」

「世話になった元支配人の恩をにょうで返した気分はどうだ? 最高だろ?」

「ふ、うふふ、うふふふ♪ 恩と言ってもぉ、借金の弱みにつけこんでしょっちゅうセクハラされてたしぃ、あのクソデブハゲオヤジの顔面に下剋尿ぶっかけたと考えればいい気味だわ!」

「おほっ♪ いい顔するようになったじゃねぇか。そうそう。雌豚バニーは嘲笑アヘってなんぼの世界だ。これからも俺を楽しませろよ」

「はいかしこまりました支配人様ぁっ♥ 末永く、私のことを飼ってくださいませっ。それと、あの件の方もどうかひとつ……」

「ああ。任せろ。お前の妹も俺専用のおしっこ系ヒロイン雌豚バニーとして姉妹仲良く飼ってやる。ロイヤルストレートフォーエバードンウォーリーフラッシュだ」

「ありがとうございますゥ! ああん、ローズぅ待っててねぇん! 親愛なる支配人様に出会えた今日は雌豚記念日……人生の中で一番忘れられないハッピーな一日になりそぉ!!」

「その忘れられない一日に俺からさらなるプレゼントだ。おしっこの呪い淫紋を施してやるぜ。場所は……こぼれ落ちそうなここがいいよな」

「きゃぅぅんッ! バストタトゥーとか一気にアウトロー系女子フルスロットルっ」

「お前のスナイプやイカサマシャッフルは悪事に使えそうだ。そのスキルを使って、今度も俺の役に立ってもらうぜ?」

「はぁ~~~い♥ 私、ローザ・トローマンは永遠に支配人専用様のおしっこ雌豚バニー奴隷でぇ~~~~~~~~~~す♥」


 こうしてローザに刻まれる、ハートを模したおねしょの呪い淫紋。

 記念すべき六人目を飾るにふさわしいその緩み切った雌顔には、かつて取り付く島もなかったクールビューティーの面影はない。

 あるのは、すでに人としての自覚を失い、年中放尿期を彷彿とさせる雌豚バニー家畜奴隷としての浅ましい素顔のみだ――。

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