第5話 上級淫魔メスガキサキュバス、キャロル・ブラホックネス

 小さな格子窓から差し込む淡い月明かりに導かれるように――。


 目を覚ませばそこは、薄暗くジメジメとした牢屋の中だった。

 そして目の前では、背中に羽根、先端がハート型の長い尻尾、頭に曲がった角を備えた、際どいボンテージ姿のサキュバスがこちらを見下ろしている。

 暗がりで表情は見えないが、可愛い八重歯が露出していると言うことはメスガキで間違いないだろう。


「夜型のくせにいつまで寝てんのよクソニート! 早くわたしに魔力を供給させなさいよね!!」


 とうに絶滅したと思われた古典的なツンデレ口調にまな板の胸部。これはもう髪型だって鉄板だ。やっぱりツインテールだ。


「昨日はエルフ狩りで忙しかったんだ。もう少し寝かせてくれよ」

「あっきれた。アンタはあと数分でロード不可のデッドエンドエクスタシーなのよ?」

「意味もない横文字、うっせーよ。お前の声、ハスキー過ぎて耳に響く」

「むきーーー! ちいとばかし命乞いの猶予を与えてやろうと思ったけど必要ないようね。今すぐここでアンタの命を貰うわッ!」

「落ち着け。とりあえず俺の隣に来い。一緒に寝よう」

「えッッ!? い、一緒に寝るなんて、そんなのお付き合いしてからじゃないとダメなんだからね!」

「勘違いしてねぇか? 俺はただ添い寝をしようと言ったんだ。お前のカッコウ、裸同然だからな。寒くねぇのか?」

「確かに地下牢はひんやりして肌寒いけど……アンタをヤれば興奮して身体がぽかぽかアツくなるかもね!」


 どこから取り出したのか、サキュバス女は自分の背丈以上にありそうな大振りの鎌の切っ先をたけしに向ける。


「おいおい。物騒なもん持ちだすな。お前のようなか弱い女が持つのはせいぜいスプーンかフォークくらいにしておけ」

「か、か弱いなんてそんな……初めて言われた――って、あたしはこれでも過去に何十人もの人間を下僕にしてきたヤり手なのよ!」

「甘ぇな。俺は昨日、何百匹もの雌エルフを手なずけてきたんだ」

「一日で何百!? 寝言は寝てから言えやアホボケクソニート! アンタのような冴えない陰キャヤローにエルフを手なずける能力なんてありっこないでしょ! しかも雌を!」

「ならば試してみるか。俺とお前、どっちの使役力が上か」

「あのね、お前とか失礼な呼び方しないでくれる? あたしにはキャロルって言う名前があるの。上級淫魔のサキュバス、キャロル・ブラホックネスよ」

「キャロル。いい名前じゃないか。俺はたけし」

「ありがとたけし。そしてさようなら!」


 一瞬デレた表情を見せたものの、まるで照れ隠しを行うかのようにキャロルは鎌を持った手を振り被り、容赦なくブンと横振りしてくる。


「おっと」


 しかし、たけしはとっさに壁際へと等速直線運動をし、襲い来る鎌の一閃を避ける。


「へぇ。あたしの水平範囲斬撃ホライゾン・カッティングを避けるとはなかなかの身のこなしじゃない。じゃ、これはどお? 垂直範囲打撃バーチカル・ストライク!」

「よっ」


 しかし、たけしはとっさに角へと等速直線運動をし、迫り来る鎌の追撃を避ける。


「ちょこまか避けるんじゃないわよ。ちゃんと止まっててくれないと当たらないじゃない」

「ムチャ言うな。当たったら痛いじゃ済まねーだろうが」

「ふふっ、まぁいいわ。壁際の角……人生と同じでアンタにもう逃げ場はない。おとなしくあたしの鎌……ボインサイズの魔力えさになりなさい。ホライゾンバーチカルコンバインアタック!!」


 水平だか垂直だか分からないが、とにかく大技を繰り出してくるキャロル。

 だが、まだ彼女は気付いていない。たけしの密かに張った伏線に――。


 キィィィン! ガチィィィン!


「なッ! 鎌の切っ先が牢屋の壁に当たって跳ね返されてる!?」

「ようやく理解したようだな。狭い空間で長いエモノをいたずらに振り回すことがタブーだってことを」

「……!?」

「お前は右利き。当然、右手側から攻撃が繰り出される。となれば、壁を左手側にして立てば攻撃は当たらねぇ」

「戯言を! 横がダメなら縦……って、ええっ!」

「天井はおよそ二メートル十センチ。一般家庭よりも低い。大きく振りかぶった縦振りもタブーに決まってんだろうが」

「あ、あんたもしかして全部分かってて壁際の角に……うかつだったわ」

「どうした、声がビブラートしてるぜ。ま、俺には分かる。今お前に起きてる状態異常が。ずばり、腕が痺れているんだろう?」


 学校の椅子に座っていて不意に手を引いたとき、椅子の背もたれに肘を思い切りぶつけて骨がジーンとする現象。それがまさに今、キャロルの肉体で起こっているのだ。


「少しの間、休ませてあげる。ありがたく思いなさい。か、勘違いしないでよね! 別にアンタのためを思ってなんかじゃないんだから!」

「おいおい。最近チックトックでバズってるツンデレ命乞いか? だがな、俺には通用しねぇ!」

「ぁっ、ちょ、待っ……きゃああああ!」


 麻痺状態のキャロルはお触りし放題、イタズラし放題の動かぬ的だ。

 だからそこらへんに転がっていた囚人用の錆びた手枷を使って、ものの数秒で壁に両腕バンザイぺたんお座り拘束してやることも可能。


「にょほほ。やっぱ牢屋には拘束具が映えるよな」

「撮影すんなこの鬼畜! 今時こんな不謹慎な動画をSNSに載せたら即炎上で世間から袋叩きなんだからね!」

「鬼畜なのはお前だろ。今まで何十人も下僕にしてきたんだろ。そっちの方がよっぽど炎上案件だぜ」

「あたしはいいの! 淫魔だから!」

「どういう理屈だよ。それはそうと、あんまり暴れると手首に傷痕が残るぜ?」

「そ、それは困るわ。あたしのような美少女淫魔は常にキレイな身体でいないと」

「そうそう。おとなしくしてりゃあ手荒な真似はしねぇよ」

「クッ……」

「ま、そうは言っても今度はお前が俺の下僕になる番だがな」

「フン! やれるもんならやってみることね。どうせあんたみたいな草食童貞ニートに、女の子を好き勝手する度胸あるわけないんだし!」

「ったく、ああ言えばfor you. これ以上生意気な口利けねぇようにしてやるぜ」


 鼻をほじりながら、スキル「尿意を催す」を放つたけし。


「にょほンほン゛ぉんひょぁあはにゃあおあおああひああひゃ!」


 刹那、ピンク色の怪しい波動がキャロルを包み込む。するとその一秒後には、寒気にも似た感覚が彼女の全身を襲った。


「ぉっ、ぃ゛ッ、くっ、ひっ、おンにょほ!」

「急に口数が減ってどうした。ア? 上級淫魔のメスガキキャロルちゃんよ」

「あ、アンタ。あたしの身体にまた違った状態異常をかけたわね……ぅ゛んきょほんひゃぉおおお!?」

「ようやく効いてきたようだな。淫魔すら恐れおののく俺の悪魔的スキル、尿意を催すが」

「尿意を催す!? クッ、ひんやりとした牢屋の石床にぺたん座りさせられて下半身がぶるっちょさむさむかなと思ったらそっちだったんかい!」

「おいおい。ジタバタしたら手首が傷つくと言ったはずだが?」

「そ、そんなこと言ったって濁流ッ! スゴい濁流きてるッ、すぐそこまで迫ってるのぉっっ!」

「我慢すんなよ。誰も淫魔の垂れ流しなんか見てねぇから」

「アンタが見てるでしょうがこのボケ! それにこのボンテージは昨日お母様から上級淫魔昇格のお祝いで譲り受けた大切なお古! 汚せないの!」

「へぇ。いいこと聞いたぜ。お前の母親なら、さぞかし超絶美貌の持ち主なんだろうな」

「ま、まさかお母様まで狙って……いずれ母娘丼するつもりじゃないでしょうね!」

「とんとん拍子で行けば、俺がお前の父親になる可能性もある」

「冗談じゃないわこのボケ!」

「おやおや。父親じゃなくてカレシ一択じゃないと不満か?」

「キモ! ニートは恋愛模様すらキモいのよ。都合のいいハーレムエロゲのやり過ぎじゃないの!? と言うかそれ以上近づかないでっ。ニートがうつるっ!」


 先端がハート型の尻尾をやみくもに振り回したところで、薄暗闇の中でほくそ笑みながらにじり寄るたけしの前には意味がない。


「はきゅにゃっ!?」


 程なく、正面からあっけなく拘束されてしまった。


「へへっ。キャロルの腋、赤ちゃんみたいな匂いがするぜ。淫魔とは言えまだまだお子ちゃまのようだな」

「ぁっ、ひゃっ、にゃッ! そ、そんなところクンクンするなぁッ!」

「クンクンがダメならペロペロはいいのか」

「なおさらダメに決まってるれしょぉバカぁぁ!」

「それにしても、ボンテージってぴっちぴちでイイな。都会の女もハロウィーンだけじゃなくて普段からこんな格好で出歩けば男は皆ハッピーセットなのによ」

「む、ムネに鼻息吹きかけるなっ」

「ねーだろ。まな板のお前にムネなんか」

「あるわいダボ! お母様のボインブラッドを継いでいるんだし、これからが成長期なのよ!」

「ったく、この期に及んでびーちくぱーちく口の減らねーメスガキだ。メトロノームみたいにゆらゆらしてる尻尾もウゼぇし」

「あッ! ダメっ。尻尾をギュッて掴んだら……特に先っちょをグリグリ握っちゃダメぇぇっっ!!」

「もう遅い」


 ネットで見たことがある。

 淫魔の弱点は尻尾。それも先端が特に性感帯で、生意気な口を利いて心底ウゼェと思った場合はここをギュッと掴んでグリグリ握って責めれば一発KOだと。


「のほあああああああああああああおん♥」


 うん。やっぱりネットの情報は信ぴょう性があるな。

 襲い掛かる尿意と感度1000千倍のダブルパンチで、もう脳内はぐちゃぐちゃだろう。声色も甘く、舌を突き出し、目つきもトロンと従順になった気がする。


「お、お願いれすっ。もうこれ以上お仕置きしないでっ。お花を摘みに行かせてくださいッ」

「初めからそう言えばいいんだよ。いいか、これから俺をアルティメット魔王として敬い、忠誠を誓え。下僕になれば花畑を用意してやる」

「なりゅっ。なりましゅっ♥ 下僕にでも何でもなりますからどうか……って、花畑?」


 たけしがキャロルの股下に置いたのは錆びたバケツ。


「バケツ!? 殺生な。あたしは誇り高き淫魔……爽やかな川のせせらぎが聴こえる、パウダールーム完備のプラズマクラスターお花摘み場じゃないとダメにゃのにッ!」

「いちいち注文が多いやつだ。じゃ、このまま放置してやる。せいぜい地獄までのカウントダウンライブを楽しみな」

「ま、待ってっ。待ってください。この際バケツでいいですケッツッツ! バケツ花畑の刑でいいですから魔王様ぁぁッッ!!」

「うっし。ようやく素直になったな。素直な下僕にはちゃんとご褒美を与えるのが俺の調教方針だ。ケツを浮かせて腰をグッと突き出しながらガニ股ダイナミック開きセクシィ蹲踞しろ」


 上半身のまな板ぶりはさておき、アルファベットの十三番目の形に開かれたキャロルの太ももは意外にも肉感がありムッチリしている。


「こ、こんなカッコ、恥ずかしひ……」

「淫魔風情が何言ってやがる。むしろ専売特許のグラビアポーズだろうが」

「はふ、うにゅっ、ひゃぅッ。ま、魔王様の息がうなじ、かかって……らめっ、らめぇぇぇぇぇぇぇッッッ!」

「頃合いか。いいか、絶対にこぼすな。しっかりバケツの底の中心をスナイプしろよ」

「でも、一度放たれたらコントロール効かないですし……」

「ごちゃごちゃ言うな! 軌道を思い描け。イメージしろ」

「軌道をイメージ……きゃぅぅんッ! エロティメット魔王様っ、鬼畜過ぎます」

「アルティメット、な」


 淫魔の聖水をやすやす床に吸わせたらそれはそれでもったいない。

 確かな情報によると、高値で売れるらしいからな。


「どうだ、イメージしたか」

「で、でもっ、このポーズずっとしてると、今度は足がガクガク疲れてきて……」

「大丈夫だ。俺がしっかり支えておいてやる。お前が安心して軌道を描けるようにガッチリとな」

「ぁっ、ぁぁっ♥ 魔王様の手、力強くて温かい……。冷え切ったあたしの心をじんわり溶かしてイクぅぅッッ……!」

「準備はいいか」

「はひっ、はいいっ……!」

「よし。いけ! 格子窓から見える満月に向かって俺に生涯下僕宣言をしながら濁流状態異常を解除しろ! そしておしっこ系ヒロイン最上級淫魔として昇華するんだ!!」

「つ、月に見られながら昇華イク! 最上級淫魔になりゅぅッ! あたしキャロルは魔王様専用の生涯下僕おしっこ系ヒロイン淫魔として生きることを誓いま~~~~すぷらっしゅッッ♥」


 今まさに聞こえた!

 上級淫魔のサキュバス、キャロルの小生意気かつ強がりで、おっぱい小振りでもピリリと辛いツンデレが、大鎌ボインサイズと共にバッキバキに折れる音を!


「ん゛きゅぉはぁッふぉ♥ か、解除きたぁっ! 満月の下で状態異常解除きたぁッ!! 正気に戻ったけどバケツに濁流ぶっ放すにゃんてある意味邪道……でもいいのぉ、あたし淫魔だからぁ!」


 カタパルト射出の直前、キャロルの八重歯が根元から折れ、一人前の雌としての成長を遂げる。


「へへっ。オトナの階段を上ったな。ったく、それにしても困ったぜ。こんなに色気があっちゃ、もうメスガキなんて呼べねぇじゃねぇか」


 口の端を大きく吊り上げるたけしをよそに、いよいよ戦いはクライマックスを迎える。


「ひぴゃらぃしゅにょふぁぷぴあああああ♥」


 絶対敗北宣言シッコアンドスラッシュ


 どうだろう、見えるだろうか? 弧を描く切っ先を持つ大鎌ボインサイズのごとく、淡い月明かりをバックに放物線を描く尊きスペシャルレインボーの存在を。

 キラキラと美しく輝き湯気立つその狙い撃ちを、錆びたバケツの花畑は静寂を保ったまま、汲み溜め続ける。飛び散りも跳ね返りも何のその、ただ汲み溜め続ける。

 やがてこれでもかと溜められた水量によって、キャロルの恍惚の顔が水面(みなも)に映るその時まで――。


「ぉ゛っ♥ ぉ゛っ♥ んほお♥」

「ようやく終わったか。お前、マジでノーコンだな。俺が支えてなきゃ白川郷スプリンクラーだったぞ」

「ぁにゃひ♥ ぉゥひっ♥ んひひッ♥」

「月とスッポンならぬ、月とおしっこか。だらしねぇ面しやがって」

「爽やかな川のせせらぎが聴こえる、パウダールーム完備のプラズマクラスターお花摘み場じゃない……鈴虫の鳴き声が聞こえる狭くて汚い牢屋で拘束されながらのお花摘み、マジ風流ぅッ」

「本来、牢屋がジメジメしてるのは湿気のせいだけじゃない。かつてここで尿意を催した者たちの屈辱と恍惚の証だ。覚えておけ」

「そ、そうだったのですね魔王様ぁ……。博識過ぎましゅぅぅッ」

「さて、下僕のお前にはおしっこの呪い淫紋を施してやるぜ。場所は……俺が一番初めに鼻先マーキングした腋の下だ」

「ぉほぉン゛ッ♥ くすぐったひっ」

「へへっ。普通淫紋なんてのは外から見える位置に施すもんだが、あえて見えにくい腋の下に施すことでより一層イケナイ感が増すだろ?」

「イケナイ感、増す増すぅぅッ! 淫魔のクセにお母様の言い付けで、淫紋は不良淫魔のすることだからイケませんって言われてだけど、イれちゃいまひた~ぁっ♥」

「いずれボインブラッドの持ち主であるお前の母親にもお揃いの淫紋を入れてやろう」

「ほ、本当れすか魔王様ぁっ」

「ああ。そのためには分かってるな?」

「はひっ。お母様を魔王様の元に連れて来て、母娘丼セッティングいたしましゅッ♥」


 こうしてキャロルに刻まれる、ハートを模したおねしょの呪い淫紋。

 記念すべき五体目を飾るにふさわしいその緩み切った雌顔には、かつてツン・デレ・ツンの三拍子を刻んでいたメスガキの面影はない。

 あるのはデレ・デレ・デレの純度百パーセントのデレリズム三拍子を尻尾で奏でる、一皮むけたレディーとしての色気たっぷりの素顔のみだ――。

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