第3話 武闘派修道女(ファイターシスター)ソフィア

 目を覚ましたらそこは、寂れた修道院だった。

 そして目の前には、神前に跪き祈りを捧げるプラチナブロンドの修道女シスターがいた。

 ウィンプルで顔が隠されているとは言え、華奢で細い後ろ姿を見る限り女性で間違いないだろう。


「迷える旅人よ。許可なく修道院内に立ち入ることは禁止されています。即刻立ち去りなさい。さすれば、この一件は特別に見過ごして差し上げますわ」


 顔は見えぬが、言葉の節々に感じる気品、たおやかさから慈悲深い人物であることがひしひしと伝わってくる。


「悪いが水を一杯くれねぇか。喉がカラカラヘビっちょでよ」

「申し訳ございませんが、当修道院では訳あって飲料水の提供は行っておりません。ご了承ください」

「おいおい。水の一杯も出せねぇってのかよ……って、ここに並んでる瓶はまさかビールか? 聞いたことのねぇ銘柄だな」


 淡い金色の液体に満たされた、ソフィアと言うラベルが貼られた瓶にたけしは手を伸ばす。


「い、いけません! それに触れては――」

「へぇ、修道女ってのは飲酒しながら神に信仰するのか。いい御身分だな」

「勘違いしないでくださいませ。こちらのアビイ・ビールは言わばわたくしたち修道女の大事な栄養源……命の水なのですわ」

「ビールが栄養源? ハッ、待てよ」


 ネットで見たことがある。

 昔、中世ヨーロッパでは生水を飲むとコレラなどの経口感染症にかかる可能性があった。

 だからこそ、日頃からビールやワインを飲むことを推奨していた。

 また病院の役割も担っていた修道院は、薬用植物を使用した栄養豊富なビールを信仰の傍ら日々醸造し、薬としても利用していた――と。


「なるほど。水の一杯も出せない理由がそれか」

「さようです。ですから――ハアアアアアア!?」

「フー……。異国のビールってのもなかなかいいもんだな。ま、温いのが玉に瑕だけどよ」

「ラッパ飲み……! わたくしが丹精込めて作ったアビイ・ビールをたった数秒で……」

「ほう。ラベルにソフィアと書いてあるけど、お前の名前はソフィアって言うのか。なかなかいい名前じゃねぇか」

「許しがたき愚行。民に振る舞うためのアビイ・ビールを、あなたのようなクソの役にも立たない陰キャニートが飲み干すなど、おこがましいにもほどがありますわ!」

「おほっ♪」


 明らかに声の性質が変わったソフィア。

 言葉の節々にあった気品や優しさは完全に消え去り、怒りと憎しみの感情のみに切り替わる。

 やがて憎悪のオーラをまといながらゆらり……と立ち上がると、たけしの前でこぶしを握り、戦闘態勢をとる。


「最近のシスターってのは、武術の心得もあるのか。物騒だぜ」

「黙って立ち去っていれば良かったものの……あなたはわたくしの逆鱗に触れました。残念ですがもう、生身で帰すわけにはいきません。今すぐここで排除(ヌッコロ)します」

「神の前で俺を排除ヌッコロとは穏やかじゃねぇな」

「むしろ好都合でしょう。その腐った脳と自堕落な肉体を一秒でも早く神の元へと昇天セクシュアルクライマックスさせることができるのですから」

昇天セクシュアルクライマックスね。シスターにあるまじき発言だぜ。もし、俺以外の民が聞いていたらどうする?」

「ご安心を。ここにはわたくしとあなた以外にはいません。ですから、あなたがここに来たこと自体もなかったことに……わたくしの中だけで都合よく改変できるのです!」


 こぶしにセスタスを装着したソフィアは、目にも止まらぬ速さで正拳突きを放つ。


「おっ……と!」


 しかし、たけしはとっさにゼログラビティを行い正拳突きを避ける。


「わたくしの神速のこぶしを避けるとは、なかなかやりますわね。では、神すら目を背ける殺戮コンビネーションではどうです」

「よっ」


 しかし、たけしはとっさにエアリアルを行い、フックからアッパーの殺戮コンビネーションをかわす。


「なるほど。ではさすがにこれを避けるのは無理でしょう。神すらビビるステンドグラス風神キック!」

「おいおい。こぶしが当たらねぇのに、厚ぼったいローブをまとったヌルい蹴りが当たるとでも思ってんのか?」


 しかし、たけしはあくびをしながら襲い来る蹴りの猛攻をバックステップで回避する。


「クッ。ゴキブリのごとくちょこまかと……。しかたありませんね。できればこれは使いたくなかったのですが――」


 こぶしにいかづちをエンチャントしたソフィアは、正拳突きからの殺戮コンビネーションで再び襲い掛かる。


「跡形も残らぬよう、消し炭にして差し上げますわ!」

「こねぇ。こねぇなぁ。そんな静電気程度の雷じゃビビッとよぉ」


 しかし、たけしは頭をガシガシとかいてフケを飛ばしながら神速雷神殺戮コンビネーションを手のひらですべて受け止める。


「はぁっ、はぁっ。そ、そんな。わたくしの武術が通用しない……? 神よ、わたくしは夢でも見ているのでしょうか」

「もう終わりか? しかしまぁあれだな。小手先だけの技術じゃなくて、まずは体力をつけた方がいいぜ。ソフィア」

「勝手に呼び捨てにしないでくださいませっ。この外道がッ!」

「へっ。諦めろ。スタミナ切れの鈍いパンチなんぞ俺に当たるわけねぇだろう……がッ!」

「なッ! き、消えた」

「おいおいどこを見てんだ。後ろだよ」

「ひゃううんん!?」


 たけしのマッハ頭突きにより板の間に吹っ飛ばされたソフィアは、偶然にもプレイバウポーズにさせられてしまう。


「へへっ。ケツドラムだぜ」

「くゥん……。あ、あなたはいったい何者なのですか」

「俺か? 俺はなぁ、神だよ。お前たちが信仰すべき神が直々に地上に降りて来てやったんだ」

「神……? 戯言を。わたくしの崇拝する神はもっと清らかで美しい。あなたのような汚くて卑しくて、おまけにみっともないニート面をしていませんわ!」

「言うじゃねぇか。ならば教えてやる。俺の神スキルを身をもって知りやがれ」


 鼻をほじりながら、スキル「尿意を催す」を放つたけし。


「おッよぴゃはあぷあぷあああああああ!?」


 刹那、ピンク色の怪しい波動がソフィアを包み込む。するとその一秒後には、寒気にも似た感覚が彼女の全身を襲った。


「ぁっ、ぃッ、ひっ、おンおほ!」

「なかなかいい声で遠吠えするじゃねぇか。ア? 武闘派修道女ファイターシスターのソフィアさんよ」

「あ、あなた。わたくしの身体にいったい何を……ん゛にょぉおおおおおおお!?」

「それはお前の身体が一番よく知ってるんじゃねぇのか?」

「う゛ッ、ぉふっ、おっぃ゛にょンふ……!」

「ようやく効いてきたようだな。俺の神スキル、尿意を催すが」

「尿意――。なるほど、これも神の試練なのです、ね……」

「おいおいどうした。脂汗をかいてるぜ。さっきまでの殺意はどうしたよ。消し炭にしてやるとか言う」

「さ、三分間。あと三分間だけ、あなたにはこの世に滞在する慈悲の猶予を与えましょう。しばし、離脱いたしますッ」

「お~っと。逃げようたってそうはいかねぇぜ?」

「は、離しなさい! その汚れた手をッ!」

「まぁ落ち着け。おあつらえ向きに、かつての神の面前にいるんだ。いっそここで冒涜決別昇天すればいいじゃねぇか」

「なッ! そ、そのような背信行為、できるわけ――」

「安心しろ。ここには俺以外いないんだぞ」

「そういう意味ではありません! はばかりははばかりで行えと神の教えに」

「きっと気持ちいいぞ。しがらみを捨て、この開かれた空間で解放するってのは。何事にも代えがたい悦びと幸福をお前の身体に植え付けるだろうぜ」

「と、止まりなさい。これは警告です! それ以上、近づかないでッ!!」


 セスタスを駄々っ子のようにブンブンと振ったところで、舌なめずりキモ顔をしながら両手を広げたフリーハグポーズで前進するたけしの前には意味がない。


「んきゃっ!?」


 ついには背後に回り拘束されてしまった。


「へへっ。見た目の割に汗臭いんだな。風呂に入ったのは何日前だ? ま、飲料水がないとなりゃ風呂にも入れねぇからな。これは女にとっちゃ致命傷だろ」

「くっ、にゃふっ、らめっ、嗅ぐのダメぇっ……! 首筋、弱いからっ……!」

「弱いのは首筋だけじゃねぇだ……ろッ!」


 ビリッ、ビリビリビリィィッ!


「ひゃぅン゛!」


 空きっ腹にビールをあおり、そろそろ小腹も空いてきたところだ。

 ソフィアのローブを引きちぎり、まるで弁当を売るかのように背後から抱きかかえたたけしは、かつての神の前に見せつけるようにして彼女の両脚をアルファベットの十三番目の形に開く。


「い、いけませんっ! このような不埒なカッコ、神の前でいけません゛ん゛ッッ……!!」

「せっかくの武闘派修道女ファイターシスターも、こうなりゃかたなしだな」

「ゃっ、ゃぁぁっ……」

「時にソフィア。ビールを作るのにどれくらいの時間がかかるんだ」

「突然何を言い出すのです! いいですか、耳の穴をかっぽじってよ~~~くお聞きなさい。二週間ですよ二週間! その苦労を、あなたはやすやすと胃に流し込んだ……」

「そんな時間をかけなくても、もっと簡単に、それも楽に、たった一分でビールを作る方法を教えてやろうか?」

「えっ!?」

「興味あるよなァ? 毎日毎日、面倒な醸造に時間を食われるなんてアホみたいだよなァ?」

「確かに、来る日も来る日も手間暇かけて作るのは骨が折れますわ」

「辛かったよな? しんどかったよな?」

「はい。それはもう辛くてしんどくて……。本当はもっと他のことに時間を。お化粧したり、美容院行ったり、修道女シスターズ公式チャンネルの祈ってみたライブ配信に充てたりしたいですのに……」

「だろ? だったら俺に敗北宣言をし、新たな神として崇めろ」

「神!?」

「ああ。そうすれば超絶コスパのいい神ビールの醸造方法を教えてやるぜ」

「超絶コスパのいい神ビール……!」


 神の前であられもない格好をさせ続けられ、すでに修道女としてのプライドなどズタズタのソフィアは、たけしの甘い囁きによって次第に抵抗力を失っていく。


「お、教えてくださいませ」

「ア? なんだって? 急に威勢がなくなったから聞こえねぇよ」

「あなたに敗北し、あなたを新たな神として認めますッ。ですから、とにかく穢れをっ。一刻も早く穢れを解放させてくださいませぇッ!」

「ようやく素直になったな。うッし、だったら教えてやる。お前が今まさに我慢してる穢れこそ、神ビールの正体だ」

「穢れがビール! たしかに色は似ていますけれど――」

「さぁ遠慮なく醸造しろ。声高々に敗北宣言をし、俺を神と崇めながら、かつての神の顔面に向かって冒涜決別穢れをぶっかけて、おしっこ系ヒロイン化昇天するんだッ!」

「おしっこ系ヒロイン。この知勇兼備なわたくしが……おしっこ系ヒロイン! 何と言う浅ましく、知性の欠片もない字面……でも、そこがまたたまらなく……イイ!」

「ま、安心するこった。ここには俺とお前しかいねぇ。たとえ民が目を背けるほどの粗相をしたとしても、特別に俺の中だけに留めておいてやる」

「あ、ぁはぁッ♥ ありがとうございますゥ、あるじ様ぁぁっっ♥ 慈悲深いお心遣い、熱烈感謝いたしますわ!」

「分かればいい。じゃあ行け! 張りぼてのクソ神に向かって大股開き決めながら解き放てッ! 己の穢れビールを!」


 今まさに聞こえた!

 武闘派修道女ファイターシスターソフィアのいたいけな信仰心が、セスタスと共にバッキバキに折れる音を!


「ぁっぁっぁっぁっ! 出るっ、張りぼてのクソ神に向かって穢れ出るぅぅうううう♥ 純度百パーセントの昇天セクシュアルクライマックス決めちゃぅぅううううう♥」


 カタパルト射出の直前、ソフィアのウィンプルが中央から壊れ、収納されていた肩までの美しいプラチナブロンドが広がる。


「へへっ。物騒なことを口にしていた割には、顔は穢れをしらねぇ生娘じゃねぇか。ま、修道女って言うからにはガチの生娘確定だろうな」


 口の端を大きく吊り上げるたけしをよそに、いよいよ戦いはクライマックスを迎える。


「あ゛ひにょぉ゛ほお゛おンおおおにゅおあはああああ♥」


 絶対敗北宣言シッコアンドスラッシュ


 どうだろう、見えるだろうか? まるでセスタスを装着した伸ばした腕のようにしなやかにしなる金色こんじき放物線の存在を。

 キラキラと美しく輝き湯気立つ飛沫スプラッシュを、静かに鎮座したかつての神は微動だにせずに受け止め続ける。まるでそれが自らに課せられた定めのように受け止め続ける。

 やがて浴びせられた汁気によって、涙を流しているように見えるその時まで――。


「はふっ♥ ほふっ♥ あぷぇっ♥」

「ようやく収まったか。ったく、マジで神、涙目じゃねぇか」

「ぉ゛っ♥ ぉ゛っ♥ ぉほぉ゛ッ♥」

「これでビールの醸造は分かったろ? これからは毎日ソフィア・ビールを醸造して民に振るまえ。で、お布施で得た金で女を磨け。俺好みのビッチ修道女シスターチューバーになるんだ」

「ふ、ふわぁい。民から巻き上げたカネでぇ、エステ行ってぇ、日サロ行ってぇ、ネイルサロン通ってぇ、ランジェリーショップで際どい下着も買ってぇ、ビッチっぽくなりましゅッ」

「いい心がけだ。じゃあ遠慮なくお前の子宮におねしょの呪いの淫紋を施させてもらうぜ」

「感謝いたします、あるじ様ぁぁんッ♥」


 こうしてソフィアに刻まれる、ハートを模したおねしょの呪い淫紋。

 記念すべき三人目を飾るにふさわしいその緩み切った雌顔には、かつての清らかで気品あふれる修道女としての面影はない。

 あるのは、ルールやモラルと言った面倒なしがらみをすべて捨て去り、ある種の清々しさすら感じる自由奔放なビッチ修道女として生まれ変わった浅ましい素顔のみだ――。

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