第2話 英知に選ばれし大陸最強の魔法使いホナミン

 目を覚ましたらそこは、山奥の魔女の家だった。

 そして目の前には、黒いとんがり帽子と黒いローブをまとった魔法使いが木製の椅子に座りながら優雅に休日アフタヌーンティーを嗜んでいる。

 目深帽で顔半分が隠されているとは言え、唯一覗かせる肉厚なリップを見る限り、女性で間違いないだろう。


「しつこいわね。弟子は取らないって言ってるでしょ。とっとと消えなさい」


 顔は見えぬが、取り付く島もない塩対応からも、クールで自信家な人物であることがひしひしと伝わってくる。


「おいおい。弟子とかなに寝ぼけやがる。今からお前が俺の弟子……いや、奴隷になるんだろ?」

「奴隷? ハッ、冗談はその腑抜けた陰キャニート顔だけにしてよね。あたしは森羅万象属性を操る、英知に選ばれし者……大陸最強の魔法使いホナミンなのよ」

「森羅万象属性……。聞いたことがある。炎、氷、風、雷、土……あらゆる事象に長けた属性か」

「ダチョウ並の脳みその割によく分かってるじゃない」

「ま、お前は知らないだろうな。実は水属性が最強ってことを」

「あははっ、水っ? 年寄りの冷や水! 何を言い出すのかと思ったら笑かすんじゃないわよ。水は氷よりも弱いの。分かる? 漢字に点が付いてるでしょ。点が付いてる方が偉いし強いの」

「じゃあ試してみるか? 俺の持つ最強水属性の力を身をもって」

「いいわよ。丁度アフタヌーンティータイムも済んだし、腹ごなしに遊んであげる♪」


 まるで彼女の性格を表しているかのような、性根の曲がった杖を取り出したホナミンは、挨拶代わりの炎を放つ。


「服だけ焦がすファイアー!」

「おっと」


 しかし、たけしはとっさにゼログラビティを行い炎のビームを避ける。


「ふむ。じゃ、これはどお? お茶の間ブリザード!」

「よっ」


 しかし、たけしはとっさにエアリアルを行い、お茶の間ブリザードをかわす。


「へぇ。じゃあさすがにこれは避けられないわよね。スプリングナンバーワンウインド!」

「春一番が聞いてあきれるぜ」


 しかし、たけしはあくびをしながら襲い来る風を片手でいなす。


「なっ……! 柳に風の構えとは、あいつ何者よ。となれば、イチャラブサンダーで!」

「こねぇ。こねぇなぁ。そんな静電気程度のサンダーじゃビビッとよぉ」


 しかし、たけしは頭をガシガシとかいてフケを飛ばしながらイチャラブサンダーを全身で受け止める。


「う、うそっ。あたしの魔法、通用しなさ過ぎ……? そ、そんなわけあるカタストロフィ!!」

「ふわぁ~」


 およそ一畳のピンポイントで大地を揺るがすことができる地変魔法、そんなわけあるカタストロフィをもってしても、ムーンウォークで避けるたけしを打ち砕くことはできなかった。


「な、な、な……」

「もう終わりか? 大陸最強の魔法使いとやらも大したことねぇな」

「こ、これは夢よ。あたしの魔法があんたみたいな陰キャニートに通用しないはずが……」

「なにごちゃごちゃ言ってやがる。さ、魔力も尽きたようだし、今度はこっちから行くぜ!」

「……!?」

「魔法の強みは遠距離から敵を攻撃できること。しかしその反面――」

「は、速いッ!」

「接近戦ではデコピンの方が速い。覚えておくんだな」

「きゃあああ!?」


 たけしのゼロ距離デコピンにより、柔らかい草のベッドに吹っ飛ばされたホナミンは、偶然にも女豹のポーズにさせられてしまう。


「へへっ。サバンナだぜ」

「ううっ……! あ、あんたいったい何者なのよ!」

「俺か? 俺はなぁ、世界最強の水属性スキル使いだ」

「世界最強の水属性スキル……?」

「知りたいだろ? 森羅万象属性を追い求めるお前にとっては生唾もんだろ?」

「ゴクッ」

「ならば教えてやる。俺のスキルを身をもって知りやがれ」


 鼻をほじりながら、スキル「尿意を催す」を放つたけし。


「ぶっきゃぉおおおんんん!?」


 刹那、ピンク色の怪しい波動がホナミンを包み込む。するとその一秒後には、寒気にも似た感覚が彼女の全身を襲った。


「くッ、ぃっ、ぁひぃンふほッ!」

「なかなかいい声で喘ぐじゃねぇか。ア? 大陸最強の魔法使いホナミンさんよ」

「あ、アンタ。あたしの身体にいったい何をしたの……ぉほおおおおおお!?」

「それはお前の身体が一番よく知ってるんじゃねぇのか?」

「ん゛っ、ん゛ぶっ、くふゥん゛……!」

「ようやく効いてきたようだな。俺の世界最強水属性スキル、尿意を催すが」

「尿意――ってことはアンタ、まさか水属性って……クッ!」

「おいおいどうした。真っ青な顔して。さっきまで威勢はどうしたよ」

「ちょ、ちょっとタンマ」

「急にキョロキョロしだして、何かお探しかな?」

「うっさいわね! ちょっとあっち向いてて! もうっ、こんなことならあんなにガブガブ紅茶を飲むんじゃなかった!!」

「残念ながら、この近くにトイレはねぇぞ?」

「ぎぐぅッ!?」

「ま、おあつらえ向きに大木の根元にいるんだ。ここですればいいじゃねぇか。安心しろ。誰か来ないか俺が見張っててやるからよ」

「じょ、冗談じゃないわ! あたしは清掃の行き届いた個室のウォシュレット付きトイレじゃないと落ち着いてできないの!」

「へへっ。ンな意識高い思考じゃこの先サバイブできないぜ? もし荒廃した国や劣悪環境の街で催しても悠長に個室のキレイなトイレを探すのか? そこは諦めて意識低く野ションしろよ」

「そ、そんな野蛮な真似できるわけ――ひゃぅぅんッ! ちょ、それ以上近づかないでっ!」


 性根の曲がった杖の切っ先を駄々っ子のようにブンブンと振ったところで、たけしの獲物を狙う肉食ほふく前進の前には意味がない。


「ひゃあッ!?」


 ついには背後に回り拘束されてしまった。


「へへっ。いい匂いさせてるじゃねぇか。何かと気を抜きがちな休日アフタヌーンでも女としての身だしなみを欠かさないとは見上げたもんだ」

「ぁっ、ゃっ、止めなさいっ……! 耳の裏、弱いのっ……!」

「弱いのは耳の裏だけじゃねぇだ……ろッ!」


 ガバッ!


「きゃっ!?」


 ホナミンを無理やり大木の根元へと追いやった俺はそのまま彼女の片足をアルファベットの十二番目の形に開き、まるで犬がマーキングを行うかのような格好をさせる。


「ら、らめっ! このカッコ、らめぇぇぇッッ……!!」

「大陸最強の魔法使いも、こうなりゃかたなしだな」

「ゃっ、ゃぁっ……!」

「いい加減楽になればいいだろ。大陸最強としてのプレッシャーからも解放されるぞ」

「ふ、ふざけないで! 大陸最強はあたしにとって単なる足がかりでしかない……いずれ、世界最強の魔法使いを視野に――」

「いいか。いつの時代だって、雌は雄に勝てねぇんだ。ま、そんなに誉れが欲しかったら、俺が雌としての最高の誉れをお前に与えてやるぜ?」

「雌としての最高の誉れ……?」

「俺の弟子になれ。そうすれば恩情をくれてやる。俺直々に世界最強の水属性魔法使いへと昇華できるよう手取り足取り腰取り仕込んでやるよ」

「せかいさいきょうのみずぞくせいまほうつかい……?」


 犬のような格好を強制され、すでに人間としてのプライドなどズタズタのホナミンは、俺の囁きによってみるみる抵抗力を失っていく。


「わ、分かったわよ……」

「ア? なんだって? 急に声のトーンが低くなったから聞こえねぇよ」

「弟子になる。だから、穢れ、出させてっ! もうすぐそこまで迫ってるのッ……オアシスの決壊が!」

「ようやく素直になったな。よし、仕上げだ。大木の根元で垂れ流しながら俺に向かって声高々に敗北宣言をし、おしっこ系ヒロイン化しろ」

「敗北宣言……! おしっこ系ヒロイン……! 英知に選ばれし者のあたしが――」

「勝って得られるものがあれば、負けてこそ得られるものもある。それを今、お前自ら体験することになるんだ。ほら、イケ! ひとおもいに解放しろ!!」

「も、もうダメっ、もう一秒だって待てないっ。大陸最強の魔法使いホナミン、今ここであんたに敗北宣言する!」

「あんただぁ? 言葉遣いがなっちゃいねぇな。負けたお前は俺の弟子兼雌犬奴隷だろうが」

「も、もうしわけございません師匠っ! あなたは我の唯一無二の存在っ、おしっこ系ヒロインとしてイク゛ッ久しく、忠誠を誓いますぅ゛ぅ゛っ……!」

「分かればいい。じゃあ行け! 大木便所に向かって大股開き決めながら解き放てッ! そして覚醒しろ! 己の穢れと共に!」


 今まさに聞こえた!

 大陸最強魔法使いホナミンの高慢な心が、性根の曲がった杖と共にぽっきりと折れる音を!


「はひッ! 出るっ、穢れ出るぅううううううう♥」


 カタパルト射出の直前、ホナミンのとんがり帽子が中央から壊れ、それまで目視することができなかった黒髪ショートボブと素顔が晒される。


「へへっ。散々生意気なことほざいてた割には、案外可愛い顔してるじゃねぇか。魔女とはいえ歳の頃はJCってとこか」


 口の端を大きく吊り上げるたけしをよそに、いよいよ戦いはクライマックスを迎える。


「ん゛ぉ゛ほお゛おンおおおおにゅおおおおぽ♥」


 絶対敗北宣言シッコアンドスラッシュ


 どうだろう、見えるだろうか? 鮮やかな放物線を描く黄色き性根の曲がった杖の存在を。

 キラキラと美しく輝き湯気立つその滾りを、どっしり構えた大木先輩は瞬きせずに受け止め続ける。まるでそれが自らに課せられた使命のように受け止め続ける。

 やがて浴びせられた栄養分を吸収し、新たな生態系のサイクルを作り出すその時まで――。


「あへっ♥ はへっ♥ ふへぇっ♥」

「ようやく収まったか。ったく、マジでアフタヌーンティーセットじゃねぇか」

「ぉ゛っ♥ ぉ゛っ♥ ぉほぉ゛ッ♥」

「で、どうだ。世界最強の水属性魔法使いへの足がかりを掴んだ今の気分は」

「こ、これが水魔法使いが最強と言われるゆえんなのね……。ぁっ、ぁぁっ、ふわぁッ、おソトで水魔法を覚醒解放じょぼじょぼすりゅの、気持ちいいっ!」

「だろうな。じゃあ遠慮なくお前のムッチリハムストリングスにおねしょの呪いの淫紋を施させてもらうぜ」

「お願いしましゅ、師匠ぉッ♥」


 こうしてホナミンに刻まれる、ハートを模したおねしょの呪い淫紋。

 記念すべき二人目を飾るにふさわしいその緩み切った雌顔には、かつて英知に選ばれた大陸最強としての面影はない。

 あるのは、知性は欠片も感じられない、世界最強の水属性魔法使いとしての足がかりを掴んだ浅ましい素顔のみだ――。

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