第32話 始末書か契約か
――
「で、これはどういうことなの?」
平日の昼間にわざわざオレの自宅へ押しかけた管理省秘匿部門の若手ホープである彼女は手に持っているタブレット端末を操作し、とある映像を表示させた。
それは先日のBP少女の復讐劇の切り抜き動画。
「これ、あなたよね?」
ご丁寧に一時停止された動画には、黒髪の少女とその少女へ剣を振り下ろす剣使が映し出されていた。
で、彼女が指さしているのは勿論黒髪の少女の方。
「なんのことだか~。ぷひー♪ ぷぴゅー♪」
口笛で誤魔化してみるも気の抜けたマヌケな音しかしない。
そうだ、オレは口笛が吹けなかった。
「そんなマヌケな口笛で私を誤魔化せるとでも?」
「いえ。思ってません」
オレは呆気なく観念した。だって、青筋立てて睨んできてるんだよ?
これ以上誤魔化して火に油を注ぐ必要あると思う?
ないよね?
「すみません。でも彼女らとは少々因縁があったので復讐させてもらいました」
真顔で笑顔を作る。
「そう……。でも
「そこまで影響が出るとは思っていませんでした。でも、余罪たくさん出たそうじゃないですか。これって管理省のお手柄になるのでは?」
「それは警察の仕事。まったく……。この動画のせいでダンジョン管理省の問い合わせ窓口が大混乱だったんだからね?」
「ハハハ……。すみません」
そう言って、オレは彼女から目を逸らす。
やべ。藪をつついたら大蛇が出たパターンだ。
「ホント。業務妨害よ! 業務妨害ッ!!」
ドン。とテーブルを叩いてからコーヒーをグイッと飲む彼女。
管理省職員には申し訳ないが、あの後で起きたネットのお祭り騒ぎは久々に見ていてスカッとした。
勿論、動画の仕掛け人はオレ。
姫治癒使が裏切ることを見越して、
おかげで決定的瞬間を撮影することが出来た。
BP少女から話を聞いていたオレは、他にも被害者がいるのではないかと目星を付けていたからだ。
基本、ダンジョン内での事案は自己責任のためプレイヤー同士でのお話合いとなるが、ダンジョン外は証拠さえ出ればしっかり法律がカバーしてくれる。
日本は法治国家だからな。
しかしまぁ、姫治癒使たちは、かなり悪どい事をしていたようで、あの動画が出るまでは泣き寝入りや、恐怖から引退、中には自死もあったそうだ。
実際、その後の捜査によって、姫治癒使のグループは、暴行、恐喝、強要などなど色々やらかしていた事が判明。
おそらく、そのまま刑務所コースだろう。
「まぁまぁ、おかわり淹れますからコーヒーでも飲んで落ち着いてください。それに、そんな怒ると皺が増えますよ?」
「は? 誰のせいだと思ってるのよッ!」
そう言った彼女は素早くオレの後ろに回り込むと、その拳をオレのこめかみへ押し当てる。
「うへッ!? ぼ、暴力反対?」
オレは愛想笑いを浮かべるが――
「どの口が言うか。このぉッ!!」
「あ、痛ッ! 痛いッ! のわあああッ!!」
オレは彼女の気が晴れるまでこめかみをグリグリされたのだった。
「うう……。酷い」
「どっちが酷いのよ。はぁ……」
テーブルに突っ伏すオレ。
乙女の柔肌をグリグリするなんてなんて酷い仕打ちだ。
ダンジョン外だと歳相応の耐久力なんだぞ?
まだ痛むし……。
しかし、彼女はオレの言葉に文句と溜息を吐きながらも満足気だ。
それから、空になっていたカップにインスタントのカフェオレを淹れ直す。
テーブルに戻った彼女はオレに1枚の紙を差し出した。
「始末書の方は私で対応しておくから、これだけサインしておいて」
「わかりま――、なんですかこれ?」
始末書を書かなくて良いという言葉に釣られて、ウッカリそのままサインしそうになったオレは、文面を見て聞き返した。
「プレイヤー闘技大会? 医療従事ボランティア契約書?」
始末書か報告書のサインなのかと思ったら、契約書って書いてますけど?
「気にしなくていいのよ。あなたに拒否権は無いんだから」
「えー。何その職権執行みたいな言い方……。というか、こんなイベントありましたっけ?」
オレは自分のタブレット端末で闘技大会なるものを検索する。
と、まとめサイトが出てきたので開いてみる。
ふむふむ。国立競技場で開催されるダンジョン管理省主催のプレイヤーの交流会?
開催は不定期。ただし、だいたい4年に1度。五輪か??
交流会とは名ばかりでその過酷な戦い故、時には引退者すら出る???
過去、四聖の交代劇もあった。と……。
「つまりプレイヤー同士のマウント合戦みたいな感じですか?」
「ええ。そうよ。って、言い方……」
「間違ってはいないと。で、そこで治癒使としてボランティアをしろと? ふむ。面倒なのでお断りし――」
「言ったでしょう。拒否権は無いって」
お断りしようとしたら、言い終える前にとても良い笑顔で否決された。
ちッ。ダメだったか……。
「治癒使として腕の見せ所でしょう? それに、ボランティアと言っても交通費と朝昼晩の食事は出るわよ」
「いやいや。三食くらいで屈しませんよ。そもそも普通にやりがい搾取じゃないですか? 第一、そんな条件で参加する治癒使なんているんですか?」
「大手クランやパーティに売り込むチャンスだから、そこそこいるそうよ」
そっかー。そこそこいるのかぁ。いや。ならオレ要らないのでは?
「あなた、
「そうですね。生きてればだいたいは――あ」
余りにも自然に聞かれたので、普通に返してしまって、直ぐに失敗したことに気付く。
「そこまで出来る治癒使って高レベルでもそんなにいないの。だから、あなたに拒否権は無いのよ」
ニィッと蠱惑的な笑みを浮かべた彼女に見つめられたオレは猫に睨まれたハムスターの如く、十秒後に頭を垂れたのだった。
「仕方ないですね。わかりました。でも交換条件良いですか?」
「な、なによ……?」
聞き返す彼女にオレはニタリと笑みを浮かべた。
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