第30話【臨パ】騙して悪いが【夢の島D】

「こ、これは……」


クィーンアントがドロップしたアイテムを見て目を丸くする姫治癒使とその従者たち。

オレはというとこっそりとBPバックパッカー少女へと目配せする。


世界樹の結晶ユグドラシルクリスタルですね」


ドロップ率0.001%の希少レアアイテム。

再生医療で使用される医薬品の原料になるため管理省の換金でも恐ろしいほどの値がつく一品。

勿論ドロップは仕込みである。

このためにエンプレスアントを乱獲し、ゲットしたものをドロップに見せかけて落としたのだ。

そして、このアイテムこそがオレがこの身体になった原因そのもの。

人間の本性を曝け出すには十分過ぎるアイテムだ。


「まさかこんなアイテムにお目にかかれるなんて……」


無防備に世界樹の結晶へ手を伸ばすオレ。

その後ろで姫治癒使が剣使へ目配せしているのを知りながら。


ガキン――


剣使の振り下ろした剣が、オレの後頭部へ直撃する前にBP少女の盾によって止められる。


「え?」

「なにッ!?」

「ひゃッ!?」


剣使へと振り向いたオレはその状況に驚いて腰を抜かして尻餅をつく。


「こ、こんな……小さな子供まで、し、私欲のために……て、手を掛けるんですか?」

「なに? あなた裏切るの?」

「あ……、うぅ……」


姫治癒使の冷たい視線に射抜かれてBP少女が口籠る。

レベルが上がって肉体が強くなっても心に刻み込まれた恐怖心というのはそうそう克服できるものでは無い。


「いいわ。2人とも、その子たちを痛めつけてあげなさい。ああ、なんなら殺しても構わないわ」

「了解しました。方法はこちらの好きにしても?」

「好きになさい」

「チッ。せっかく良い玩具だったのに……。殺すのは惜しいがその前に遊び尽くしてやるよッ!」


下卑た笑みを浮かべた魔法使と剣使。


「まずは逃げられないようにしましょうか! ――風よ穿て。風弾ウィンドバレット


魔法士が風弾を放つ。

狙いはBP少女の脚。

切断して動きを封じようという算段だろう。


「――使います」


BP少女はそう呟くと盾と短剣をバックパックへ収納する。

そして、取り出したのは獅子舞盾ししまいシールドだ。

直後、風弾が獅子舞盾に直撃した瞬間、獅子舞の口に飲み込まれ消滅した。


「ば、馬鹿なッ!」

魔盾マナシールドの一種か? 希少武具? いつの間にそんな装備を」

「所詮は低レベルの盾使よ。どんな装備を持っていたとしても、レベルも数も私達には及ばないわ。――彼の者に怪力を。筋力ストレンジス。――彼の者に知恵を。知力インテリジェンス


姫治癒使が剣使と魔法使へ支援バフを行う。

こういう時だけは仕事をするんだな。と思いつつオレはBP少女へ準備が完了した合図を送る。

BP少女はコクリと頷くと獅子舞盾を床へ突き刺した。


――直後、罠設置クリエイトトラップ“落し穴”が発動。


床が砕け、深遠の闇がオレたちを吞み込んだ。


さて問題です。


ボスフロアに落とし穴は存在しません。

それは、ボスフロアがダンジョンの通常階層とは別のエリアに設置されていて、下の階層との直接的な繋がりが無いからです。

では、この落とし穴は何処へつながっているでしょうか?


「そ、そんな。床が抜けるですって?」

「馬鹿な。ボスフロアだぞ!? 一体何が起きて?」

「う、うわぁぁぁー」

「ひぃうッ!? 怖くない。怖くないッ!!」

「きゃぁぁぁ!」


パーティ全員が落下した後、落し穴の発動したフロア床は何もなかったかのように元通りに戻ったのだった。


「……」


「痛タタ……。畜生ケツから落ちた……」

「お怪我はありませんか?」

「ええ。あなたのおかげでかすり傷一つ無いわ。でも一体何がどうして……」

「灰色の空間? ボスフロアの下にこんな場所が?」


落下の衝撃から復帰し状況を確認し始める姫治癒使たち。

周囲は何も無い。ただ灰色の世界が広がるばかりだ。


そう。ボスフロアの下にあるのはボスの待機所でした。


ダンジョンのボスはプレイヤーがボスフロアに突入すると出現するよう演出がなされている。

なら、それまでの間は何処で待機しているのか? その答えが此処だ。

勿論、プレイヤーが返り討ちに遭った場合も一定時間後にボスは此処に戻るし、ボスが撃破された後は一定時間後に此処にボスが出現するようになっている。

以前のお台場ダンジョンでオレが師匠に転送テレポートさせられたのが此処なのだ。


「あなた一体何をしたのッ!」


金切り声に近い声量で姫治癒使がBP少女を問いただす。


「あなたたちはね。騙されたの」


オレはBP少女の背後から出て姫治癒使たちへ姿を現す。

勿論、既に姿は変えてある。


「何ッ!? いきなり出てきて、なんなのあなたは?」

「まさか!? そ、その姿、都市伝説モンスター?」

「ん? んん?」


魔法使は真っ白になったオレの姿を見て何かを察したようだ。

先日のダンジョン見学会以降、ちょっと知名度が上がってしまった気がするな?

まぁ、そのためのこの姿なのだから多分大丈夫だ。問題無い。筈……。


「ま、まさか……。俺達は誘い込まれたのか?」

「お、おい。どういうことだ!?」


魔法使と剣使が声を荒げる。


「フフ。裏切りには裏切りを。あなたたちだって身に覚えが無いわけではないでしょう?」


ハハハ。騙して悪いがこれも復讐の一環なんでな。

んー。良いね。プレイヤーなら1度は経験したいシチュエーションだ。


「なんですってッ!?」

「まさかオマエェッ! 俺達を売ったのか!?」

「クソがッ。ぶっ殺してやる!」


オレの安い挑発に乗ったのか敵意を剝き出しにする姫治癒使たち。


「あのぉ……。もう良いですよね? もうフリはしなくて、良いんですよね?」


BP少女がオレへ問いかける。

その瞳に宿るのは、虐げられた復讐者アヴェンジャーそのものと言える昏く激しい憎悪。


「うん。いいよ」

「ふへへ……」


――ズガン!


「こ、ここで全部終わらせてやるッ!」


獅子舞盾を地面に突き立てたBP少女が、今までにない強い口調で啖呵を切った。

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