第25話【過去】女の子に【回想】
目を開けると見知らぬ天井があった。
暖色系の室内灯が静かに部屋を照らしている。
起き上がる。
ベッドの上かと思ったらベッドの脇に敷かれた布団の上だった。
「――生きてる? それともあの世か?」
ふと思い出して下半身を確認する。
確かキラーマンティスに胴体をバッサリと切断されていた筈だ。
筈だったのだが。
「んんッ!?」
下半身は健在だった。
だが、そこにあるべきものが無かった。
40年以上にわたって連れ添ったソレが無くなっていたのだ。
あと、何故裸?
それにやけに肌が白い。
驚きの白さだ。
しかも、健康的な白さとは違う。
どちらかというと血が通ってないような病的を通り越して死者的な白さ。
「え? ええ?」
混乱しながらも手首に指先を当てて脈を測ってみる。
ん? 微かにある? 死んでは無い? いや、こういう時は心臓の方が分かり易いか?
オレは胸に手を当てる。
――ムニョン。
「は?」
ほのかに柔らかい感触。
恐る恐る視線を胸に向ける。
見えたのは、ほのかに膨らむ双丘。
「え? ちょッ?」
慌てて胸と股間を抑える。
無い筈のモノがあって、ある筈のナニが無かった。
「なッ!? ななッ!? なんだこりゃぁぁぁッ!!」
「目が覚めましたか?」
カチャリ。と、ドアが開いて、大混乱中のオレに声が掛けられた。
ドアの処に立っていたのは死神幼女だった。
「うんうん。やっぱり驚きますよねー。その反応懐かしいなー」
死神幼女はオレの姿を見て、笑顔で頷き納得していた。
「あの? えっと、これはナニが?」
「ふふ。言ったじゃないですか、やり直しって。詳細はこちらの部屋でお話します。でも落ち着いてからで良いですよ。それとこっちに来るときは、服を着てくださいね」
そう言い残して、死神幼女は枕元に置かれた衣服を指さすと、ドアをパタンと閉めてしまった。
「あ。はい……」
残されたオレは暫く放心し、気持ちを落ち着けてから衣服を着た。
用意されていた服は、浴衣みたいな作りの服と、猫のワンポイントが入った可愛いぱんつだった。
室内の姿見でオレの姿を確認する。
白い肌、床に届くほどの長い白髪、端正な顔立ちに一際印象的な赤目の女の子。
「これが……、オレ?」
呟いた時にやけに長い犬歯が目についた。
「吸血鬼……?」
オレ……人間なのか? さっぱりわからんな。
――
「粗茶ですが」
「あ、ありがとうございます」
死神幼女に言われるままに座卓横の座布団へ腰を下ろす。
お茶を出されたので遠慮せずに一口。
熱い。後、思ってた以上に苦かった。
もしかして味覚が変わって――と、死神幼女を見たら同じく渋い顔になっていた。
どうやら苦いという認識は正しかったようだ。
「まずは自己紹介でもしましょうか。――私の名前は、みのりです。よろしくお願いしますね。ゆきのりさん」
「はい。――ん? どうしてオレの名前を」
「あなたの肉体を再形成する際にライセンス証を確認しました。それとライセンスが男の時のままでは不味いので中身は改竄させていただきました」
「なるほど。――ってライセンス証の改竄? そんなこと出来るわけが……」
ライセンスの改竄は重罪だ。
判明すれば即時ライセンス取り消しと刑事罰だ。
そもそも、ライセンス証はダンジョン管理省の持つ特殊技術で肉体に刻みこまれるので改竄そのものが不可能な筈だ。
だが、オレの呟きを聞いたみのりはニコリと笑みを浮かべる。
「現行のライセンス技術は私が提供したものなので改竄くらい簡単に出来るんですよ」
「まさか……。ライセンスオープン」
オレの言葉に反応して左手の上にライセンスが表示される。
確かに顔写真は
名前は空欄、生年月日は13歳という年齢に合わせて年が変更されている
レベルは1で、物理、魔法、敏捷、耐久の各ステイタスは全て9。
本当にレベルを取得した一番初めの状態ということだ。
ん?
「ええと質問良いですか?」
「はい。どうぞ」
「名前が空欄なのは?」
「女の子になったのに男性名のままだと変じゃないですか。なので、新しい名前を決めてくださいね?」
「それは今すぐの方がいいのか?」
「今すぐにとは言いませんが、早めに決めてほしいところですね。呼び難いので」
「なら、
さっくりと名前を決める。
こういうのは悩んでドツボに嵌る前に決めてしまうのが一番良い。
「ふむ。りのですか。また安直ですね?」
「覚え易くて良いだろう?」
「ふふ。確かに。では上書きしますね」
みのりの言葉通り、ライセンス証に新しい名前が刻まれる。
「まだ質問しても?」
オレの問いにコクリと頷くみのり。
「D適性の∞というのは?」
「そのまま無限大です。実際は適性除外という意味合いの方が強いですが……、言ってみれば上限解放です」
「全然わからん……」
「アハハ。それはレベルを上げれば直ぐに分かりますよ」
「はぁ……。あと一番大事な事だが――」
「はい」
「なぜに女?」
オレの言葉にみのりはクツクツと笑った。
何かがツボに入ったらしい。
「それはですね。女運が無いと言っていたので、なら女の子の方が良いかな。と思いまして、言わばお節介です」
「ハハハ……。なるほど」
「嫌でしたか?」
その言葉にオレは首を横に振る。
「むしろ第二の人生として考えるならこれも有りさ。――正直、男はもう懲り懲りだったんだ」
そうですか。と、呟いたみのりはお茶を一口飲んで、また渋い顔をしてから真っ直ぐにオレを見た。
「さて、ゆきのりさん――いえ、りのさん。ここからは私から話をしても?」
「は、はい」
幼い見た目に反して冷たく強い口調にオレは思わず背筋を伸ばした。
「実はあなたを助けたのは打算があったのです」
「打算……ですか?」
「はい。あなたには私の仕事を手伝って貰いたいのです」
うわ。なんかすごい笑顔だ。
こういうのって大抵ヤバイ気配しかしないんだが……。
「それで、その仕事というのは?」
笑顔の背後に浮かぶ有無を言わさぬ圧に、オレは唾を飲み込んで聞き返す。
それを見たみのりは口端を僅かに吊り上げてこう言った。
「そう難しいことではないです。ダンジョンクローズを人為的に引き起こそうとする不届き物のプレイヤーを成敗する。とても簡単なお仕事ですよ」
あどけない笑顔と裏腹に全く笑っていないみのりの瞳。
「それはどういう……」
オレはダンジョンクローズが人為的に引き起こされたという点に前のめりになる。
もしダンジョンクローズが人為的なものだったとしたらオレはあの時……。
「お仕事を手伝ってくれるならその辺も含めてお話しますよ?」
「――わかった。手伝うよ」
「素直ですね。もっと悩むと思っていました」
「最初から選択肢があったようには思えないんだが?」
「ふふ、その通りです。じゃあ、行きましょうか?」
みのりは立ち上がるとオレへ手を伸ばす。
「何処へ?」
「勿論レベル上げですよ」
魔力光がオレを包んだ。
その後、スパルタなんて温いと思えるほどの地獄のレベル上げが敢行されたのだった。
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