第10話 薬

「はは。どうやら準備は万端みたいだね。けど僕にはちょっとした準備があるんだよ」

「準備?」

「ああ。ヴァル、あれ寄越せ」

「……」

「ヴァル!」

「……はい」


 渋々といった様子で命令を受けたヴァルが転移魔法を使い、手元に呼び寄せたのは。


「瓶にはいった赤い、液体?」

「そ。これ、なんだと思う?」


 そうルエールに質問し僕はヴァルから瓶を受け取った。


「んー。戦闘前の景気づけに飲む美味しい飲み物とか?」

「残念ハズレ。これはね、薬だよ」

「……薬?」


 空気が少しピリつく。どうやら少しは察したようだ。


「うん。これはね、魔力量、魔法の規模、どっちも上げてくれる優れものなんだ。ま、飲んだ後の副作用が酷くて違法になったけど」

「なっ!」


 ルエールが驚いた表情になる。それはそうだろう。実の兄がこんなものに手を出したんだから。


「違法の薬!?なんだって兄さんがそんなものを……!」

「お前に勝つためだよ」

「っ!?」


 真顔でそう言うと怯えた表情を見せる。


「僕はこの2年間なんだってしてきた。死にそうになりながら血反吐を吐いて魔法の訓練をして、薬にも手を染めてボロボロになりながら。それはすべて」


 そうすべて。すべすべすべて!


「お前に勝って、お父様とお母様に認めてもらうためだ!褒めてもらうためだ!愛してもらうためだ!お前が僕から奪ってきた全てを取り返すためだ!」

「……」


 罪悪感を感じているのかルエールは酷く顔を歪ませていた。


「はっ!そんな顔をすれば許されるとでも思ってるのかよ。許してほしいなら僕に負けろよ!無様にさぁ!」

「まっ!」


 上げた口の上で瓶をバキバキと音を立てながら乱暴に手で粉々にし、赤い薬を飲み干す。


「アッ!ガァァァ!」


 すると最初は痛みが身体中に走るが段々とそれが快感に代わり、いつも以上の魔力が湧きでて、ついにはなんでもできるという全能感に頭を支配される。


「アハ!アハハっ!これだよこれ!これならお前に勝てる!まだ勝てなさそうだから数年待とうかと思ってたけど大丈夫だったみたいだねぇ!」

「……兄さん」


 ルエールが可哀想なものを見るような目を向ける。この僕に。僕に僕に僕に!僕に!!!


「なんだよその目はぁ!そんな目で顔で僕を見るなよ!?僕は努力したんだ!頑張ったんだ!だからぁ!」

「うん。分かってるよ」


 ……なんだよ。その優しい目は。


「兄さんは頑張った。見れば分かる」

「はっ!なら!」

「でも、負けられない」


 なんで?意味が分からない。


「なんでだよ!ずっと勝ってきたんだからちょっとぐらいはさぁ!こっちに譲れよ!」

「ダメだ。もし兄さんが勝ったら、きっと……取り返しのつかないことになる」

「はぁ……?」


 本当に意味が分からない。取り返しのつかない?なんで?


「あぁぁっ!もういい!下らない会話は終わり!さっさと始めるぞ!」

「……うん。そうだね。スペラ、起きて」


 そう声をかけながら聖剣を抜く。すると美しい黄金の剣が現れ。


『やっと出番ですか!待ちくたびれましたよ!』


 忌々しくムカつく声が聞こえる。本当に気分が害される。


「それじゃ、やろうか兄さん」


 いつもは見せない真剣な顔。本気だ。その状況に僕はつい笑ってしまう。


「アハ!そうだねやろうやろう!まあ勝つのは僕だけどねぇ!」

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