第9話 兄妹
「兄さん。もう勝負はついてる。もう止めてくれ。これ以上続けて彼女たちを傷つけるならボクは」
「いいよ」
「……え?」
ルエールば殺気を隠さずに聖剣を輝かせながら偉そうに言う。いつもならやめてなんかやらないが、今回は別の目的があるから特別に了承してやる。
「だからいいって。でも条件がある」
「条件?」
「うん。それは」
僕の口角が上がり、声が弾む。当たり前だ。この2年間ずーっと努力してきたのはこのためだ。
思えば結局のところ忘れることができなかったと思いながら口を開く。
「戦おうよ。双子の兄妹どうしで、久しぶりにさ」
「……兄さん」
ルエールが申し訳なさそうな顔をする。懐かしい。こいつは僕が戦おうと言ったらいつもそんな表情したっけ。
数秒の沈黙のあとなにかを決心した顔になった。
「分かった。やろう、兄さん」
「そうこなくっちゃ。なら、ヴァル」
「はい」
名前を言うと僕の執事が現れる。やっぱり優秀だなこいつは。
「僕とルーエル以外は冒険者ギルドに戻せ。あ、お前は残れよ。戦いが終わったら僕たちを移動させなきゃならないし」
「承りました」
「よし。じゃあ」
指を鳴らし眷属魔法で作った奴らを全部消す。するとルエールの取り巻きどもが一斉に集まってきた。
「おい!なぜ消した!まだ勝負はついていないぞ!」
「ついてるようなもんでしょ」
「お姉さま疲れたー。おんぶー」
「ごめん。ボクははまだやることがあるからあとでね」
「えー!」
突っかかってきたアンナの相手をしていると聞き捨てならない言葉が聞こえる。
おんぶ?成人してるのにおんぶ?ナタリーのこと甘やかしすぎだろこいつ。そう思っているとティナが心配そうな顔をして声をかけた。
「み、皆さん大丈夫ですか!?」
「数百体もいる奴らを相手にするのは流石に疲れた……」
「久しぶりにお兄様に虐められてボロボロで泣きそう……」
「兄からの妹への愛情だ。ありがたく受け取りなよ」
「過激すぎるよぉ!」
「そ、そうですよね!?今すぐに治します!」
ティナは両手を2人に向ける。すると緑の光が包み込み傷やボロボロになった部分が修復されていく。
流石の僕でもこの力には感心してしまう。
「やるね。流石は聖国から来た邪神に力を与えられし癒しの聖女様」
「だから!アレル様は邪神じゃないって何度言えば分かるんですか!」
「はいはい。というかいいの?この2人より重傷な奴が来たみたいだけど」
「あっ!」
聖女様が向いた先には気を失っているクリュスをレイラが運んでいる光景だった。
「く、クリュスさん!い、生きてますよね!?」
「舐めるなよ。多少は手加減したし、こいつがそう簡単に死ぬわけないでしょ」
「そ、そうなんですか……」
は?なんでそんな微妙そうな顔をするんだこいつ?ま、今はいいや。
「ご安心をティナ様。自分なりに確認をしたところクリュス様は気絶しているだけかと」
「よ、よかったぁ。なら今すぐに治して……」
「ダメに決まってるでしょ。治して起きたら絶対に騒ぐから面倒くさいしさ」
「ひ、酷くないですか?」
普通の対応でしょ、と言葉を返す。そんなことより早くルエールと戦いたい。
「全員集まった?集まったよね。じゃあヴァル」
「は、」
「お待ちください」
レイラが待ったをかけてきた。マジでなんなんだよ。こっちは早く戦いたいのに
「話は聞いておりました。そのお役目は私が」
「できるんですか?貴方ごときの転移魔法に」
「……やってみなければ」
「分からないと。失敗し、ご主人様たちを危険に晒す可能性があるのに名乗り出るとは従者失格もいいところですね」
「……」
無表情どうしで煽りあう。それが今まで待ち続けた僕の怒りの沸点に達した。
「あー!もういい!どっちでもいいからさっさとやれ!!じゃないとこの場にいる奴ら全員ぶっ殺すぞ!!!」
「っ!失礼いたしました。今すぐに」
「ちょっ」
危険だと悟ったのかヴァルが転移魔法を使い、僕とルエール以外を転移させる。
「申し訳ございません。先ほどの醜態への罰は後ほど……」
「あーいいよ。お前たちが死ぬほど仲悪いことは知ってるし。そんなことより」
「うん。そうだね」
ルエールが笑う。いつもの取り巻きどもに向ける、反吐が出るような優しい笑顔じゃない。このあとの楽しみが待ちきれないといった無邪気な子供のような笑顔。
「じゃあ久しぶりにやろうよ。兄さん!」
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