第2話 家出
「ほらほら。どうしましたジェロア?私の愛するルーエルに負けを認めて頭でも下げたらどうですか?」
スペラが空中でふらふらとうざったらしい動きで僕を煽ってくる。
「オラぁっ!」
「グゲェっ!?」
僕は聖剣の持ち手を掴み、地面に叩き込み靴で踏んづけた。
「ちょっ!痛い痛い痛い!」
「なに、お前?何かを切るためだけに存在してる道具ごときがさぁ。なにいっちょまえに人間様に口出ししてるわけ?てかなに?愛って。剣が人間を愛するとか気色悪くて仕方ないよ」
「はぁっ!?私達は愛し合っているんです!その言葉を撤回しなさい!」
「勘違いしてる剣の愛とかいう言葉ほど怖いものはないね。本当の事に気づいた時、逆上して刺してきそうだし」
「あ、貴方ねぇ……!」
現実とは思えない剣と口喧嘩するという行為をしているとルエールが止めてくる。
「兄さん。その足を離してくれ。彼女は剣でもボクの愛する女の子の一人だ。それ以上の無下はいくら兄さんでも許さないよ」
「ルーエル……!」
「女誑しの無節操クソ愚妹は黙ってなよ」
「おっ!?むっ!?はぁっ!?」
僕の罵倒が効いたのかルエールが怒るが父さんは呆れたように言葉を発した。
「はぁ。兄妹喧嘩はあとでやれ」
「あ、ごめん父さん。ほら戻ってきて」
「ひどい目に遭いました……!覚えておきなさいジェロアフェクシオ……!」
そんな逃げ言葉と共に聖剣は鞘に戻る。本当に何しに出てきたんだあいつ。
「はぁ。とにかくだ。今日からこの公爵家の後継者はルエールに決まった。これは決定事項だ。覆ることはない」
その言葉に頭がスーっとさっきの話に戻っていく。父さんの僕を見る目が心底冷めていた。
いつもの目だ。ルーエルに向けるような目じゃない。僕を邪魔者だとでもいうような瞳。
ああ、分かっていた。何年前か前のあの時に父さんが言ったあの言葉通り……。
「いなければいいんだろ?」
「なに?」
小声で言ったので父さんには聞こえていない。だがルーエルには聞こえたのかまた顔を曇らせる。
ざまぁない。僕の欲しかったものを奪ったんだ。これぐらいの顔はしなきゃ。
「いやなんでもない。いいよ納得した。後継者はこの勇者様だ」
「そうか。なら」
「じゃ、僕はこの家と絶縁して出てくから」
「……え?」
「……なに?」
困惑の声が聞こえる。だってそうでしょ?
「自分の子供を邪魔者扱いして愛さない親とか、もう嫌だしさ」
「っ!何を根拠にそんなことを!」
「根拠があるんだから言ってるんだろうが!!!」
ヒステリックな声を出し、感情のままに叫ぶ。ルエールの怯えた声が聞こえたが気にはしない。
「……もう、いいでしょ、別に。父さんだって無理矢理話を進めたんだし、こっちだってさ。ま、安心してよ。絶縁するんだしフェクシオの名前はもう使わないからさ」
「おい!待てジェロア!」
僕は早々と部屋の出口まで歩く。だが僕の腕をつかんで邪魔する奴がいた。
「待ってよ兄さん!出ていくってなに!?ボクはそんなの認めな――」
「離せ!!!」
ルーエルの震えている手を無理矢理振りほどく。理性などなく感情的に。
「……もう、僕は耐えられないんだよ」
そう言い僕は部屋から出ていく。妹の罪悪感と悲しさにまみれた顔が脳から離れないまま。
「ジェロア様」
部屋の外にいたのはこの屋敷で働く従者の中で唯一ルエールではなく、昔から僕を慕ってくれる執事だった。
僕と同じ15歳だがかなりの低身長で、顔は整っており黒髪黒目で燕尾服を着ている。
「お話とは、何だったのでしょうか」
「……とりあえず、僕の部屋で話そ」
「はい」
そう言い僕は執事と共に慣れ親しんだ部屋まで行き、椅子に座ってさっきの話の説明をし始める。
「今日が僕たちの誕生日なのに後継者を決めるって話をして僕は選ばれなくて、絶縁して今家から出ていくところ」
「そうですか。ではお供させていただきます」
「……は?正気?」
こいつは今僕に付いていくと言ったのか?なぜ?
「やめときなよ。フェクシオ家に尽くすのがお前の家の使命なんでしょ?僕なんかについて来ても後悔するだけだよ」
「いえジェロア様。私はそんな使命より貴方さまに尽くすことの方が重要なのです」
その顔と言葉に嘘は無い。どうやら本気らしい。なら、まぁ。
「はっ。分かった分かった。僕の負け。付いてきていいよ」
「ありがとうございます!」
「言っておくけど、僕は今まで通り我儘にお前に命令するから」
「従者冥利に尽きる限りです」
「あっそ。じゃ、行くよヴァル」
「どこまでも」
そう言い立ち上がる。多分、もうここには戻らないだろう。邪魔する奴は倒せばいい。後悔はない。
最高。いい気分だ。だから口角を上げて笑え。
「ははっ」
そうだ笑え笑え。そうすれば親のこともルエールのことも綺麗さっぱり未練なく、忘れられるはずだから。
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